小さい頃から、

「気が付けば他の家族の輪に入っていたよ」

と母に言われて育ってきた。

人見知りしなく、人が大っ好きな
私が、人が怖くて話せなくなったのは
忘れもしない、小学生4年生の時。

その時に芸能活動を始めて
テレビにちょこちょこ出るようになり
「ザ・世界仰天」の再現VTRに出た。
内容は、手の軟骨が柔らかくて手が一周周る
再現の女の子役。笑

テレビに出た翌日に学校へ行くと、
教室の空気感が全く違くて
いつも一緒にいる女の子グループの友達たちが
私を見るなりコソコソ話していた。

そして、

「おはよ」と言ったら無視をされ、


「ついに、私の番が来た」と確信した。


私の小学校は、いじめが激しい学校だった。
私がいじめの"番"になる前にも何人か
いじめを受けている子を見てきたから
そうならないように、いわゆる"ボス"と
呼ばれる子に嫌われないように必死だった。


嫌われないよう、好かれようと生きていると
人は不自然になっていく。
と今振り返ってみて痛感する。

なぜか、そのボスは
女の子が女の子らしい行動をしていると
目をつける。

だから、自分のことも「俺」と
呼ばなきゃいけなかったし、
私はスカートが好きだったけど、
目をつけられたくないからズボンを履いたり
胸を小さく見せるようにスクール水着を下に着て
わざと身体の形が出ないように工夫した。

沢山沢山、嫌われたくない、ターゲットに
なりたくないから、装っていたのに、
それが一瞬で覆された。


小学生の時は当たり前だけど
小学校がその世界の全て。


無視をされ、悪い物でも汚い物でも
みるような顔で、クラスの友達だった人が
こっちを見る視線は
喉に刃物を突き刺されたような、
なんだか息が吸いにくくて呼吸が浅くなって、
身体が小さく小さくなって
冷たくなっていくのを感じた。


休み時間になると
ある女の子が私以外のクラスの子全員を
誘ってお昼休みに遊びにいく。
あんなに好きで短く感じた
お昼休みの20分でさえも、一人でいると
長くて悲しくて辛い。

テレビを見て、からかってきた友達に
「手を一周曲げてみろ」と無理矢理
手がちぎれそうになるくらい引っ張られて
倒れたこともあった。

「お前は痛いのがわからないから、ガラスを飲んでみろ」とガラスが口の中まで入ったこともあった。


一人で教室にいると
我慢してた涙が出てきそうだったから
とりあえず教室を出て、水を飲んでみた。

そしたら、水と一緒に涙もぶわーっと溢れ出た。

「なんで、いじめられたんだろう」
「テレビに出たことがそんなに悪いことなの?」
「これはいつまで続くの」

もう学校をサボって帰ろうと思った時
担任の先生が私の異変に気が付いたのか
「みんなと校庭で遊ばないの?」と
声をかけてきた。

もしも先生に"バレたら"親に報告されて
心配かけてしまう。という気持ちが働いて
「はい!お腹痛くて」と嘘をついた。

心配かけたくないし、先生とも仲良かったので
いじめられてると思われたくなかった気持ちが
大きかった。


だけど、親はすぐに気付く。

家に帰って、夜寝る前に
「何か学校であったの?」と聞かれた。

当時、母は弟を妊娠していた。
とにかく心配かけたくなかったから
ひたすら元気なふりをした。

間も無く、母が出産のために入院した。

私を心配していた母は、離れたところに
住んでいた祖母を呼んでくれた。

祖母も私が元気のないことには
すぐに気付いた。

祖母に言われた言葉は
いじめのことは特に聞いてはこないで

「聖夏ちゃん、ポジティブ!ポジティブ〜よ!」
「学校には行って、自分の好きなことや楽しいことをしていたら、その姿を見た友達は聖夏ちゃんと遊びたくなるね」

と言って私の好物の美味しいご飯を作っては
絵本を読んで安心させてくれて寝かしつけてくれた。

後々、知ったのは
私がいじめられていたことを知り
母も祖母も、担任の先生から事情を聞いたり
いじめていた友達にも話を聞いていたのだという。


そんな、いじめは1ヶ月近く続いた。

私は、相変わらず、菌扱いをされたり
休み時間も一人だったから
「一人でも楽しい遊び」を
身につけていた。

先生が特別に認めてくれて
漫画コミックの「ちゃお」を1ページから最後の
ページまで模写したり、絵を描いたり漫画を
描いたりして、学校とは違う世界に行った。

夢中になると、時間を忘れちゃうから
無意識に好きなことはひたすらやれたし
一人でも全然楽しかった。
だから私は今でも、絵を描いてる時間が1番好き。

ある日、いじめられてからは
誰からも話し掛けてこなかったのに
絵を描いていたら

Hちゃんが「聖夏、何描いてるの?」と

話しかけてくれた。

その瞬間、またボスがサッときて
「Hちゃん、なんで話しかけてるの?行くよ!」
と言った。

Hちゃんは「聖夏の絵は可愛いじゃん!絵は褒めてもいいでしょ?」
と言った。言ってくれた。

嬉しかった。本当に嬉しかった。
その子が私の今の記憶の中では、もう女神様と化してる。


翌日、学校へ行くと
ボスが顔も声も変えて「おはよー!」と
話しかけてきた。

次の"番"が、Hちゃんになったのだ。

唯一、声を掛けてくれた、Hちゃん。
絵を褒めてくれて、助けてくれたHちゃんを
絶対に裏切らないと思い、
私はそのまま、無視してHちゃんのところに行って、
だまって、そのまま一緒にいた。
友達に話しかけるのが久しぶりだったから
声がうまく出せなかったけど、
そのまま休み時間、一緒に絵を描いた。
そして、嫌われるのももう怖くないから
スカートも履いたし絵も沢山描いた。



中学になって、Hちゃんは
学校の先生になるための学校に行った。



私はHちゃんのように
分け隔てなく人に接して、困っている人には
手を差し伸べてあげられる人になりたくて、
中学では生徒会に入って「いじめはやめよう!」と
スローガンをかがけた。


大人になって「分け隔てなく誰とでも仲良くなれるよね」と言ってもらえることが多くなったのは

自分が話しかけられなくなった怖さと
そうなった時に助けてくれた友達の優しさがあったから。

こうして20年ほど経ってみると、あの時に
いじめを受けたことによって得られた武器は
非常に大きい。


当時は全っっっくんの思わなかったけど、
いじめてくれて、痛みを教えてくれて、ありがとう。
お陰で深いかさぶたが剥がれて
強い大人になれた。と言えるようになれた。


私はこれからも、みんな頑張って生きてるし
本当の本当の心の繋がりを大切にして、
分け隔てなく平等に接していきたい。


簡単な言葉かもしれないけど、
困っている人がいたら、あの時に私の心が
救われたように、手を差し伸べられる人間になりたい。


写真は今でも「ポジティブ!ポジティブ〜」と
言ってくれる、おばあちゃん👵🏻と。




ほりえってぃより💕


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