一週間ほど、仕事+αでフランスに行ってました。
まだ時差ボケ中で、ヘンな時間に寝たり起きたりしています。
僕は日本では、毎朝6時頃に寝て、お昼の12時に起きる生活をしているので、時差8時間遅れのフランスでは、理論上(?)、夜10時頃眠たくなるまっとうな人間へと変身するはずなんですが、やっぱり、飛行機でズレますね。
特に、今回は帰りの飛行機で全然眠れなかったので、辛かったです。
ジェルジ・ルカーチの『小説の理論』という、恐ろしく読むのに疲れる本を機内に持ち込んでいたのに、まったく眠気に襲われなかったので、よっぽどだと思います。しょうがないから、途中から『ダイ・ハード4.0』を観て、結構、面白かったんですが、続けてその勢いで『トランスフォーマー』を観始めたら、さすがに眠れました(笑)

仕事というのは、サン・ナゼールSaint-Nazaireというブルターニュ地方のナント近郊にある田舎町で開かれた、MEET(MAISON DES ECRIVAINS ETRANGERS ET DES TRADUCTEURS)という組織が主催するシンポジウムに参加するためで、日本からは他に池澤夏樹さん、天童大人さんが出席されてました。
北米、南米、アフリカ、アジア、ヨーロッパと世界各国から作家を招待して、まぁ、色々と議論をするわけですが、今年は、20周年目ということで「20」という数字に拘ろうということらしく、事前に「20歳の時」というエッセイをみんな書かされました。
それから、出席者も20人にするつもりだったらしいんですが、ブッキングの手違いで、21人になってました(笑)。そういうところが、なんというか、フランスっぽいというか、そもそも、20周年で、出席者を20人に揃えたと言われたところで、「だから何ですか?」というような話ですが、不覚にも1人多くなってしまったというところが笑えます。足りないのは何とか出来ますけど、多すぎる時は削れませんからね。

サン・ナゼールは、とにかく、田舎です。何にもないです。レジデンスの制度もあって、3ヶ月くらい作家は滞在できるようですので、陸の孤島でひたすら執筆に励みたいという人にはオススメです。
というわけで、写真を撮ってきましたので、ブルターニュの海辺の田舎町がどんな感じか、ご覧ください。 

 1

この町は、第二次大戦中、潜水艦工場があっために、ドイツ軍の凄まじい空爆に遭い、ほぼ壊滅状態になったらしいのですが、肝心の潜水艦工場だけは最後まで残ったそうで、これがその遠景です。
今は、文化施設に改造されている途中で、シンポジウムの会場の一つもこの中にありました。

2
3
その内部です。廃墟マニアが喜びそうなテイストです。
遠近法の効いたカッコいい写真が撮れます。

4
シャンピオン(英語のチャンピオン)は、僕がパリに住んでいた頃、ほぼ毎日通っていたスーパーで、全国展開のチェーン店です。普通のシャンピオンの一段大きなものが、super Championで、その更に大きいものが、このhyper Championです。なんか、サイヤ人みたいですが。フランス語だと、ハイパーではなく、イーペールという発音です。
町の真ん中に、これがドンとあって、ここに住むすべての人の食料を供給しています。とにかく、巨大です。

5
ケーキ売り場です。糖尿病へまっしぐら、といような堂々たるケーキがズラッと並んでますが、フランスのお菓子は、異様に甘いのに、なぜか食べちゃうんですよね。ふしぎです。
マーチン・パーの写真に出てきそうな感じです。

6
 宿泊していたホテルの部屋です。三ツ星のはずですが。。。
でも、フランスの田舎のホテルの三ツ星って、ホントにこんなもんです。
ちなみに、名前は、au bon accueil(あたたかいおもてなし)でした。

7
 ビーチです。写真にはうまく収まりきれませんでしたが、本当に広々としたきれいな砂浜です。
夏に来る場所ですね、ここは。
今の季節は、昼間でもみんな凍えながら歩いています。

