ライブや機材の費用を稼ぐ為にマクドナルドでバイトをしながら、将来の道筋をより明確に決めていきます。

余談ですが、今もハンバーガーはマック派です。

音楽の道を追いかけるのは24歳まで
→道が開ける為にはどうしても東京に行かなければならない
→音楽を理由に東京へ行くと親に言ったら当然バイトしながら人脈探しや作曲をしなければならない
→それは時間がもったいない
→仕送りがあればその分、没頭できる
→大学進学の名目が必要

こうして大学受験をする事にしました。

つづく

程なくして、中学時代の友達から新しいバンドやろうぜ!の誘いがあったので、

やるんだったら全曲オリジナルでやりたいという話をして、そこで初めて自分の作った曲達をバンドで演奏する事になります。

魚は嫌いでしたが、水を得た魚になります。

原曲のデモを持ってスタジオに入り、メンバーとあーだこーだ煮詰めて、アレンジが固まったら次のアイディアが浮かんで、それをまた形にしていく。

ライブを重ねては反省会をして、また新曲のイメージが浮かぶ…この時期の創作意欲は∞でした。

ちなみにこの頃創った曲も数曲は世に出ていますが、詳細は割愛します。

ソロのMCとかで、こっそりと。

つづく

この頃は作曲するにあたって「バンド用」と「将来誰かに提供する用」の2パターンを想定して作っていました。

この時点では決まったバンドを組んでいなかったのですが、後々の為です。

家で曲を作って、次の日の授業中に歌詞をはめて…

そんな毎日を過ごしていたので、当然の事ながら授業の内容はほとんど聞いていませんでした。

それと引き換えに、高校1年が終わる頃には200曲ほど創っていたと思います。

学校の新体操部のお姉さんからの依頼で、新体操用のインスト曲を作ったりもしていましたが、

これが音楽でギャラを頂いた初めての"お仕事"でした。

つづく

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