午後五時半。ホステルの窓からのマジックアワー画像です。

ちょっと旅にも疲れてきました。

昨日は日本食が恋しくて、味の素のつややとほんだしを混ぜたおみそしるもどきを五杯飲みました。

日本の皆さん元気ですかー。優香ちゃん、青春を楽しんでね。お母さん、おばあちゃんによろしくね。おじいちゃんにも本買ってくれてありがとうって伝えてください。あとね、カイロの街並みは香港のヨウマティとかシャンスイポーあたりに似ているよ。

あ、カイロはiモード、つながりにくいです。電話とかはバリ3ですが。今日の更新が少ないのはそのせいです。昨日はホテルでネットをしようとしたのだけれど、なぜか使えず、二時半まで修理の人に頑張ってもらったけれど、結局無理であきらめて寝ました。

少し休んだら晩ご飯に行くつもりです


さっきホステルにチェックインして、明日の長距離バスのチケットを今買いました。これから街をお散歩します

カイロは今二時過ぎです


マラケシュでは電話は通じたのですがiモードがだめだったので携帯に何枚か自分的にナイスな写真が残ったままです。

これは食用のカタツムリです。なんかむやみやたらとくっきり撮れたきがします。

そうそう、市場で初めて羊の脳ミソを食べたので、またネットを確保したら画像アップしますね。


なんか深夜なのに眠くないかわりにおなかが減ってしまって、飲むヨーグルト二本とパンとほしイチジクをなんと20個食べてしまって、膨らんだ自腹に茫然自失です。でも食べるものがあればまだ入ってしまいそうなかんじ。南米でフライドポテトを食べ過ぎたから胃拡張が発生したのかしら。

旅行しながら綺麗になるつもりなのに、ブタになったらどうしよう。

食欲の異常と睡眠不足って因果関係ありますか。

食欲ってどうやったらおさえられますか?誰かヘルプミー、セイブミー。

旅行中って意外と運動不足にもなってしまいますよねえー

旅行しながら綺麗計画ってなかなかハードル高いのかも。第一、お風呂まともに入れてない時点で汚いしね、わたし。


ぶれているけれどはあちゅう@長文作成中inカサブランカ空港です。

こっちは今、夜の二時です。宿代がもったいないという理由で空港で夜をあかしています。ああシャワーあびたいなあ。

パソコンの充電もきれてしまったので今から手紙とかかいて本をよみます。

明日はスペイン経由エジプトです。弾丸ですよねー



朝イチでネカフェにきて、
昨晩アップした長文日記に写真をつけたので再度リンクします。





(21日目:モロッコ3日目)

(20日目:モロッコ2日目)


(19日目:モロッコ1日目)


(18日目:スペイン2日目)


(17日目:スペイン1日目)


(15日目&16日目:クスコ最終日)

(14日目:クスコ2泊目)


(13日目:マチュピチュ3日目)

(12日目:マチュピチュ2日目)

やばい!
今から移動です。いそげいそげ。




あ・ろ・は!!

これ、モロッコの彼氏です。↑

…いえ、なんかね、モロッコのマラケシュというところに今いて、
そこの市場に今日行ってきたのですが、

モロッカンスイーツ(モロッコのスーパー甘いお菓子)
を買いに行ったらおっちゃんに気に入られて、

500円分お菓子を買ったら、

おつり、そのまんま500円分かえってきました。

そのかわりにチュウされたけど。



なんかめっちゃ好かれちゃいましたよ!?

だってモロッコで500円ってかなりすごいですよ。
私の今日の宿、600円ですもの。

私の未来はモロッコにあるかも…!!
お父さん、お母さん、この国ではあちゅうは幸せになれそうです。

明後日、エジプトに発つけど。
エジプトにも、お菓子くれるおっちゃんいるかなぁ?