8
こういう古い建物は、爆撃のせいでほとんど残ってません。
町並みは、パリ郊外の新興住宅地みたいな雰囲気です。といって、高い建物はありませんが。
様式は、遅れて建てられた初期ゴチックという感じですかね。かなり修復されてますけど。
そういえば、昔話ですが、芥川賞の選考のあと、古井由吉さんが、『日蝕』の教会の描写を褒めてくれました。
ヨーロッパの田舎に行ったら、ああいう出来損ないみたいな建物がたくさんあるけど、その雰囲気がよく出てる、と。あそこでは、その「出来損ない」感が大事だったので、なんか、うれしかったです。

9
最後は、レジデンス用のマンションに上がらせてもらって、ベランダから撮った写真です。
眼下は港湾地帯なので、景色が良いような、悪いようなという感じでしたが、視線を遠くに伸ばせば、清々しい眺めでした。

……というわけで、珍しくマメな更新をしてしまいました。
果たして、後半の「パリ編」には、着手されるのだろうか。。。


ご無沙汰しています。
去年は珍しく、なかなか良いペースでブログを更新していたのですが、ツイッターを始めてからというもの、あっちの方が楽で、その分こっちが滞ってしまいました。
前にもちょっと書きましたが、ツイッターは、140字以内の短いブログで、登録しなくても、僕が書いている内容は読めます。

https://twitter.com/hiranok

やってないと、見方が分かりづらいと思うのですが、「@〜」と緑色のアルファベットで始まっている文章は、ツイッター内の人とのやりとりですので、それだけ見てもよく分からないと思います。あと、矢印が書かれた四角い印のあとから始まっているのは、僕が引用した誰か他の人の言葉です。
そういうのがついていない、いきなり文章で始まっているのが、僕の日々のよしなしごとです。

ツイッターは、始めるまでは何が面白いのか、ピンと来ませんでしたが、やってみると、流行る理由がよく分かりました。簡単にアカウントはとれますので、気になる方はトライしてみてはいかがでしょうか? 

仕事の方は、読売の連載が佳境に入り、他方で、エッセイや対談、インタヴューなどもあったりして、なかなか落ち着きません。詳細は、http://k-hirano.com のニュース欄をご覧下さい。 

3月は、17日からベルリン自由大学で開催された三島由紀夫没後40周年記念シンポジウム「MISHIMA! WORLD IMPACT AND MULTI-CULTURAL ROOTS」に出席し、その後、パリに寄って、24日に帰国しました。

1
写真は、細江英公さんの『薔薇刑』の一枚で、シンポジウムには、その細江さん、ドナルド・キーンさん、ボリス・アクーニンさん、三浦雅士さん、上智大学の林道郎さんの他、多数の海外の研究者が参加しました。これまた、ツイッターの中に、ちょこちょこ感想が書いてあります。

パリでは、昔住んでいたというのと、街の真ん中で便利だというのとで、僕は大体いつも、左岸の6区のホテルに泊まるのですが、今回は、designhotel.comで見つけた、SEZZというエッフェル塔の近くのホテルに泊まってみました。このdesignhotel.comは、「お気に入り」の中に登録していたのを発見して、あー、こんなサイトあったんだと、今回かなりフレッシュな気持ちで利用したのですが、あとでふと昔のブログを読んでいると、前回パリに行った時も、同じこのサイトでホテルを探していたことが判明し、自分の進歩のなさに愕然としました。http://d.hatena.ne.jp/keiichirohirano/20071127
でもまぁ、便利なサイトです。 

SEZZの内装は、こんな感じです。

2
3
良い感じに落ち着いていて、快適でした。
フランスのホテルは、大体こんなふうに、バスタブにカーテンがついてないので、床を濡らさないようにシャワーを浴びるのに、結構テクが要ります。お湯の出る方向を考えながら、こぢんまりとした感じでシャワーを浴びるので、ダイナミックな爽快感が得られません。本当は、泡を飛び散らしながら、からだを洗いたいんですけどね。不満です(笑)。
まぁ、別に床が濡れても良いようになってるんですけど。

メトロの駅で言うと、パッシーとか、トロカデロとかのあたりで、移動はやっぱりめんどくさかったです。向こうの友達に、トロカデロのホテルというと、「なんで?」みたいな反応でした。
トロカデロ広場に駐車してあった車のガラスが3台続けて割られていて、16区だし、特に治安が悪そうにも見えないけど?と思っていたのですが、その友達曰く、ラグビーやサッカーの試合のあとは、興奮してガラスを割って回る輩がいるんだとか。迷惑な話です。 

