この頃、僕は六本木の飲食店でウェイターのバイトをしていました。グランドピアノの生演奏がBGMの高級レストランです。

ある日突然Aさんが団体で入店しました。

連れて来たのは、後に僕が所属する事になるプロダクションのT社長と幹部の方達です。

閉店まで待ってくれていて、その後席に着きお話を伺います。

Aさんはバンド解散後ソロでこの事務所に入ったらしく、Aさんがどうしても一緒にやりたい人がいるからと、T社長達を僕のところへ連れてきてくれたのです。

当時の僕にとっては身に余るほどのありがたいお話でしたが、イメージしている世界観とは違う音楽性のシンガーだったので、生意気ながらもお断りしました。

まだ若かったからこそイメージに忠実でいたかったのかも知れませんが、ただの頑固者です。

つづく

早速紹介を受け、某事務所のインディーズバンドのサポートをする事になります。

20歳の頃です。

女性ボーカル(Aさん)中心のポップなバンドで、レコーディングやライブ等のお手伝いをして様々なマナーを覚えていきます。

続けていくうちにバンドの皆様と事務所のプロデューサーから気に入られて、正式メンバーにも誘われましたが、

やんわりと返事を先延ばしにしていたら、程なくしてそのバンドは解散しました。

そのしばらく後、Aさんが運命の人を引き合わせてくれます。

つづく

それでもやはり生活費はもちろん、機材を揃えていくにはお金が足りないので、色々なバイトを転々としながらの生活になります。

必然的に大学へは全く行ってませんでしたが、良いのです。目的は通学ではなく、メンバーを探す事と音楽界隈へのきっかけを作る事です。授業料はプロになって返せば良いのです。

とは言え業界に知り合いもいない状態だし、どうしたものかと。

そんなある日、母から連絡があります。

母の教え子が某超有名バンドのサポートミュージシャンになっていたのですが、

その方からの伝言で、とある事務所が編曲も出来るキーボーディストを探しているけど息子さんどうですか?とのお話でした。

無論、断る理由はありません。

つづく

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