2回連続頑張った記事が消えました

エジプトのネットなんてだいっきらいです。

前に書いたことを要約すると
今からピラミッドを見に行くということと

エジプト人なんて嫌いだということです。

ここで問題です。

バックパッカーの間で世界三大うざい人種といわれているのはどこの国の人たちでしょう。

答えは、あとでアップします。


ああちくしょう。悔しい。

(23日目:モロッコ5日目)
起きて、パンとバターとカフェオレをお腹にいれて、1泊分の料金1人150ディルハムを奥さんに渡して、タクシーでバスターミナルに向かい、あいたばかりのカウンターでチケットを買って、15分後に出発するバスに乗ってマラケシュに移動した。移動ばかりであわただしい。本当ならば、ワルザザードの名所をみてまわりたかったのだけれど、バスの都合で見ずに発ってしまった。5時間読書をしていたらいつのまにかマラケシュだった。体がゴムのようになってどんな体勢でも寝れるようになったというゆみとは対照的に、いまだに私は長距離バスで眠れない。

マラケシュの1番の魅力は世界最大規模のマーケットだ。ジャマ・エルフナ広場という、夜は巨大な露店街に変身する広場を中心に縦横無尽にマーケットは広がっている。陶器、民族衣装、金細工、靴、日用品、スカーフ、モロッカンスイーツ、フルーツジュース、ナッツ、ドライフルーツ、スパイス、化粧品、じゅうたん、エスカルゴ、ランプ、香水瓶…迷路のようになった道に所狭しと店が軒をならべ、男たちが威勢良く叫び、自転車とオートバイが駆け抜け、物乞いは通行人にすがり、子供たちはかけまわり、泣き声も笑い声も叫び声も何もかもごっちゃで、ただ混沌としている。私たちは青いタイルで飾られた中庭とフロントの目のくりっとした黒人男性の明るさに惹かれて、迷路の一角の安宿に泊ることにした。トイレとシャワーが共同で3人1部屋180ディルハム。1人に換算すると600円だ。

荷物をおいて、貴重品だけを抱えて、アラビアンミュージックが絶え間なく演奏されている広場に向かう。観光客と見ると生搾りのオレンジジュース屋のお兄ちゃんやアルガンオイル売りのおばちゃんがいっせいに声をかけてくる。欧米人は多いけれど、東洋人はあまりおらず、人混みの中にいても私たちだけが目立っている気がしてしまう。蛇つかいのおじさんや芸をするサルを従えたお兄さんもいるけれど、写真を撮るとお金を要求されるので、カメラは向けない。大道芸はこの広場の名物だけれど、全てに時間を割いていたら世界最大の迷路デパートには行き着けないのだ。

マーケットの入り口にはミントティー、アイスクリーム、チキンなどを出す小さなレストランが立ち並んでいる。私たちはそこでまず腹ごしらえをすることにする。どの店にしようと、店先でぐつぐつと煮え立っている鍋やメニューをのぞき込むと、みんなが声をかけてくる。白いかたまりの浮いた不思議な煮込み料理を指さして、これは何、と聞くと頭を指さされてピンときた。ここらへんには、羊の脳みその露店があるのだ。きっとそれに違いない。ブレイン?とこちらも頭を指して聞くと、うんうんとうなずかれたのでまずはそれを試すことにした。私とゆみは臓物系の食べ物は苦手なので、稲田の頼んだ物を一口もらった。牛すじのような繊維とぶよぶよした髄が交る肉に、スパイスの匂いのする濃い茶色のスープが小皿に盛られて出てきた。スープの中に浮かぶ、白子のような白い固形物が脳味噌だ。恐る恐る口にしてみた感想は、「食べられる」。白子のような味だった。脳みそと思わなければ全然平気で食べられる味だ。けれど、ワルザザードからマラケシュに来る途中に、目のあいている羊の頭をゴロンと3つ店の脇に置いていた肉屋を見てしまった私は、食べると自分の体が汚れてしまう気がして怖かった。地元の人が平気で食べるものに向かって汚れるという表現は失礼だとは思うけれど、あの生々しい生首がどうしても頭から離れなかった。禁忌を犯したような後ろめたい気持ちになる。戦時中に人肉を食べた兵隊さんの話をついでに思い出してしまい、もう一口はとても食べられなかった。今までにもカエルだってナマコだって、虫だって食べたことはあるし、お寿司では卵巣であるという意識は持たずにウニも白子も喜々として食べる私だけれど、脳みそは想像力が邪魔をしてしまう。もう味見はしたのだから、生涯で二度と食べなくてもいい。脊椎がついたまま、床にごろんと転がった羊の白くにごったかわいそうな眼を思い出して、切なかった。肉は平気で食べられるのに。人間って残酷だなぁなんて思ってしまう。ベジタリアンにはなれないけれど。

