どうも、鬱病治ったとはしゃいでよしやるぞーってなったら、持ち前の企画力で各方面やらに連絡しやれそうなことだらけになってきて、スケジュールも決まってきて、さあ明日からだと思って寝て、起きたら、とんでもない希死念慮と喉の苦しみ(ヒステリー球)と胸が死ぬ程痛く息が苦しく、8:00に起きてモンエナストラテラきめたのに、結局この時間である。
仕事が嫌じゃないんだよ、したくて仕方ない。
ただ、スケジュール調整していると、責任感は伴う、それにつき、お待たせ案件への罪悪感が襲ってくる。そして動けなくなってしまう。
鬱病は、責任感の強い人がなりやすいです。なのでこの状態は、鬱病への引き戻しになりやすいのです。
客観的に見て、誠意や責任感は、根性論みたいなもので、誠意を持っていることと誠意を見せる事は違うし、勿論、責任感が強い事と、責任を果たす事は違います。
そして、誠意で苦しんで手が止まるならそんなものいらなくて、責任感の強さが原因で倒れて、責任が果たせる訳ないのだから、責任感に潰されないように、責任感だけ投げ捨てて、黙々と行動し、飯のタネを作り、発展し、待ってて良かったなと思ってもらえる人間になることしかないんです。
この手のバカ真面目の鬱病患者は、自分が真面目で、責任感が強く、プレッシャーに勝つ気合いで満ちてますが、自己評価が何かでガクンと落ちた瞬間に、ただの重しに変わります。そして何より、自分が、責任感の強い真面目な人間だと気づいていない人が多いです。

"これくらい出来て当たり前、自分よりも頭の悪い人なんて居ない、自分は頑張らなければ評価されない、頑張らなければ、誠意を持って責任感を持って物事に直面しなければ。"

そして、外面上そういう部分は見せないです。自分のことをザコだと思ってるので、水面下のバタ足を見られたくないんです。

でもねでもね
それじゃ治らないのマジで
責任感が強いから、鬱病になったのに、また責任感を強くしたら、繰り返しなんだよね。
大切なのは責任を果たす事であって、苦しんで寝込んでまた何も進まないことじゃない。
責任感も誠意も罪悪感も、何も生み出さない。
だから、心の上で無責任でいなければと、今、思ったのです。
届けたい人に届くように。勿論、作品に向き合う時には私は誠意を込めたいと思ってる。それまでそういうプレッシャーからはしっかり逃げて、しかし、着実に事をこなしていきたいと思うわけです。


楽しめば何だってすぐ出来る。自分を壊しながら泣きながら描かれても嬉しくないでしょ…。
悪い、悪いけど、病気やってた時の借金もすげーのだ。そして来月から給与がガクリと減るのだ。家の更新もあるのだ。
生きていたいので、すまん、生きている事を許してください。