パリ初日の夜は、知人とターブル・ド・ロブションで食事をしました。この旅一番の贅沢。

4
美しい前菜です。
フランス人は、普段は大ざっぱだけど、本気を出すとやっぱりすごいよなァ、とか感心しながら食べていたのですが、あとで紹介されたシェフは何と若い日本人。最近抜擢されたそうですが、間違いなく、将来有名になるでしょう。
本当に美味でした。

翌日は、バルザックの家→ロマン派美術館(ショパン展)→ジュ・ド・ポーム(リゼット・モデル展)→オランジュリー美術館→グラン・パレ(ギャラリー入りの現代アート展)と、ひたすら博物館/美術館巡りだったのですが、途中で通りかかったのが、ショパンとサンドが住んでいた、スクワール・ドルレアンです。

5
ショパン好きにはお馴染みの場所だと思いますが、ここは19世紀後半のオスマンによる都市改造でも壊されることなく、そのままの姿で残っています。『葬送』で、サンドと別れるまで住んでいたのがここです。私有地なので、中には入れませんが、ショパンは9番地、サンドは5番地に住んでいて、行ったり来たりしていました。今は誰が住んでるんでしょう?

グラン・パレのあと、向かいのプチ・パレの「イヴ・サン=ローラン展」にも行きたかったのですが、恐ろしい長蛇の列で、疲労困憊していたので、断念しました。

6
今回、軽くショックだったのは、僕がパリ時代、毎日通い詰めていたシャンピオンというスーパーが、カルフールに変わっていたことです。オデオンのシャンピオンの向かいには、「da rosa」というナイスな高級食料品店があって、お土産をあさりにそこに入った時に、店員から、この冬に、カルフールに買収されたという話を聞かされました。
別にどうという話でもないのですが、頭の中の記憶が、思い入れ込みではっきりしていると、照合されるはずの実物の消滅が、ヘンにこたえます。

最後はその逆というか、丁度、向こうに住んでいた時に、屋根の崩落というあり得ない事故が起こったシャルル・ド・ゴール空港の2Fというターミナルで、当時はメチャクチャだったのが、ものすごくきれいになっていて、ビックリしました。

7
僕はいつも、パリに行くと、通りの名前が書いてあるプレートだとか、エール・フランスの表示だとか、青がきれいだなと思うのですが、今回は、最後に見たこの赤い絨毯が印象に残りました。天井の木材と相俟って、カッコよかったです。

……と、言ったところで、久々の旅行記でした。
次回は、もっと早く更新します!
 

あんまりタイミングを逸してもなんなので、がんばって、パリ編も更新です。
サン・ナゼールのあと、パリに二泊したんですけど、丁度、鉄道ストの真っ最中で、とにかく、移動に苦労しました。
大体、サン・ナゼールまでも、最初は電車で行くはずだっんですけど、そんなこんなでナントまで飛行機で行き、そこから車という旅程に変更になり、帰りはその逆でした。
一週間もストが続くというのは、日本では考えられませんけど、ただ、サルコジが嫌いなパリの人たちでさえ、結構ウンザリしていて、なかなか、こういう方法で支持を集めるのは、フランスでさえ、難しくなってきているのかなという感じでした。

宿は、デザインホテル・ドット・コム というサイトで、最初、モンマルトルにちょっと面白そうなところを見つけたのですが、ストで電車が動かない中、夜、歩いてモンマルトルまで帰るのはあまりに辛すぎるので、次に良さげだったArtusというマビヨン駅近くの中心地のホテルにしました。それがこれ↓

1
2
写真には撮らなかったのですが、地下のレストランに行く階段の壁に、ドラクロワの『アルジェの女たち』がドドーンと貼られていて、なかなか、僕的にはツボだったんですが、部屋はご覧の通り、まぁ、大したことないです。
これなら、同じくらいの価格でも、サン・ジェルマン・デ・プレのBel amiの方がオススメかな。
従業員はさすがに親切でしたけど。

結構、早い時間にホテルに着いてしまったので、晩の友人との食事の約束まで、今回のお目当ての一つだった、ケ・ブランリ美術館に行くことにしました。……が、ここから僕の長い長いパリ散策が始まります。