そのあとに、カサブランカで入ったのと同じような、ショーウインドウで鶏を丸ごとあぶってつくるグリルドチキン屋を見つけ、そこに入った。あの柔らかくてジューシーな肉と絶妙の皮のコンビネーションに虜になってしまったのだ。ところが、そこのレストランのチキンは、食べるとバサバサとしていて、骨と焦げた炭の味ばかりが口に残った。せいぜい250円程度なのに、残すのがもったいなくて、平らげてしまったせいで、そのあと珍しい食べ物に手を出せなくなったことをゆみと後悔した。お金は経験に変えられないのだから、時間と経験にはお金を惜しまないようにする、という金科玉条も、食べ物を前にして吹っ飛んでしまった。まずいものでおなかを膨らせることほど悔しいことはない。

あらかた欲しいものの買物はすんでいたのだけれど、そういえば協賛してくださった企業にお礼に行く時だったり、イベントの時に使う民族衣装がいるんだっけと思い立って市場の一角のお店に入る。ただ見るだけのつもりだったのに、値段を聞くと半ば強引に洋服を鞄に押し込んでくるおじいさんに厳しくノーを言えずに他の店を見ないまま、約1000円で寝間着のようなものを買った。モロッコ人の日常着らしいけれど、正式な名称はわからない。ホテルで着てみたらあまりにも長くてずりずりとひきずってしまうほどだったので日本に帰ったらまずは母に丈を直してもらわなくてはならない。

なんとはなしに入った薬屋さんでは陽気な黒人の男の子に会う。おそらく私たちと同じか、少し若いくらいのその子は、端正な顔立ちで、大きなくるんとした長い睫毛はまるで人形のようだった。

他のお店の人のブロークンな英語とは違い、語彙と文法は少々危うくても、正確な発音で話す彼に好感を持った。とろけるような笑顔にイチコロになった私たちはいわれるままにミントティーを御馳走になった。こちらの人は甘いミントティーのことをベルベル人のウイスキーと呼ぶ。「私たちのウイスキーを御馳走します」と彼も言った。トルコやインドのチャイにあたるこのミントティーはニューヨーカーにスターバックスがつきもののように、モロッコ人には欠かせぬアイテムで、いろいろなところで飲む機会があった。カフェでぼんやりとミントティーをたしなむ、民族衣装を着たおじいさんを見るたびに、時間がゆったりと流れている感覚を覚えて嬉しい。

薬屋の彼は、店のスパイスをミントティーに加えてくれる。アニスの他は名前のわからないものばかり。これはバイアグラ、と言っていれてくれた根のようなスパイスは、あとからきいたら、ラマダンの時に精をつけるために摂るスパイスらしい。店には風邪のときに、ガーゼの中でつぶして鼻から吸うスパイスやらサフランやら煮込み料理の時に欠かせないという香りつけのスパイスまで、見たこともないものが並べられて、留学していた香港の漢方薬屋さんのことを思い出した。あの頃、街を歩きがてら漢方薬屋さんを覗いて、小難しい漢字から、薬草の正体や効能を想像するのが好きだった。タツノオトシゴや鹿の角を乾燥させたものは魔法使いの秘密の薬草に見えた。

