月別アーカイブ / 2017年06月

個展くらいからiMacをずっと休ませないでいたら限界のオーラ出してした。そりゃそうか。
思えばそこらへんから私自身もちゃんと一日を終わらせるようにしてきただろうかそこも疑問だ。

正月がきたのもつい最近に思えるが、私の今年度はまだ満2ヶ月であるのでおかしい。
体感で、年度始めと年明けを混同するのでまずいのだ。地続きの数字なだけで別に何も最近ではない。
そのどこかにというか、とてもわかりやすく先延ばし案件があって、どうしてもズルズル2016年でいたい気持ちがあるんだろう。
早く終わらせたい2016年。これは頑張るしかない。ウダウダ言ってられない。

頑張る。

とかく間取りに拘りがある。
自分がダメな時は環境変化に努めるしかない。
となったら、増やすか減らすかで、今とにかく捨てていたりしてるのだが、実際増えてしまって、ちょっと不器用すぎるなあと思っている。
だいたい部屋の中も私の体の一部なのだから普通の行いなんだけど、おやすみとして静岡帰省した後すぐに部屋の片付けに取り掛かかってから、まだ終わらないのはおかしい。
掘っても掘っても出てくる。

トリプルタスクで動きたいと思って作業台追加してみたりなぞしたが、わかった。必要ない…。
今必要なのは細かく分類された引き出しで、そのフォーマットが固定であること。アクセスしやすいこと。
脳味噌の外付けHDD。あとまた椅子で背中をやっており、これは座り作業にした方がいいということなのか、それとも整体なぞに行けということなのか。
CDのハードケース捨てたりとか頑張りましたけどもどんづまったなあ。
とても大事なことなんだけども、だからこそ常々悩みの種。

こんな時なんでも解決してくれそうなホームセンターが好きだ。ホームセンターに行きたい。

hima://

スワイプでまともな文章は書けるのか。

140文字に特化した形式である。既に手首も痛いし何が正解かわからないし推敲もしたくない。推敲したくなくなる、それがスワイプ入力である。hima://です。

※これは昨日の投稿よりなんぼか前の下書きの加筆である。

タイピングでのブログ以外なかなか続かないが、長文ツイッターだと思えば然程苦痛でもない。かもしれない。
何だろう、とにかく話さなきゃいけないことがいっぱいあるのに、順を追うとだいぶ昔のことから話さなくちゃいけなくて
とりあえず人生でこんなに長い期間"戦いながら"床に伏せた事はなかったと思う。
2ヶ月半か。苦しい想いの割には意外と早いと思うかもしれないが、2016年8月以降の私からしたら2ヶ月半もたいしたことが出来ぬまま息を吸い息を吐くだけなど狂気の沙汰。しかし2016年7月までの私であったら、稀によくあることであった。
実際狂気の沙汰はどっちであったか。
何が正解かはわからず、今も悩み続けることをやめないという公約を掲げているものの、大手を振って復活など格好などつけずに、
「やあやあ…」と頭を掻きながらひょっこり戻って来た私なのです。


さて、悩み続ける事は研究であり自分は研究家でありたいと以前ツイッターなどに書いた訳ですが、研究家は何かを研究し発表してこそで、
ここで言う研究対象は勿論私の人生そのものであります。その上に更に表現の悩みや、技術的な悩みが乗ってくる。
基本研究中の悩みは公開するし解決してもしなくても公開する。
まあ言えないことも多々ある訳ですが、他人を巻き込まない表現に関してはぐっとハードルを下げて公開していいかなと思っている。

近年データをよくとっている。データをとっているというか、データを取るべくなるべく始めて終わらせるまで続けるようにしている。完遂というものができなかった私からしたらこれは結構な進歩でもある。


2016年の8月からストラテラという薬を飲み始めた事について少し話そうと思う。
毎年私の人生の落とし穴ポイントはもう半固定だったのに対して(カレンダーにしたこともある)、1年間薬を入れてみたらどうなったろうか。来年は何に留意すべきだろうか。

あと1ヶ月程で1年経つ。飲み始めの勢いはまさにプラシーボだったのかと言わざるを得ないくらい今怠い。薬も不味い。カプセルの癖になぜ不味いのか。
ストラテラの効能については知ってる人は知ってると思うので省略して(ggってください)、2年前ふと訪れた病院で
『ADHDじゃよ』
『は?死ね(要約)』
という会話をしてから、本当に色々あったのだ。その時は1年悩み、ほどなく観念して『やっぱ薬ください』と同じ病院の門を叩いた訳だが、依然私はADHDとも発達とも認める気はなかった。何故なら完全に私の人生そのものがその症状だったからだ。ただいくつか完全に当てはまらないこともあり、とても不思議な状態であると医者には言われた。