***

閑話休題。


今日は、今までで一番楽しい出来事がありました。
地元のハマム(大衆浴場)に行ったんですけど、

圧巻…。
圧巻っていうか、あれはなんだったんだろう。夢?幻?股間?
とにかくすごい経験でした。

詳しくは長文日記を書くときに書こうと思いますが、

この世の中にはこんな場所もあるのか、と思いました。
あんなに同性の股間に近づいたのは初めてです。

いろんな人の裸をみて、人類皆兄弟だと思いました。

(それはそうと、ブラジリアンワックスってすごいですね!!)


こういう話はグー公式ブログとしてはNGなのかしら?

来年から社会人だし、ネット上ではやめときます。イベントとか、飲み会とかにとっておこう、この話は。あーほんと股間でした。まさに。

ここから本題です。

さきほど、たまっていた長文日記をアップしました。
長文を連続アップすると読まれないのは承知の上で。

まだ写真を挿入できていないので、挿入後に再リンクします。
そしたら見ていただけたら嬉しいです。

写真のない旅行記って、読む気半減しますもんね。
やっと入れたネカフェの営業時間がまたせまってきているので、
文章アップとメール返信がやっとでした。

おかげでわかりにくいブログになってしまって大変申し訳ないです…。

***

お店のおっちゃんから、熱い視線(帰らないの?という目つき)をおくられているので、

では股。

(↑誤変換ではなく、心情をこめました。協賛商品のATOKは正常稼働中です)

あ!
PHP研究所からでているサイドバーの本、売れ行きが好調だそうでもう一踏ん張りで重版だそうです。

うー。

重版かかりたい。

この先数年、彼氏はいなくてもいいから、重版かかられたい。(←日本語が変)。

もしも心の優しい、1000円ちょっとお財布に余裕のある方がいらっしゃったらサイドバーにある「はあちゅうの20代でなりたい自分になるための~」って本、かって頂けたら嬉しいです。泣いて喜びます。もし重版かかったら、ここで股間の話もします。意味わかんないですね。酔ってません。強いて言うなら睡眠不足です。おやすみなさい。

マラケシュは今、23時半です。
日本の皆様は、酔い一日をお過ごしください。

う。誤変換。↑

では!


(21日目:モロッコ3日目)



壁のない屋上から、砂漠を見下ろしながら食べる朝食は質素だったけれど美味しかった。宿主のアリさんが、自らセッティングしてくれたテーブルには、無塩バター、塩こしょう、皮入りのオレンジのジャム、ハチミツ、パン、絞りたてのオレンジジュースが並んでいた。パンはモロッコの道ばたでよく売っている丸くて大きなパンを切り分けた物だ。

たまっていた日記を朝の5時まで書いて寝たのだけれど、そのせいで起きたら11時だった。それでも、砂漠ツアーの出発は3時なのでゆっくり出来る。久しぶりに頭が重くなるほどぐっすり眠れた。まだ日焼け止めをつけていない肌に紫外線が心配だったけれど、太陽が眩しくて、静かで平和だった。



朝食のあとはアリさんが宿の周りを案内してくれた。砂漠の真ん中なのに、野菜畑がある。地下からわき出るオアシスの水を、時間制で村人と使っていて、その水で畑を潤しているらしい。「この水は50世帯に行き渡っています」「これがニンジン、これがピーマン、あっちは小麦、これがカブ…」意外にも、野菜はかなりの割合で自活できているようだ。野菜畑を通り抜けて、砂漠の中にある学校を訪問して、小さな売店でアップルサイダーを買って宿に戻ってきた。ゆみが買った飲むヨーグルトは腐っていた。旅に出てからずっと、常温保存出来るヨーグルトにお世話になっているのだけれど、腐っていたのは初めてだった。砂漠の昼の暑さでそうなったのかもしれないし、もしかしたら古かったのかもしれない。嗜好品は高級だろうからどちらかというとツーリスト向けで、売店で現地の人が買い物をすることはあまりないのかもしれない。





アリさんが、途中、木の前で写真を撮って送ってと言ったので言われるままに数枚撮った。彼の娘さんとも一緒に撮って、協賛品のセルフィーですぐにプリントアウトしてあげた。