現金が尽きたから何も買わないと再三宣言しているのにも関わらず親切にしてくれる彼に申し訳なくなって、協賛商品としてジャストシステム様から頂いたカスペルスキーの黒いバンダナをあげた。ずっと貴重品袋に結んでいたものでここまで一緒に旅をしてきたので愛着もあるけれど、彼に何か思い出のものをあげたかったし、かっこいい彼がこのバンダナを結んで接客をしてくれたら、宣伝としてはずっと効果があるはず、と思った。

緑のバンダナはチリのサンチアゴの海鮮マーケットのお兄さんが持っていて、あと1枚ずつを稲田とゆみが持っているから、どこかでまた誰かにあげられたらいい。もっといろいろあげられるものを持ってきたらよかったとちょっと後悔した。彼はとても感激してくれて「アメリカ人みたい」と言いながらさっそくバンダナを首にまいて、お礼に、と私たちにリップクリームをくれた。緑色のそれは、唇につけると淡いピンクに色を変えた。お店でお客さんへのおまけとしてストックしてあるものなのかもしれない。後から同じものを露店でみつけて、値段を聞いたら20ディルハムと言われた。交渉したら10ディルハムまで下がるとしても、2人分だから20ディルハム。お昼御飯と同じくらいの価値だ。写真を送れたら送るね、と住所を聞いておいた。本当はセルフィーでプリントアウトして翌日にあげたかったのだけれど私たちが今夜泊まる部屋にはコンセントがなかったのであきらめた。誰かこの日記を読んでからモロッコに行く人がいたら、お店の住所を教えるので、彼がバンダナを使ってくれているか確かめてほしい。

稲田は私たちが薬屋さんに夢中になっている間にどこかにいってしまっていた。ホテルのフロントにキーは置いてあるし、もともと別行動のつもりだったので、その後はゆみと2人で市場をぐるぐると廻った。

カタツムリがいっぱいに入った桶をいきなり見つけた時はびっくりした。食用カタツムリはここの名物のひとつらしく、鍋付きのリヤカーのようなもので移動しながらカタツムリの煮込み料理を売る人がたくさんいた。ヌガーやナッツを売るおじさんは試食を小さなナイフですすめてくれるので、ゆみと2人で5ディルハム分ずつ買った。そのあとは、モロッカンスイーツを買いにいったのだけれど、そこのおじさんが、一緒に写真を撮った時に、私のことを好きだと言って投げキッスをしたり、一緒に写真を撮って!とポーズを撮ったりして周りのお客さんを楽しませていた。ひやかされなばら、お店の山積みにされたお菓子に囲まれて写真を撮った。よく見ていなかったのか、本当に好いてくれたのかわからないけれど、お菓子代の50ディルハムを渡すとおつりとして50ディルハムがまるまるかえってきた。タダで箱いっぱいのモロッカンスイーツを手に入れた私は足取りも軽く、宿に帰った。モロッカンスイーツはそのあとたくさんの種類を少しずつ食べたのだけれど、ジャスミンの匂いがキツすぎたり、苦手なデーツ(なつめ)が使ってあったりしてあまり好きではなかったので、食べられる物だけ食べてあとはあげてしまった。揚げた小麦粉のドウにシロップをしみこませてあるものが大半だ。しつこくて甘い味でちょっと胸やけを起こした。もちろん、試食と称して一気にたくさん食べた私が悪いのだけれど。

夕食前に、宿でおすすめしてもらったハマムに行くことにした。ハマムとは大衆浴場のことで、日本でいう銭湯だ。銭湯との違いは、体を洗うおばさんが常駐していて、マッサージとあかすりを受けられること。トルコやエジプトなどにもあるのだけれど、私はまだ行ったことがなかったので今回の旅では必ず試そうと決めていた。ゆみは一度トルコのハマムに行ったことがあるらしい。トルコでは、全身を泡で包んでもらって隅々まで体の垢がとれたという。泡が毛穴の汚れを浮かせてとかしてくれる様子を想像していてもたってもいられなかった。昨晩シャワーを浴びられなかった私は、一刻も早く体中を綺麗にしたかったのだ。