久しぶりのパリなので、その辺を適当に歩いて、疲れたらタクシーにでも乗ろうと思っていたのですが、甘かったです。
どこのステーションにも、タクシーなんて一台も停まってません。
考えてみると、パリに住んでた頃は、ストだというと、特にどこにも行かずに、家の近所をプラプラしてただけでした。
流しも全部、人が乗ってるか、予約車で、ひたすら川岸を歩いて歩いて歩き続けて、とうとう、エッフェル塔の足元の美術館まで着いてしまいました。ちなみに、気温0℃(涙←凍る) 

3
4
美術館は、実はジャン・ヌーヴェルの建物の方に関心がありました。
写真で見て、これは!と思っていたのですが、実物も良かったです。
ただ、このカラフルなブロックみたいなヤツは、もうちょっときれいに出来なかったのかな、という気がしましたが。写真では分かりにくいと思いますが、右から3番目の肌色のの角の継ぎ目とか、けっこう気になるんですけどね。 

が、この美術館、実際には中の展示が本当に良かったです。
この数年観た色々な美術館でも、インパクトは間違いなく最上級でした。
ヨーロッパ以外の地域から集めた美術作品(というカテゴライズになるのでしょうが)の展示なのですが、ライティングもかっこよかったし、なんというか、これを見ると、20世紀前半のヨーロッパの彫刻は、本当に必要だったのか、と考えてしまいます。まぁ、それを、ヨーロッパの美術史の中で自分たちなりにこなす過程に意味があったんでしょうが。 

さて、ここまで必死で歩いてきて、おまけに美術館を二時間もかけて回ってしまった僕は、この時点で、かなりヘトヘトでした。
既に日も暮れています。重たい図版も買ってしまいました。
タクシー・ステーションには、相変わらず、車の気配もなく、仕方がないので、カフェで呼んでもらおうと、店に入って、一応、一杯コーヒーを注文し、ボーイにタクシーを呼んでください、と頼んだのですが、
「今日は、もう、朝からみんな、僕にタクシー呼んで、呼んでって、頼むんだよ! 一応、言ってみるけど、難しいと思うよ。」
とかなんとか言いながら、奥の電話係に確認しに行きました。
で、戻ってくると、
「やっぱ、ダメみたい。」
とのこと。……エッ?
僕は、来る途中で予約車を間違えて停めようとしたんですが、その時に、「ここにかければ、5分で来るから!」とタクシー会社のカードをもらっていたので、
「悪いけど、この番号でもう一回、トライしてくれない?」
とお願いしました。 

僕はパリでプリペイド携帯を持ってたんですが、さすがに二年も行かない間に登録が抹消されていて、今回の旅では携帯なしでした。
ボーイは、
「えー、……いや、まぁ、言ってみるけど、僕が係じゃないから、とにかく、分かんない。……」
とか言って、また奥に引っ込みした。
すると、突然、一日中、タクシー会社に電話をさせられて、しかも全然つながらず、半分壊れかけたみたいな係の男が飛び出してきて、
「さっきから、まさにこの番号に電話してるんだけど、もう20分も全然通じないんだよ! 誰も出ない! 分かる?」
とほとんど臨戦態勢です。
「あっちの客から言われて、かけ続けてて、今度はこれからこっちの客の○'#&%$"&&'$×△……(←興奮のあまり、早口で聞き取れず)」
予想外のことで、どうしようかとポカンとしてると、
「俺の言ってること、分かってんのか? いいか? 見てろよ!」
とおもむろに携帯を取りだして、両手の親指で、「ほ〜ら〜、ほ〜ら〜、」とそのタクシー会社の電話番号を押し、片手を腰にあてがって胸を張り、目をクルクルさせながら携帯を耳に当て、応答しないのを確認すると、
「ホーラッ! さっきから、もう、20分もこの状態なんだよ!」
と、僕に迫ります。
まぁ、そりゃ、よく分かりましたけど、そこまでせんでも分かるわい、と思って憮然としていると、
「大体、どこまで行くわけ? 遠いのか?」
と訊いてきます。
「証券取引所の近くだけど。」
と答えると、
「は? 証券取引所!? 2区のか?」
と目を見開き、
「そう。」
と頷くと、
「そんなもん近い近い! 歩けばええやろ!」
とか、せせら笑います。
この辺から、段々僕も腹が立ってきてて、
「寒いだろ。」
とブスッとして言うと、
「寒い!? そんなもん、早足で歩けば、すぐ温もるわ! ストなんやし、しゃあないやろ。みんな歩いてるで、そんくらい!」
と、なぜか関西弁で訳してしまいましたが、まぁ、そんなようなことをのたまいます。
そうなると、もう、どうしようもありません。
「あ、そう。分かったよ。」
「悪いね。」
これで、寒空の下、また僕の長い旅路の始まりです。 

