すぐにMINAMIを紹介され、彼女の声を活かせる楽曲の制作に取りかかります。

曲を作って、歌を録って、メロディーや歌詞を直して、また録って。

D-LOOPとしてレコード会社とも契約してデビュー曲も決まり、

レコーディングも終わって無数のプロモーションを経て、

22歳の終わり1997年5月、

自分の創った作品が世に羽ばたきました。

3歳に始まり14歳の時に決めた音楽の道の扉は、こうして開かれました。

未だ、長い長い道のりの途中です。

おわり→エピローグへ

デモテープのMINAMIの歌声は、それまで聴いた事のない、例えようのない圧倒的な存在感で僕の全心に訴えかけてきました。

「この子をバンドの形でデビューさせたいんだけど、メンバープロデューサーとして一緒に組まないか?」

三たび声をかけてくれた社長の優しさと、最高の歌声に出会えた興奮とで、内心ぐちゃぐちゃな感情のまま即答します。

「ぜひやらせてください」

「じゃあ明日ハンコ持って事務所に来い」

こうしてその日にお店を辞め、次の日に契約します。

22歳の冬でした。

つづく

次で最後です。

まさか再会出来るとは思ってもいなかったT社長のお店で働く事になった僕は、その日から社長が来る時だけロイヤル担当となりました。

華やかなお客様達に粛々とお酒を作り続けます。

この時代のこの形態のお店は夕方〜朝方の営業時間は当たり前で、たまに閉店後にパーティー等が入ると、終わるのは昼過ぎだったりする事がザラです。

要は自宅にほとんど寝に帰る毎日です。

2ヶ月ほど経ち、この生活が続くと創作の時間が全く取れない事にもどかしさを感じ始めます。

このお店は辞めて昼間のバイトに変えよう。

そう決めて、お世話になったT社長にその旨を告げると、一本のデモテープを聴かせてくれます。

後のD-LOOP、MINAMIの歌声でした。

つづく

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