迷ってやっとのことでたどり着いたハマムの入り口にはアラビア語以外を解さないおばさんが座っていて、料金を払うと、ここで裸になってすぐに中にいけという。脱衣所のようなものがあるのかと思っていたら、通りからカーテン一枚へだてただけの寒いところでの着替えだ。さっそく、拍子抜けしてしまう。

パンツは履いたままでもいいらしいので、そのまま浴室に向かうと、薄暗くてだだっ広くて何もない空間に、裸の女性が4人いた。2人は私たちと同じような利用客で、あとの2人がハマムの洗い女なのだろう。驚いたことに、みんなパンツも何もかも脱いで真っ裸だった。洗い女の人の樽のようなおなかにはびっくりした。真っ白いおなかを豊満な胸が隠しているのだけれど、その胸の半分ほどが乳輪で、ど迫力だった。日本の温泉でも人の裸をみることはあるけれど、外国人の裸を生で見る機会はあまりないので、見てはいけないものを見てしまったような気がする。

もう1人の洗い女は黒人の細くて年老いた女性で、胸がおへそまで垂れていた。彼女は他の2人を横たわらせて石鹸でごしごしと足をこすっている。目を閉じてひたすらされるがままになっている2人をみて、何やら大変なところに足を踏み入れてしまったと思ったけれどもう遅い。

白いほうの女性に手招きされて、横たわっている女性の股間の真横に顔をつけて横たわった。するといきなり垢すりで体をごしごしとされた。体の曲線というものをまるっきり無視してまるで野菜を洗うようにこすられたものだから、びっくりした上に、痛かった。垢すりって、普通、乳首とかは避けるものじゃないだろうか。痛い。乳首、取れる…。いや、乳首って取れたら再生するんだっけ?というつぶやきが頭をかすめていく。

猛烈に痛かったけれど、痛こそばゆいような感覚もあって、どちらの反応をしめしてよいかわからなかった私はとりあえず無難に笑うことにした。「ぎゃはははは!!そこ痛いんですけど!!」と日本語で叫んで体をよじると、隣のストレンジャーの股間まであと数センチのところまで顔が移動してしまって、弱った。彼女の股間は俗にいうブラジリアンワックスというもので「おお、これが噂の!実物を初めて目にした!!」と感動するまもなく、彼女の股間が私に接近してきたのでびっくりして横滑りしながら飛びのいた。もう一方の洗い女が、股間の持ち主に体勢を変えるように促したのだ。あんなに同性の股間に近づいたのは人生で初めてだったし、最後になるといいと思う。

乳首が取れるわ、人の股間とニアミスするわで大混乱した私には、なぜか笑いの神が降臨してしまったらしく、それからひたすら笑い声を止められないまま、腕、脚、背中の垢すりはいつのまにか終了。腕からは消しゴムのカスのような垢が出たものの、なぜか他からは垢は出なかった。おばさんが気を抜いたのか、私の普段からの猫のような身づくろいの成果の賜物のどちらのせいかはわからない。とにかく、そんな私の無残な様子を見ていて、ゆみが乳首ガードをあらかじめ出来たことは本当に良かったと思う。

そのあと自分で体を洗えたり、サウナには入れるのかと思っていたら、バケツでお湯をかけられて出て行けと言われてしまい、私のハマム初体験は終了した。洗い場やサウナはそこにはなく、こする、適当にもまれる、流される、の三工程はものの10分ほどで終わってしまった。かなり寒くてふるえながら着替えた。あの壮絶な10分は、筆舌に尽くしがたいので、読者の皆様が中近東に行かれる際には、ハマムに、それも、ホテルのような高級な場所ではなく、地元のハマムに行かれることを強くここにお勧めしたい得難い体験ができることは間違いない。

ゆみは「トルコでやったときはこんなのと違ったのだけれど」としきりに言っていたけれど、とりあえず面白い体験が出来た。エジプトでも行けたら行って、各国の違いを確かめたいね、と二人で話した。