この街にはカメラはない。写真は高級品で、一生に数枚しか撮る機会はない。私があげた3枚の写真はきっとアリさんの大事な宝物になってくれると思う。重くても、プリンターを持ってきて良かったと心から思った。写真は人をつなぐ。写真を渡すと、アリさんはありがとう、ありがとうと言って、台所で従業員の人たちと取っていた食事に混ぜてくれた。羊肉とじゃがいも片を少しだけ食べさせてもらった。昨日の夕食と全く同じ野菜と味付けだったけれど、日本だったら物足りないはずのご飯もここではご馳走だ。砂漠では食事が出来ること自体がありがたい。



4時過ぎに宿を出発して、ラクダに乗って砂漠の真ん中のキャンプに向かった。サハラ砂漠の日の入りと日の出を見るツアーで、1泊350ディルハム。オーストラリアのエアーズロックツアーが1日2万円したことを思ったら破格だと思う。なんだか申し訳ない気持ちになる。



キャンプに着く頃には月が出ていて、まるで絵のような夜空は星の王子様の世界そのものだった。そこで、一緒にツアーに参加しているスペイン人と同じテントで、彼らの持ってきたワインやハムを食べながら夕食を待った。とても陽気なスペイン人たちは携帯電話で音楽をかけて、次から次へと持ってきた食糧を並べて歌って話した。スペインから持ってきたというハムも白いねっとりした脂の入ったチョリソーも、塩気がきいていて美味しかった。こんなふうに砂漠に食べ物を持ち込むなんて考えつかなかったけれど、次は絶対におつまみを持ってきたい。

2時間待った後、みんなで熱々のタジン(モロッコの煮込み料理)を囲んで、デザートのオレンジをほおばった。食後、小さいランプを頼りに、宿に置いてあった、日本語の本を読もうとしていると、外から歓声が上がった。キャンプファイヤーだった。

スペイン人の持ってきたコークとラムとオレンジジュースとミントティーで酒盛りが始まって、ガイドの2人が太鼓を叩いてくれた。満天の星空には流れ星がびゅんびゅん飛んで、地平線に落ちる。遠くに来たなぁと思って家族のことを考えた。

(20日目:モロッコ2日目)



7時にエル・ラシディアに着くはずだったバスは、13時前になってようやく目的地に到達した。カサブランカを出発したのは夜8時前だったから、かれこれ17時間もバスで移動し続けていたことになる。原因は、積雪だった。雪でバスが足止めをくらって、予定よりかなり遅れての到着になったのだった。

南米で、長距離バスでは寝られない体質だということを嫌というほど実感したので、前日ほとんど寝ないでおいたのだけれど、やっぱりバスでは数時間も眠れなかった。隣で10時間以上ぶっとおしで寝ていて、トイレ休憩でどんなに起こしても起きなかったゆみが羨ましかった。人が寝ているときに寝ていないと何か損したような気持ちになる。ゆみは雪が降っていたことも知らないらしい。

昨晩は恐ろしい寒さだった。私は筋肉が熱をつくるように、身体を硬直させてみたり、リュックに畳んで入れておいたサバイバルシートで身を包んでみたりいろいろしたのだけれど、がちがちなる歯と、凍っていく足の血をゆるますことが出来なかった。せめて凍っていく足をマッサージして溶かしたいと思ったのだけれど、前との間隔が狭すぎる車内ではそれすら出来ずに、ただもう早く朝がくればいいのに、と思っていた。聞き飽きたiPoで必死にお気に入りの曲を探しては順番に聴いて、夜をしのいだ。

朝になってから昨日市場で買ったオレンジ色のナンと、モロッカンスイーツを食べた。油とスパイスのしみたナンはしんなりしていた。温かかったらどんなに美味しかっただろう。休憩の時に、ザクロ味のヨーグルトを買った。蛍光ピンクのヨーグルトは見るからに着色料がたっぷりだったけれど、人工的な味はさびれた売店では逆に素朴で、その場に似合っている感じがした。 