ただ薬を飲んだ時は感動した。
『あ、人、他人、こんな、楽なん!?』
これはストラテラを初めて飲んだ人あるあるだと思う。
まず視野が広い。なんでこんなに広いんだ。今まで私は等倍の双眼鏡でも見てたんか。俯瞰とかそんな概念とかじゃなく本当に視野が開けた。
感動とともにがっかりだ。がっかり極まった。手枷足枷が外れたような気分にもなったし、他人を恨めしく思ったりもした。
が、よく考えると私は結構自分がこういう人間だと知らぬ間に理解と対処をしていたので、口癖の『早く人間になりたい』も自覚としては本当にその通りだね…といったところであった。
ただ半人前の足掻きがあって、結構、普通というものに憧れていたりしたものだから、得意分野だけを伸ばしたりという、子供がADHDならそうするよね的な事を、半ばグレた形でも自分の意思で意地で遂行した過去の自分は偉いなと思う。
無自覚ながら親も折れて好きにせやとしてくれたのは有難い。
有難いが、その現状とはまるで、土台が木材のピラミッドであった。上からしか作れなかったのだ。
同級生が土台を組んでる事に対して、私は足元のぐらつく頂点を磨き睨むことしかできず、その質量は同じでも、とにかく一瞬で壊れそうな事に対する不安が常に付きまとっていた。
ストラテラの効果は、今まで組んでいた木製の足場に、スコーン!とコンクリートを入れてもらったようだった。
そしてそのコンクリートにも季節性の脆弱さや期限などがある事もこれから知っていくことになる。

それからはもう、自分のやりたいことがとにかくできた。今までやりたいと思って計画を立てていたこと、その全てがスケジュール通りにいくのだから面白くて仕方がない。
実際2016年のうちは今までの3倍は働いていたと思う。自分が計画した通りに動ける喜びである。それ以上に身体はびっくりしてただろう。いきなり動き始めたのだから、本当によく捻挫した。体重もごっそり減った。
人間25歳を超えるともう人格上の成長はないなどと色々言われてますが、かなりの余力を残してきたんだなという気持ちで溢れた数ヶ月だった。
そもそも、自分の凡人ぶりに悩み、人並み以下であるという自覚から、普段の行いはもうかれこれ20年近く、あなたはADHDですよと言われた人の対処法のそれであった。
そこが本当に大切だった。
その努力は、薬を飲んでからも続けるべきだったと今思う。人生の加速の旨味を知るのは怖いことだなとも。
薬でどうにかなる範囲を私はまだ知らなかったのだ。

毎年、10月か11月に精神状態を酷く悪くすることが統計上(10年ほど)出ているが、これもなくなるだろうとタカをくくった。
が、出た。
既にギチギチに締めたスケジュール、一ヶ月休むとどうなるかおわかりだろうか。
死である。

そこからは結構、年明けまで、そして年明けすぐの2月の個展までドタバタとなし崩しになっている。なし崩し。本当にそれであって、私が日記だブログだと書かねば書かねばと言ってるのは、振り返りが物凄く長く、重く、めんどくさいけど必ずすべきことだからだ。
なので、未だに私は去年10月の案件を引きずっていたりする。
これは、私の読みが甘かったのだけども、そもそも季節性の鬱やちょっとしたパニック障害も、全てADHDの二次障害だと思っていたのが間違いだったようで、もう何年も10月は鬱という状態が続いていたら、二次障害だけ残ることもあるのだなと。いや知らんけど。

この薬、発売されてまだ数年、2012年の新薬なんです。みんな長いデータがないので、病院に行くとこの手の報告は有り難がられる。
私も飲んでる薬が意味不明なのは気分が悪いので、なるべく考察把握に努めている。
そういうのもちょっとした精神的余裕あってこそなのだけれども。
何にせよ、万能薬ではないということだ。
そして最近、わかったことがあって、
よくADHDの人が言う、薬を飲むとキラキラしたものを失う、という表現。
私は天才ではないので、そういう感性をそもそも持ち合わせていない。と思っていた。が、それなりにアイデアを出すこと人生にワクワクすることへの努力が失われたような気がする。これは私自身の本質的な性格なのかスランプなのかADHD上の特性なのかまだわからない。
個人的に、この事実はただの怠慢だと思っている。
今までは、できなくて悔しい思いをしていた分、とにかくアイデアだけは沢山出し、自己考察の時間にあてた。その時間が今はないように感じる。時間は作らなければあけられるものではない。今までは仕方なしに空いた時間を、これからはこじあけていかなければいけない。
いつまでも努力だけの人間である自覚と観念と、クロッキー帳の束だけが、私の本当の実績だと心から思う日々へ戻すのが、現在の課題である。
そこでやっとバージョンアップと言えるかもしれない。hima://β1.1からhima://公式リリースか、それともβ版2.0か。
20代後半になれば、公式リリースの人間になれると思ってたんだけどもなあ。
人生は終わりまで完成しない。


10月の大阪は大きな転機だった。
旅の偉大さは計り知れないと思う今日である。
今欲しいのは路線図に縛られない暮らしなので原付が欲しいのだが免許もなければ置き場もなく途方に暮れている。
YAMAHAのVOXかHONDAのズーマーが欲しい。

hima://KAWAGOE

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先日の似顔絵イベントは3日中15本くらいコロナ飲んでたのでアル中予備軍かなと思うかもしれませんがコロナはほぼ酒じゃないので大丈夫です。

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