ハマムでテンションが上がってしまった私たちは、ホテルに戻ってお金を持ってから露店に繰り出して、薬のような味の不思議なデザートや、その場で焼いてくれるソーセージに舌鼓をうって、さらにアボカドジュース、モロッカンスイーツ、リヤカーで売っていた菓子パンまでいろいろ買って試して帰った。そのあと私はネットカフェでブログを更新し、メールチェックをした。途中、日本人や韓国人のバックパッカーとも会って少しだけ話す。昼間のマーケットでは全然東洋人には会わなかったのに。モロッコの東洋人はネットカフェに集合するんだろうか。

(22日目:モロッコ4日目)

砂漠の夜は寒くて眠れないと聞いていたけれど、ババシャツ、ロンT、フリース、パーカー、ボリビアで買ったアルパカのセーター、スキージャケットにホカロンという完全武装スタイルに、毛布を3枚重ねたおかげで、なんとか眠れた。ジャケットのポケットにいれてあった携帯の振動で起きると、6時。

朝日を見るために、キャンプ横の砂丘に登る…のだけれど、サラサラした砂は足を置くたびに頼りなく崩れて、なかなか前に進めない。結局、登るだけで30分近くかかってしまった。這いつくばっているにも関わらず、砂丘の真ん中あたりで力尽きてずりずりと滑り落ちるゆみの動画を撮ったりしていたからかもしれない。

6時半、朝日が昇り始めた。遠く彼方にアルジェリアとの国境線が見えた。太陽はシルクのようになめらかな砂漠を力強く照らして、世界に朝を運んでくる。美しく、壮大だった。どこの国で見ても、朝日が神聖で厳かに見えるのはなんでだろう

なぜか砂丘の上では電波があったので、携帯からブログを更新した。iモードで自分のブログを見ると、メルズーガに車での途中に更新した最後の投稿にいくつもコメントがついていた。バスの中から撮った雪の風景の写真に、凍死しそう、というコメントをつけて、そのあとに更新しようと思ったらもう圏外だったので、2日ほどその記事がトップにきていたのだった。なんだか、心配してもらってしまったようで申し訳ない。

協賛金を企業から得て、世界一周をするというこの企画を始めたから、国際携帯電話がかりられて、リアルタイムで自分の目の前にあるものが読者に伝えられる。そのありがたみは、毎回コメント欄で再確認する。企画のせいで、もちろん他の2人より不便なことはたくさんある。睡眠時間が少なくなったり、街に着いたらまず最初に必死でインターネットを探さなくてはいけなかったり、写真を撮るときに気をつけたり、ミッションのことを頭に常に置いておかなければならなかったり。その不便さに、未熟な私はいっぱいいっぱいになりがちで一人で空回りしているのだけれど、サポートしてくれる人がちゃんといて、毎日ブログを訪問して、コメントを残してくれる人もいる。地球の裏側にいるのに、私と一緒に瞬間を共有してくれる人がいるってどんなに幸せなことだろう。

砂漠の真ん中で、自分の環境に感謝した。旅の途中に考えることのほとんどが普段の自分の環境への感謝につながっている。旅に出てよかったと思うことの1つだ。旅に出ないと気付けなかったわけではないけれど、常に感謝の心を持っている状態は、朝の砂漠の空気のように清々しい。

7時半に下山して、朝食。小さなテーブルにオレンジジュース、パン、ジャム、チーズ、小さなアラビア語のかいてあるお菓子が並べられていた。それを食べた後、ラクダにのって、ホテルに戻った。移動には約2時間かかった。砂漠から遠くにうっすらと見える街は、まるでおとぎの国のようだったけれど、性能のよいカメラでも捉えきれなかった。インターネットや本で見知っている「知識」は、実際は本物のほんのわずかな一面でしかないと知る。

ラクダに乗るときは、知らないうちに普段使わない筋肉を使っているらしく、前日に乗った分で背中が筋肉痛になっていた。

ホテルに戻ってパッキングなどをしているとたちまち昼食の時間で、注文していたシシカバブ(といっても鶏肉で、淡泊な味だった)とポテト、サラダを屋上のテラスで食べさせてもらった。ポテトは今まで食べたどのポテトよりも美味しかった。ただシンプルに油で揚げているだけなのに、ポテト自体に甘みがあって美味しい。ヤム芋ともサツマ芋とも違う、じゃがいも本来の甘みに虜になった。砂漠の湧水でつくったものだったのだろうか。