エル・ラディシアに着くと同時にタクシーの客引きたちが次々に話しかけてくる。水色の洋服を着たおじさんが、中でもしつこく袖をひく。私たちがメルズーガを目指していて、経由地のリッサニまで行きたいと告げるとメルズーガまで送っていってくれて1人50ディルハムでいいと言う。

50ディルハムは正当な値段ですか、とバスで一緒だった英語の出来るおじさんに聞くと、それくらいだろうと答えてくれたのでその値段でまとまった。ホテルの人には、リッサニから電話をするように言われたけれど、直接メルズーガまで行ってからでも大丈夫だろう、とこの時思ったのだけれど、結局その後、タクシーに一緒に乗り込んだ水色の洋服のおじさんは客引きで、騙されて他のホテルに連れていかれたのだった。



私たちは、電話の受け答えが感じが良くて、地球の歩き方にも掲載されている予定の宿にどうしても行きたかったので、すでにクレジットカードで宿泊代とツアー代を支払ったと嘘をついた。親切そうだったおじさんは人が変わって、そんなに行きたいなら、タクシーの運転手に200ディルハム払え、と言う。200ディルハムは高いと思ったけれど、このままこんな嘘つきのおじさんのしょぼいホテルに泊ってたまるかと思って、払うとも、払うから連れて行けというとタクシーに乱暴に押し込まれた。今すぐ金をよこせと言われたけれどホテルに着かないと渡さないと頑張ると「払っても払わなくてもどうでもいい」とかなんとか訳のわからないことを言って去ってしまった。こういう客引きは、ホテルから宿泊代の半分のマージンを受け取るという。事前に行きたい宿を告げているにも関わらず、聞いてない、お前らは嘘つきだと罵られて本当に嫌気がさした。昨日見たモロッコ人の優しさはどこに消えたんだろう。

ようやくホテル「オーベルジュ・ロアシス」に着くと、今度こそ優しげな宿のおじさんが現れて、荷物を運んでくれた。背の高くてサングラスをかけたおじさんは宿主のアリさんだ。ホテルはさっき連れて行かれた宿の倍以上綺麗だったし、ちゃんと街中にあった。さっきのは街から少しはずれたところにあって、周りに何もなかったのだ。着いた頃にはもうあたりは真っ暗で、時計は7時を指していた。カサブランカからここまでの移動に丸一日かかってしまったことになる。ホテルには日本語の本もあったし、岡山県と大阪府から来ている日本人の名前が宿帳に書いてあった。彼らは今日は砂漠に行っていると言う。日本語の本を見つけただけで落ち着いてしまってどっと疲れが出た。



ダブルベッド1つとシングルベッド1つの部屋があてがわれた。トイレは洋式だったし、シャワーもちゃんと着いている。さっきの宿はトイレがアラビア式で汚かったし、シャワーは無かった。嘘をつかれて変な宿に連れて行かれたせいで、いつもの何倍もホテルにありがたみを感じてしまう。



夕食は8時からで、生のトマトとピーマンにお米を添えたサラダと、タジンという伝統の煮込み料理とオレンジが出た。初めて食べたタジンは温かくて冷えた身体にしみわたった。何の肉かわからなかったけれど臭みと脂身のないお肉とタマネギ、トマト、グリンピース、パクチー、卵が入っていた。後からそれはマトンだったと聞いた。羊の肉は臭みがあって食べられないと思っていた私には驚きだった。去年タイで羊のせいで人生初めての食中毒を起こしてから羊は避けていたのだけれど、どうやら私の羊嫌いはタジンのおかげで克服できたらしい。



その後、ぬるま湯と水が交互に出るシャワーで、洋服と身体だけを洗って寝た。正確にいうと、私だけまた起きてPC作業をしていたのだけれど。明日は砂漠にラクダで行って、テントに泊って日の入りと日の出を見る予定だ。星の王子様の舞台になった地も見れる。

本当は印象的な言葉で日記をしめたいのだけれど、良い言葉が思い浮かばない。今頃、あの嘘つきの客引きも砂漠のどこかで寝ているんだろうか。

(19日目:モロッコ1日目)



