甘い夢を見ていたはずなのに
気づけば毎日のように泣きながら朝を迎える。

空は青いのに気持ちはブルーで
思い通りにいかないことばかりに気を取られて。

やらなきゃいけないことに追われて
好きだったことすらも煩わしくなってきて
心が曇っていくのが自分でもわかって苦しい。

理性を繋ぎ止めてくれるのは
お酒と煙草とチョコレートだけかもしれない。



2Kのアパートに充満する
甘い匂いと煙をめいっぱい吸い込んで
思い出と一緒に冷蔵庫に押し込めた。



君が吐き出す苦い味も悪くないけど
君との日々は甘ったるいぐらいがいいな。


誰にも渡せない黒い塊と一緒に
全部溶けてぐちゃぐちゃになりたい。






小さな希望を3錠 アルコールで流し込んで
起きたらこの匂いも記憶も
全部なくなってますように。



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嗅覚って記憶に直結してるっていうじゃないですか。あれ結構都合いいこと言っとんなとずっと思ってて。

香水をつけるひとが周りにあまりいなくて、というより人の匂いなんてあまり意識したことないし、みんなタバコの匂いしかしないし、みたいな。


人生で1番覚えてるのは母親が台所で魚焼いてニラ玉炒め(好物)作ってる匂いとばあちゃん家の樟脳の匂い。色っぽいのだとエアコンの入ってない恋人の部屋で胸いっぱいに吸い込んだ夏の匂いと、好きだった人と一緒に行った花火大会の火薬と水辺の匂いと君が飲んでたソルティライチの混じった吐息。エコーの煙。

思い出したら結構あるね。


先日駅のホームで思わず振り返ってしまったことがあって。ライブハウスで染み付いたであろう吸わないタバコと香水の混じった匂い。目で追ってみたらどこにでもいるバンドマンの後ろ姿。髪の長いベーシストでした。どうにもならない恋をしていた18歳の記憶が呼び覚まされて動悸がした。


高3の夏休み、親友と夜行バスで東京へ。待ち合わせたのは東京駅日本橋口のスタバの2階席。少し遅れてエスカレーターを上がってきた姿を今でも鮮明に覚えてる。女子高生2人と成人男性2人、奇妙なお茶会を経て解散。ゲームセンターで遊んでご飯を食べてドンキでお菓子なんかを買い込んで総武線に乗った。駅からアパートまでの寂れた商店街。TRICERATOPSのライブDVD。深夜に手を繋いでアイスを買いに行ったセブンと変な柄のTシャツ。早朝を告げる角のパン屋の匂い。カルバンクラインの黒。親に内緒で買った2台目の携帯。お揃いのカエルのストラップ。安物の指輪。誕生日に届いた手紙。ライブのチケットの半券。グッズのタオルとステッカーとお守りにしてたピック。全部燃やしたときの煙と涙。



こんなとこにいるはずないことも、大切な家族が出来たことも、あの人はきっと思い出しもしないであろう遠い昔の記憶。


実は上京してすぐに働いた場所が偶然にも当時の最寄(その後わりとすぐ引っ越したらしい)だったんですがその時は懐かしいなーぐらいだったのに、この日はタイムスリップでもしたのかと思うぐらい鮮明に思い出して懐かしくて泣くかと思った。

いやー匂いの記憶、侮れないわ。笑




私も記憶に残れる人物でありたいね。
香水つけないけど。




忘れてくれていいからどうか幸せで
じゃないとあの頃の私が報われないので。
それから
苦しくなるぐらいの思い出をありがとう。
私は私の幸せを探して今日も生きてます。


それじゃあ、来世で。


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写真はその駅からの夕日。



こんばんは、お久しぶりです。

今日は時間があったのであのツイッターの質問箱ってのを久し振りに開いて答えたりしてました。なかなか突っ込んだ質問や心無い言葉なんかもあって、なるほどな〜と思ったり。

匿名だからこそ言えること、匿名じゃなきゃ言えないこと。まあ匿名であっても言ってはいけないことも含めて。誰かに言葉を投げかけることの意味を考えさせられました。

私は割と他人に対しては心が強い方なので、不特定多数のしかも匿名なんかの言葉の暴力には屈しないぞと心に決めています。

嫌いとか目線が冷たいとか、思ってもないことを言われると流石におっ…とはなるけど、私のことを認識してるであろう人からそう思われるってことはそういう節もあるのかもしれないとも思うし、そう思わせてることに気をつけなくちゃなと思いました。不快にさせてごめんな。



言葉の力ってのは本当に大きくて、良くも悪くも発した瞬間相手に届いてしまう。それが善意であっても悪意であっても。心に留めてるうちは(態度に滲み出るかもしれないけれど)その人だけのものでも、言葉にすることで伝わってしまうし、それを聞いた人や見た人にも伝染するものだと思う。

好きって言われたら嬉しくて嫌いって言われたら悲しい。あの人が好きって言ってたから聞いてみよう、あの人が嫌いって言ってたから近づかないようにしよう、とか。


日本には昔から言霊っていうのがあって、発する言葉以上に発した人の内心に強く作用すると考えられていますね。口をついて出る言葉は無意識でも自分の耳に届いて、無意識の心でそれを拾い上げでしまう。思ってるだけよりずっと心に残ってしまうものだとそう思っています。


言葉が綺麗な人は心も綺麗だと思うし自分の思考をきちんも整理できている人だと思う。反対に言葉が雑な人は心がささくれ立っていたり思考も突散らかっているように思います。

ネガティブな発言をしていくとドツボにはまっていくとか、ポジティブ変換して話すようにしてたら色々うまくいったとかもあるよね。


また人からの悪意の言葉を受け続けていると、本当にそうなんだと思い込んでしまったり、上手くいかないこともそのせいにしてしまったり。現に私はダメな奴だと言われ貶され続けて伸びる人を見たことがない。し、そんな人は人を褒めたり好意を言葉にするのが苦手だったり同じように人を貶す言葉ばかり吐いてしまうようになる。そんなことを繰り返しているうちは誰も幸せになれない。

悪意の言葉は好意の言葉よりずっと重くて、100回好きだって言われたって1回の嫌いって言葉で打ち消せてしまうものだと思ってて。普通の人は好意の言葉は謙遜も含めて流してしまいがちだけど、悪意の言葉はずっと心に残ってしまうものだったりしませんか?


だから私はなるべく綺麗な言葉を使いたいと思うし、好意の言葉をたくさん伝えたい。私を嫌いだとを思ってそれをわざわざ匿名で伝えてくれる君と話がしたいし、話した上で嫌いならそれはもう仕方がない。

私は私の好きな人には笑ってて欲しいし、私を好きだって言ってくれる人のために笑って生きたい。100回言っても伝わんないなら1000回好きだって言いたいし、君が自己否定をするならそれも全部ひっくるめて肯定して愛してあげるよ。




今日もこれ私じゃなきゃ傷ついてんぞ?と思ったし、おかげでこんなことで傷ついてたまるかと思えた。強く生きよう。そんで優しくなろうな。





おやすみ。
私のこと嫌いな君もいい夢みろよ。


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