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外見で人を見る偏見
深夜。
自分がものすごく偏見に満ちた、嫌なヤツだと落ち込んだ。

きっかけは、
アヒルが出てくる保険会社のテレビCM。

夫の病室に入って来るやいなや、妻が
「あなたに何かあったら私たち…!」
「医療保険では治療費しか助けてくれないじゃないの!
   治療費ローンとか、子供の教育費とかどうするの?」
とまくしたてるシーン。

「このCM苦手だなぁ。」
そう思うまてはよかった。

いや実際大変だろう。お金だってすごく大事だ。
でもでも…!
「大したことないってさ」って言っているから
照れ隠しというか、励ましというか、
もー仕方ないわねぇ♡みたいなやつだと思いたい。

「旦那が入院したのに第一声…!」
「西島さん優しそうだしイケメンなのに…!」
「おい直美のクセに…!」
そう思ってしまった自分に気がついた。

私はここまで見た目で他人を判断しているのか。
そして、それを自分に置き換えたら
更にいろいろくっついて
重く、強固にパワーアップした
ブーメランで返ってきてしまう。

「私なんか」「私のくせに」
「ババアだし」「太ってるし」
「箱入りだし」「ミソジだし」
「才能ないし」「特技ないし」
「なんかうるさいし」「そろそろこれ長ぇし」

そう思う原因は、
私自身の中にある偏見にあるのかもしれない。



「私が全部悪い…」
「お前のくせに」って言うクセは
しっかりいつも自分に返ってきていて

私は、自分の意見が言えない。
要望を、人に言えない。

「何が食べたい」「どこに行きたい」
「あれがしたい」「これがしてみたい」
自発的に言えないのだ。

「尽くすタイプ」「都合のいい女」
は聞こえがいいだけで
本当はただ、すがりついている。
厄介で面倒くさい重荷。

ひどいことを言われても
何をされても
誰からも愛されなくても
「全部、私が悪いから」
と被害者ヅラして済ませてしまう。

だけど
「何が足りない…」「どこが良くない…」
どんなに努力しても、
愛される人に変わっていける気がしない。

そして、そんな風に弱音を吐くと
「いや、努力してないでしょ」
「頑張るのは当たり前」
「周りはもっと努力してる」
と、更に自分を苦しめることになるのだ。


受け止められなかった
今までも、それなりに
「私を好き」だと言ってくれた人はいた。

だけど、私は
それを素直に受けとめられず、
むしろ拒んできたのだ。

「身体が目的でしょ」
「他の人じゃ相手にされないから、コイツならって思っているんでしょ」
「私ならなんでも言うこと聞くからでしょ」

そう理由付けてしまっていたのだ。

そんな理由でなきゃ、
私が愛される理由なんてないと思っていた。



もう、この際いっそ
恋は、脳内の化学物質(ドーパミンやらセロトニンやら)のバランスが崩れた状態だって、
よくテレビでもネットでも良く言っている。

一種の病気みたいに、脳内の化学物質に異常を
理由付けて順序付けて起こせると思う?
それができたら、きっと誰も恋になんて悩まない。

ならばもういっそ、
全部、運命のせいだってことにしてしまおうか。

この人は私に恋をする運命にあった。
私は愛される運命にある。

そう思うだけで、
そこには理由なんていらないんだって、そう思うだけで。

愛される理由を
自分や他人にイチイチ探したり
とんでもないところからとってつけたりして
勝手に評価するよりも
そっちの方がよっぽど潔くて美しい。


努力するなら…
私には、きちんと愛される運命がある。

そういう運命にあるのだから、あとは、
「あの人のああいうところ素敵だな」
「この人みたいな肌になるにはどうしたらいいんだろう?」って
自分がワクワクする努力だけを
選んで、行動していくだけでいい。
自分のために。
ワクワクのために。

愛される努力なんて、
もう私には必要ないのだから。





(渡辺直美さんは本当に面白いし、
   男性の趣味がマジで似てるし、
   チャーミングでオシャレで大好きだし、
   マジでモテるんだろうなってちゃんとわかってる。
   勝手に自分に似せて、変な例えで出してごめんね。)

(脳内物資も美しいとか思い通りにならないとか感動したとか理由があって動く部分があるって調べれば調べるほど思えてきちゃったけどそれでも!いいの!運命ってことで!!!私だってちゃんと愛されるから!いいの!)