砂漠の国のイメージがあるモロッコだったけれど、イメージとは裏腹に、飛行機から降りたつと、ひんやりとした冷気を感じた。飲み物すら別料金のイベリア航空での1時間40分のフライトでカラカラになった体を一刻もはやく潤したかったのだけれども、思いがけず税関検査でひっかかる。

荷物をすべてここで開けるようにと言われ、朝にやっとの思いで閉めたお土産でパンパンのバックパックを開ける羽目になる。検査官は、サンダル、お土産、化粧品を次々と見た跡、使い捨てのコンタクトレンズをもって別室に行き、しばらくして帰ってきた。ノープロブレムでしょ、と言うと、カメラ用の防水ケースとプリンターを指して、これはなんだと問うた。説明すると、よし、行ってよい、と言う。カメラとPCは1人1台ずつしか持ち込めないとつたない英語で言われる。モロッコ内で売るのを防ぐためだという。

とばっちりをうけて稲田も「何を持っている」と聞かれていたけれど、荷物はあけなくてすんだ。ゲートを出て、ディルハムという通貨にお金を換える。稲田とゆみはバンキングカードでATMから引き出していたけれど、うっかり米国でしか使えないバンキングカードを持ってきてしまった私は、なけなしの50USドルをディルハムに換えた。日本円は残金3000円。トラベラーズチェックはUS140ドル分あるが、レシートがないと換金してくれないと言う。迂闊だった。なるべくクレジットカードで精算出来るところはして、2人から現金で戻してもらって乗り切る他はない。50USドルは426ディルハムになった。

市内では1本6ディルハムのミネラルウォーターを25ディルハム支払って買った。いくら空港とはいえ、取りすぎだと思う。アラビア文字のパッケージには22ディルハムという札がついていたから、空港でいきなり騙されたのかもしれない。

外でタクシーをひろって、1人100ディルハムずつ支払って、地球の歩き方に掲載されているユースホステルに向かう。道路は綺麗に舗装されていて、シティバンクやオラクルなど、一流企業のビルが次々と現れた。首都と勘違いされやすいカサブランカはビジネスシティらしい。(ちなみに首都はラバトという)近代的な町並みと、ベールで顔をかくした女性やローブのような伝統衣装をはおった男性のミスマッチが不思議だ。

30分ほどで着いたユースホステルは青いタイルで彩られていて、綺麗な造りだった。採光が良いので、建物内も明るい。フロントに誰もいなかったので、誰かいませんかと声をかけたけれど、人の気配がなかった。ハロー、ハローと声をかけながらフロントから3歩先のダイニングまで足を踏み入れると、奥から険しい顔の男性が出てきて、「お前ら何勝手に入ってるんだ」と怒鳴られた。予約はあるのか、お前ら誰だ。

あまりの剣幕に驚いて、この宿に泊る気を一瞬で無くしたけれど、とにかく重い荷物を降ろしたくてチェックインすることにした。ペーパーに名前とパスポートナンバーを書いて3人で190ディルハムの宿泊代を支払う。宿主の男性は泊ることが分かった私たちに一転優しくなって、「君はグッドイングリッシュを話す」などと白々しいことを言う。

私たちの目的地は砂漠の街、メルズーガなので、メルズーガまでのバスについて聞くと、ダイレクトバスは無く、近くの街までなら夜行バスがあると教えてくれた。これを聞いて、私たちの考えはふと変わる。カサラブンカは有名なモスクとメディナ(旧市街のマーケット)があるけれど、基本的にはビジネスシティなので、1日で見終えてしまう。次の予定地のエジプトまでの飛行機に乗るためにカサブランカにはまた帰ってくるので、日程に余裕を持たせるためには今夜のバスでメルズーガをあとにしたほうが良いのではないか。

とりあえず入れと言われた部屋に入ってもう1度話し合う。苦手なアラビア式のトイレとナチスのガス室のようなシャワールームを見てしまった私は早々と泊る気を無くしてしまって、夜行バスで今夜たってしまおうという結論に3人で至った。

