ただのあとがきです。

今日で47歳を迎えました。

なぜモノローグを書こうかと思ったかと言うと、酔った勢いでプロローグを書いてしまったからと言うのもありますが、

歳を重ねる毎に記憶が薄れてゆくのを実感していたので、どこかに記しておきたかったのが一つ。

もう一つは、どれだけ人との出会いに助けられたか、自分の力だけでは何も成し得なかったかという事を、このコロナ禍の時代に今一度再確認したかったからです。

もう飛べないかもと思った時でも、まだ飛べると言ってくれた人達がたくさんいました。

読んで下さった方々も含め、これからも皆様の助けを借りて生きていきます。

長い間、お目汚し失礼致しました。

ありがとう!

おやすみなさい⭐️

すぐにMINAMIを紹介され、彼女の声を活かせる楽曲の制作に取りかかります。

曲を作って、歌を録って、メロディーや歌詞を直して、また録って。

D-LOOPとしてレコード会社とも契約してデビュー曲も決まり、

レコーディングも終わって無数のプロモーションを経て、

22歳の終わり1997年5月、

自分の創った作品が世に羽ばたきました。

3歳に始まり14歳の時に決めた音楽の道の扉は、こうして開かれました。

未だ、長い長い道のりの途中です。

おわり→エピローグへ

デモテープのMINAMIの歌声は、それまで聴いた事のない、例えようのない圧倒的な存在感で僕の全心に訴えかけてきました。

「この子をバンドの形でデビューさせたいんだけど、メンバープロデューサーとして一緒に組まないか?」

三たび声をかけてくれた社長の優しさと、最高の歌声に出会えた興奮とで、内心ぐちゃぐちゃな感情のまま即答します。

「ぜひやらせてください」

「じゃあ明日ハンコ持って事務所に来い」

こうしてその日にお店を辞め、次の日に契約します。

22歳の冬でした。

つづく

次で最後です。

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