昼食後はチャーターしたタクシーでワルザザードという街に向かった。ワルザザードは、映画撮影が頻繁にある街で、見所が多い。最近では「バベル」の撮影が行われたらしい。優しかったアリさんたちに別れを告げて、タクシーに乗り込んで6時間。途中、美しい夕日や夕日に照らされる土壁の住宅群を通り過ぎて、夜の8時頃にワルザザードの宿に着いた。今夜の宿は地球の歩き方に掲載されている森分さんという日本人の方の家。前日に電話をして予約をとった。

けれど、肝心の森分さんは首都ラバトに行っていて御留守だった。かわりに森分さんファミリーの歓迎を受ける。奥さんの手作りのクスクス料理を御馳走になった。ファミリーは片手でうまくクスクスを一口分ずつ丸めて食べていたけれど、私はスプーンを使わせてもらった。明日の朝、早くに発つことを奥さんに告げて、ネットカフェに行ったあとに就寝。水しか出ないというシャワーは使わなかった。こんな寒い夜に水シャワーをあびたら確実に風邪をひいてしまう。部屋には暖房もなく、それでなくても鳥肌がたつほど寒かった。稲田とゆみの寝息だけの静かな空間で、少しだけ日記を書いてから目を閉じた。




午後五時半。ホステルの窓からのマジックアワー画像です。

ちょっと旅にも疲れてきました。

昨日は日本食が恋しくて、味の素のつややとほんだしを混ぜたおみそしるもどきを五杯飲みました。

日本の皆さん元気ですかー。優香ちゃん、青春を楽しんでね。お母さん、おばあちゃんによろしくね。おじいちゃんにも本買ってくれてありがとうって伝えてください。あとね、カイロの街並みは香港のヨウマティとかシャンスイポーあたりに似ているよ。

あ、カイロはiモード、つながりにくいです。電話とかはバリ3ですが。今日の更新が少ないのはそのせいです。昨日はホテルでネットをしようとしたのだけれど、なぜか使えず、二時半まで修理の人に頑張ってもらったけれど、結局無理であきらめて寝ました。

少し休んだら晩ご飯に行くつもりです


さっきホステルにチェックインして、明日の長距離バスのチケットを今買いました。これから街をお散歩します

カイロは今二時過ぎです


マラケシュでは電話は通じたのですがiモードがだめだったので携帯に何枚か自分的にナイスな写真が残ったままです。

これは食用のカタツムリです。なんかむやみやたらとくっきり撮れたきがします。

そうそう、市場で初めて羊の脳ミソを食べたので、またネットを確保したら画像アップしますね。


なんか深夜なのに眠くないかわりにおなかが減ってしまって、飲むヨーグルト二本とパンとほしイチジクをなんと20個食べてしまって、膨らんだ自腹に茫然自失です。でも食べるものがあればまだ入ってしまいそうなかんじ。南米でフライドポテトを食べ過ぎたから胃拡張が発生したのかしら。

旅行しながら綺麗になるつもりなのに、ブタになったらどうしよう。

食欲の異常と睡眠不足って因果関係ありますか。

食欲ってどうやったらおさえられますか?誰かヘルプミー、セイブミー。

旅行中って意外と運動不足にもなってしまいますよねえー

旅行しながら綺麗計画ってなかなかハードル高いのかも。第一、お風呂まともに入れてない時点で汚いしね、わたし。


ぶれているけれどはあちゅう@長文作成中inカサブランカ空港です。

こっちは今、夜の二時です。宿代がもったいないという理由で空港で夜をあかしています。ああシャワーあびたいなあ。

パソコンの充電もきれてしまったので今から手紙とかかいて本をよみます。

明日はスペイン経由エジプトです。弾丸ですよねー

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