ところが宿主はそれを聞いたとたん烈火のごとく怒った。事情を話したにも関わらず、お前らさっきまで泊ると言っていたくせに急に泊らないってなんなんだ、と口汚く罵られた。確かに急な予定変更で手間取らせた上に泊らないのは申し訳ないけれど、それに関してこっちは誠実に謝っているし、彼とは出会ってまだ5分だ。申し訳ないのだけれど、と事情を説明している私たちに対して、最大級の侮蔑の言葉であるFUCKとSHITを連発するのは大人げなさ過ぎる。最初彼はお前らに費やした1時間と無駄になった宿泊用紙に1人10ディルハムずつ支払えと言ってきた。実際滞在したのは5分だったけれど、1人100円程度でこの場がおさまるならば捨て金でもいい、しょうがない。

それでもよい、と言ったけれど怒りに我を忘れたおじさんは私たちがさっき記入した用紙をびりびりに破いてゴミ箱に捨てて、お金を投げるようによこすと「出て行け!出て行け!」とシャウトしまくった。言われるがままに出て行く私たちの背中に「お前の顔なんて一生見たくない」という捨て台詞が響く。ゆみが「こっちこそ見たくない」と言い返した。

ホテルを出て、バスターミナルまでの道を聞き、大通りに出ると、返ってきたお金を数えた稲田が200ディルハムある、と言った。なぜか10ディルハムおじさんは多くよこしてくれたのだ。訳の分からない人だったね、と話しながらタクシーを拾ってCTMバスターミナルまで向かった。朝からスナックしか口にしていない私たちは腹ぺこで、睡眠不足の頭はぼーっとした。税関では言いがかりをつけられ、ホステルではいわれのない怒りをぶつけられて散々だった。この国にウェルカムされていないのかもしれないと少々ネガティブな気持ちになってしまう。

ところが、午後はそれまでで悪運を使い切ったかのようにラッキーが続く。CTMは国営なのできちんとした身なりと言葉遣いの男性に丁寧にバスの説明を受けることが出来て、私たちの目指す砂漠に近いエル・ラシディアという街までダイレクトなバスがあることがわかり、クレジットカードを使ってバスチケットをスムーズに買うことが出来た。そして、公衆電話で行く予定のホテルに電話すると、きちんと英語が通じて、予定よりも長い2日間の滞在を許してもらえて、エル・ラシディアから次の街のリッサニから電話をくれたら迎えをよこすという説明もうけられた。

それから、ランチのチキンがこの上なく美味しかった。バスターミナルから徒歩5分の場所にあったレストランに入ったのだけれど、店先のショーウインドウで客の目の前で丸ごとあぶってくれるチキンは皮がパリパリしていて、ジューシーで、今まで食べたどんなチキンよりも滋養に満ちた味だったように思う。そこにチキンから調理中にポトポト落ちた油をつかった野菜とオリーブ入りのソースと、黄色いスパイスで色づけられたおかわり自由のライスと、お皿いっぱいのポテトがついて1人20ディルハム(約200円)。ライスには小さいスプーンがついてきたけれど、後は現地の人にならって手で食べた。ソースはすくってご飯にかけて、3人とも美味しい以外の言葉を交わさずにチキンの骨までしゃぶりついた。請求されたのはメニューにきちんと記載されていた地元の人と同じ値段で、ぼられることもなかったし、店員さんが皆陽気で、一緒に写真まで撮ってくれた。











レストランを出たところに、タバコ屋があった。面白いことに、ケースをあけて1本ずつ売っている。稲田が1本1ディルハム(10円)で買って吸っていると、地元の人がよってきて一口だけくれ、と言う。一口吸うと、握手したりハグしたりして、去っていく。

1人、自分の飲んでいたオレンジジュースを1口あげるからといって、タバコをもらっていってしまったおじいさんもいたけれど、稲田に何回も抱きついていて、楽しそうだった。タバコ1本でコミュニケーションが広がっていく。