目指すは、オペラ座と日本料理屋がズラッと並んでるサンタンヌ通りとの間辺りです。
……遠いだろ、十分! と、憮然としつつ、セーヌ川を渡ったのですが、川沿いがまた強烈に寒いので、とりあえず北上してたら、シャンゼリゼ通りに出てしまいました。
それから、カップル達が身を寄せ合う中、約束の時間にかなり遅刻しながら、独りで黙々と歩いてると、テュイルリーの観覧車が、妙にキラキラ輝いて見えてきて、なんとなく腹が立って撮った一枚がこれ↓ 

5
それから、更にムカムカしながら歩いていると、オランピアに煌々と点るDEEP PURPLEの文字。
なぜとは説明できないけれど、ものすごーく脱力。
今、キーボード、ドン・エイリーなんだよな、とか、どうでも良いことを考えながら、勢いで一枚。 

6
この後、写真を撮る元気もなくしてしまったので、感動の到着まではご紹介できないんですが(っていうか、誰も関心ないと思いますが)、最悪なことに途中から雨が降り出してきて、ホントに、心底、ウンザリでした。。。

翌日は、昔住んでた、ホテルからもすぐ近くにあるrue des quatre ventsのアパルトマンを見に行きました。

7
懐かしい。。。
18世紀の建物らしく、外観はかなりオンボロですが、中はもちろん、リノヴェイトされています。
僕の部屋は、日本の三階に当たる部分でした。 

で、その通りで見つけたのが、これ↓

8
パリでは今、自転車ブームらしく、これも今年から始まったんだそうです。
なかなか、便利なシステムで、街の至るところにこの自転車スタンドがあって、登録すればいつでも借りられて、乗っていった先のスタンドに返せば良いみたいです。というわけで、こればっかりに乗って、自転車を自分では持ってない人もけっこういるみたいです。

エコつながりというわけではないですが、前回言及したシャンピオンにも行ったので、こんなものを買ってみました。

9
買い物袋です。他にもオレンジとか、派手な色のが何種類かあったのですが、青を選びました。
買うと、レジでおばちゃんが底にサインをしてくれます。
オシャレなような気がして買ってはみたものの、帰国して丸正で見かけたエコバッグの方が、はるかにものが良くて、ガッカリ。。。

と、言ったところで、写真の最後はこれです。 

10
シャンピオンに売ってるポアラーヌのブドウパンです。僕はこれと、Caprice des dieuxというチーズを一緒に食べる組み合わせが好きで好きで仕方がなくて、ほとんど毎日、食べてました。
パリに行かれる機会のある方は、トライしてみてください。 

この日はその後、また、サンタンヌ通りの知人のところまで雨の中歩いて行き、来々軒というラーメン屋で昼食。
日本食ブームとかで、店内は、フランス人だらけでビックリしたんですけど、それから今度は、カナル・サン・マルタンの知人の家まで歩き。
その後、午後になってようやく少しメトロが動き始めたので、またしても人と会う約束だったオデオンまでは歩かずにすんだのですが、夕食は、シャトレの近くにあるちょっとカッコいいモロッコ料理の店まで、これまた歩き。帰りも歩き。……というわけで、どんだけ、歩いとんねん!と独りで空しくツッコミを入れつつ二日目終了。 

翌日の空港までのタクシーの予約が危ないと言われていたので、受付にしつこいくらい何度も確認して手配してもらったのですが、お陰でつつがなくシャルル・ドゴールまで到着しました。
心配していた渋滞もなく、早く着きすぎて、かなり退屈だったのですが。 

……というわけで、なんか、費やした労力の割に、どうでも良いような内容のエントリーですが、最後まで読んでくださって、どうもありがとうございます。
旅行記は、しばらくやらないことにします。
あー、疲れた。。。 

↑このページのトップへ