19歳、上京しました。6畳のアパートから出発です。

一人暮らしの開放感に浸るのも束の間、料理を含めた家事全般が全く出来ない事に気付きます。

が、熊本時代のバンド仲間が近所にルームシェアして二人で住んでいたので、その家に即入り浸ります。

その二人のうちの一人が、元僕のマネージャーで元INORANさんのマネージャーで現たこ焼き屋店主のコニタンです。

彼は毎日、僕の為に生姜焼きを作ってくれました。彼がいなかったら野垂れ死んでいたかもしれません。

挙げ句の果てには機材も持ち込んで、彼の家で延々と作曲をしていました。一年くらいそんな生活をしてたかな。

迷惑かけてごめんね。

つづく

卒業は出来ましたが、結局1年間のロスが生まれます。

ちなみに24歳までというリミットに特に意味は無く、単に気合いと情熱が続くのはその辺りまでかなーという予測と、

目標を設定しておかないと計画の逆算が出来なかったからです。

リミットまでに道が開けなかった時は、どこかの音楽の先生に喜んでなるつもりでした。

両親が納得するような大学ならどこでもよかったので、今回は分相応のとこをいくつか受験し、無事合格します。

暗黒の浪人生活は終わり、上京です。

つづく

高校生活は授業もろくに出ず、作曲とバンドと麻雀に明け暮れていたので、3年生の中頃にこのままじゃ出席日数が足りず卒業出来ないと言われます。

それは困ると。練った計画上1年でも惜しいと。

何とか担任に頼み込んで、泣きの追試で事なきを得ました。

いざ受験を迎えますが、希望校を担任に告げると鼻で笑われます。

頭にも来ないし、もう勉強する気力もありません。

結果、不合格です。

浪人します。

つづく

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