モロッコはフレッシュジュースも有名だというから、ビタミンを補給するために、店員さんと目があったジュース屋さんでアボカドジュースを頼んだ。1杯10ディルハム。コンデンスミルクが入っているのか、まろやかで甘さが際だっていて、美味しかった。あまりのおいしさに、ゆみがバナナジュースを頼んだけれど、そちらも青っぽいバナナのフレッシュな香りと甘さがあいまって、たいそう美味しかった。

ジュース屋さんも陽気で、カメラを向けるとポーズをとってくれる。そこに、彼の友達の男性が入ってきて握手とハグをしていた。モロッコの男性は、皆一様に黒々と濃い眉毛と口ひげをたくわえている。そして、出会うと必ず握手かハグをする。入ってきた男性は少し英語が喋れて、モナックと名乗った。どこからきてどこへ行くの、と話しかけられて、答えると、アラビア語やモロッコのおすすめスポットなどを教えてくれた。彼はアラビア語、フランス語と少しの英語を話すと言う。

飛行機で2時間足らずの距離なのに、スペイン語は全然通じない。モロッコの公用語はアラビア語とフランス語で、フランス語の分かる人がいるのならスペイン語も単語レベルでは理解してくれるのかも、と思いきや「トイレ」(スペイン語では「バーニョ」か「セルビシオ」)という単語さえ通じなかった。

南米、ヨーロッパ、アフリカ、と3週間ほどでせわしなく移動してきたけれど、1回飛行機で飛ぶごとに全く違う世界に降り立つのは、本当に面白い。浦島太郎をふと思いだした。うろ覚えだけれど、確か竜宮城にはテーマの違ういろいろな部屋がなかっただろうか。それを順番に開けていくようなおもしろさが「世界一周」にはあると思う。帰国したときに、ちゃんと私が元いた世界がそのままあるといいのだけれど。

モナックはこれから市場に行くという私たちに、外国人だけで行くと値段をふっかけられるから、一緒についていって交渉してあげる、と言う。

雲行きがおかしくなってきた。モロッコの地球の歩き方には「自称ガイドにご用心」と書いてある。偽の身分証明を見せて、街をガイドした後お金を要求する人がいるらしい。でもモナックはたまたま入ったジュース屋さんにいただけだし、身分証もみせてこないし、身なりもきっちりしている。3カ国語を話す品の良いおじさんが、小汚い格好をした学生の私たちから数千円をまきあげようとするようにはとても思えなかった。おまけにジュース屋さんとグルになってまで。どこからみても良い人のモナックが豹変してしまってはショックだからこのまま別れたいけれど、もしかして本当にタダのいい人だとしたら、せっかくの好意をむげに断るのもしのびない。そんなふうに日本語で話しているとモナックはテーブルを立って、ジュース屋さんに挨拶して、一緒に歩き始めてしまった。途中、友達にあってハグをしているモナックを見て、徐々に警戒心もゆるんでくる。人を騙す人間だったら、一緒に気軽に写真に写ったり、友達を紹介してくれたりするだろうか。モナックとはすでに3,4枚一緒に写真を撮っていた。友達もたまたま会ったみたいだし、もし彼が私たちを騙そうとしているなら、街ぐるみで私たちを騙しているとしか考えられない。それならそうで、仕方ない、そんな心境になった。

モナックはお菓子屋さんではモロッカンスイーツの味見を頼んでくれたし、市場につくと、ヌガー屋さんと話して、ヌガーを一切れタダでもらってくれた。その後も稲田や私が、モロッコのお守りのファティマの手を買うときは値下げ交渉をアラビア後でしてくれた。ところが、市場の半分くらい来たところで、携帯電話で話して、急な仕事が出来たから行かなくてはならない、と言う。もしも次にカサブランカにくることがあれば是非また会おう、電話してくれ、と電話番号を告げて彼は去った。ただの一言もお礼を要求することなく。

本当に、ただのいい人だったのだ。私たちは感動してしまって、あんなにいい人はめったにいないね、と口々に彼を褒めそやした。もしも、東京でモロッコ人にあったら今日のお礼にうんと優しくしようと心の中で誓う。

