しなやすしなやす。どうもhima://です。
こんな入りの文言もなんだか久しぶり。メインブログはサイトと共に止まってるし、今は避難所というか難民キャンプというか違うなあここは閉鎖病棟か。いや開放病棟か。そんなこのブログにとどまっている訳ですが、人生のメインストリートに舞い戻るまであともうちょい、もうちょいかかります。
死に損ないではなく、九死に一生スペシャルなので。まあどっちも同じだが。

状況は良くなってる、と思います多分。
感情が戻ってきたり、波はあるもののアイデア出しや自己考察ができるくらいにはなってきた。
その代わりやっぱり昔みたいに数日寝込む事も増え、脳がパンクする感じもストラテラ以前という感じで増えている。
原因がわかっちゃったからもうなんかどうしようもねえじゃんという気持ちになり、あまり自分を急かさなくなった。急かさなくなった事に苛立ちを感じる。
それは…えらい…。
病気で死ぬ寸前までいって、植えつけられた感情は事は死ぬのが本当に怖いということで、いままで死んでも構わないというやり方でやってきて、というか多分、自分だけは死なないと思ってきたんだろうね。傷ついていこうなんて方針(2017)馬鹿ではないとなかなか出てこない。
死を恐れない奴はやる事が過激である。んで、死にかけるとPTSDになる。
戦争モノとかよく見てる人はわかるかもしれない。もうコーナーギリギリを攻められない。
それか、死にかける事で何かが狂ってしまう人もいるだろう。そうして人の倫理観はおかしくなっていくのだろうか。
去年4月がうつ病発症のトドメだったとしているが、快方に向かっている今、怖いのは死ぬ事だ。
またいつ無理をしたら発症するのではないか。人を傷つけたショックでまた自分が傷つくのではないか。抜糸したばかりの切り傷をなぞるような事をしないか?ぱっくりと傷が開くのではないか。
そしたらいよいよ、本当に、死んでしまうのではないか。
そんな恐怖心から、時々フリーズする。
抱えているタスクが身体にへばりついて、身動きがとれない。そんな感じもする。
ただ、希望的な話も出てきて、凪いでいるといい事もあるというのがここ数ヶ月だ。

焦ってはいけない。焦るに決まってるけどこんな状況。
寝てるしか出来ないなら大人しく寝てればいいんだ。やらなきゃを積み重ねてまた眠りを浅くしているなら意味がない。
そしてまあ季節である。春のこの不安定な季節、調子のいい方がおかしいまである。
花粉もつらかった。風邪もつらかった。11針縫ったのもつらかった。気温差が夏と冬くらいある毎日もつらかった。
しゃーーーーーなし。
2月の記事がえらいポジティブで、同じ内容でもほんと違うな視点が。別人のように感じる。
あの後花粉がえらい酷くなり、まあちょっとおおきめの揉め事も何軒かあり、人生初のガチ救急車からの手術。手術も人生で初かな。今年は人生初が多いな。
1年の半分は元気がない。それが限界なんだろうか。

や、マイナス思考に考えれば全ての事柄にイチャモンつけるのは簡単だ。
元気がない訳じゃなくて、解禁してないと、そんなとこにしておきたい。何か方法はある。
まず運動してないよね。そこですよ。
思うのよ 運動してれば大体のことは大丈夫になると…。
友人がエアロバイクこぎまくってるのでうちも部屋に余裕出来次第導入したい。

しなやすだからこそ、本当はまたギリギリコーナーを攻めていきたいし、死にたがり野郎的な危険を冒していきたい。
死ななければいいのだ。生死、身をまかせる為の手綱を今模索している。

とにかく死ななければ、何でもいい。

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最近は花をいけている。この私が、花を、いけている…。
1週間がわかるのだ。しなびた花を見るとつらいので、最低1日は外に出て花を買っている。そこで少しだけ心が豊かになる。
奄美大島から帰ってきて、何より大切にしている感性はそこだ。ここだけ守っていれば、なんとかなるだろうという気持ちさえある。