ところが、めったにいないはずのいい人に、ものの数分でまたもや出会ってしまう。パン屋さんの店先の変わった色のナンをみつめていた私に話しかけてくれたのが、今年63歳だというアミッドさんだった。アミッドさんはナンの値段を聞いてくれて、私はネギが入ったオレンジ色のナンを2ディルハムで買った。彼は日本にハシモトという友達がいる、君たちは東京出身かなどと話した後、そのナンはミントティーと一緒に食べると美味しいといって、おすすめのカフェに私たちを連れて行ってくれた。

折しも通り雨が降り始めたので私たちはカフェで雨宿りをすることにした。アミッドさんは私たち3人に何が飲みたいかを聞いてくれて、3人分のミントティーを頼んでくれた。生のミントの葉っぱのたくさん入った甘いミントティーもモロッコの名物である。程なくして運ばれてきたティーは予想以上に甘くて、ちょっと私の口にはあわなかったけれど、食べ過ぎて気持ち悪くなった胃をすーっとひきしめてくれたようで、気分が良くなった。

アミッドさんは英語、スペイン語、フランス語、アラビア語、ベルベル語を解すらしい。公用語が2つあるモロッコではバイリンガル以上の人が多いと聞いていたけれど、祖父ほど年齢が離れたおじいさんが5カ国語を話すというのは日本ではまず考えられないことだろう。

アミッドさんも、親切にモロッコのおすすめの場所をいろいろノートに書いてくれた。そして、アルガンオイルを絶対に買うように、と勧めてくれる。アルガンオイルはモロッコの南部にしか生息しないアルガンの実からとれるオイルで、海外でも注目されている、と事前に調べていた。買いたいと思っていたのだけれど、広い市場ではどこで売っているか分からなかったのだ。そう伝えると、アミッドさんは私が良いお店を知っているからそこで買うように、とカフェの3軒先のスパイス屋さんに連れて行ってくれた。



そこは店先にはスパイスしか置いていなかったのだけれど、奥の方に行くと様々な化粧品や健康食品が置いてあった。バラから取れる美容液とよばれる「ローズウォーター」、日本でも有名な肌と髪に使える泥「ガスール」・・・そして、ザーサイのような色のぶよぶよしたペースト状の高級石けん「ブラックソープ」・・・練り香水、アルガンの石けん、アルガンシャンプー・・・次から次へと店の人と話して出してきては見せてくれるアミッドの説明を聞いているとどれもこれも欲しくなってしまって、3000円分以上をそこのお店で購入してしまった。もちろん前述のものは全て購入して、アルガン製品にいたっては、そこのお店にあったものをほぼ全て買ったくらいだ。店主の人は、ブラックソープと練り香水をおまけでつけてくれた。

とっても良い買い物が出来たね、と店を出て話すと、アミッドさんがもうそろそろ行かなくてはいけない、と言った。彼は市場で洋服を売っているらしい。アミッドさんが去ってから、さっきアルガンオイルを買ったのは彼の家族のお店で、実は巧妙な客引きだったりしてね、なんて冗談で話したけれど、本当にそうでも全然いいと思う。アラビア後とフランス語のパッケージは、私たちには全く解せない。もしアミッドさんがいなかったら、絶対にどれも買えなかったし、お店自体、一見するだけではスパイス屋さんなので、入れなかっただろう。





スパイス屋のおじさんも、アラビア語以外は全く喋れなかったし、そこのお店に買いにきている人たちは皆地元の人たちだった。地元の人たちが行く場所で、彼らが使う物を、正当な値段で手に入れられた。お店の人も私たちもアミッドも楽しい時間を過ごせてみんなハッピーだった。早くホットシャワーがきちんと出るホテルで今日買った商品を試したい。

市場から出ると、今日もマジックアワーが見れた。夕暮れの、ほんの数分だけピンクと水色が混じり合った幻想的な空が見える。その時間をマジックアワーというんだという。スペインでも見れたこの空が、数日続けて見れたことに感激した。この空を世界中で見たいと思った。まだ旅程は半分も行っていない。

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