一応病み上がりなので、大事を取って僕は昨晩のプチ打ち上げには参加せず、早々にシャワーを浴びて眠った。
大阪シャングリラでのワンマンだったんだけど、ここは二階が宿泊所になっていて、二段ベッドが二つ並んだ部屋が三つ、シャワールームとオープンスペースがあるという仕様で、とっても綺麗かつおしゃれ。

日付が変わる前には処方薬でばっちりキメて、ごっそり眠って、おかげで朝5時頃に目が覚めた。
それから布団でごそごそして、ラジオを聞いてたけど二度寝が出来なかった。
ので、楽屋を使っても良かったことを思い出して、そこにベースを持ち出して10時から始めようと思っていた朝練を開始。
ストイックメガネ。
というのも、二日間寝込んだだけで体力が落ちたみたいで不安だったから。
と、昨日のライブで桜花転生のときに泣いている高校生を見たから。
しょうもない僕なりに心を削って出来上がった分身が、ちゃんと届いたんだなぁと思って。
10も歳の離れた大阪の女の子に。
これは手を抜く訳にはいかんと改めて思ったよ。
もちろん全箇所で同じ思いをさせてもらえてるんだけど。
幸せな責任と、例えようのない喜びを感じながら頑張ります。
明日はついにファイナル広島で、いまは別件で移動中。
とっても楽しみなお仕事!
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ベルギー出身のジャコ・ヴァン・ドルマル監督「ミスター・ノーバディ」を時々観返すときがあって、今もまさにそう。

科学の進歩で人類が永遠の命を得た未来、世界で唯一人死を迎えようとしている老人。
ミスターノーバディと呼ばれる彼が話す、自身のいくつもの人生の選択肢と、枝分かれした先のストーリー。
母に付いて行き翻弄される運命的な出会い、父に付いて行き見舞われる事故や災難。
どれもが空想と真実の中間地点。どの生き方にも悲しみに比例する愛がある。その逆も然り。

時間の概念がひっくり変える宇宙大縮小だとか、些細な出来事が未来に大きな変化を起こすバタフライ効果だとか、SF要素が絡まってとにかくありとあらゆる方向に話が膨らむ。
ので、考えれば考えるほど複雑なんだけど、その考え得る出来事の全て、膨らみ続ける頭の中の全てが、詰まるところ「選択肢」として僕たちの前に無限に広がっている。
どんな結末を迎えようと、時には否が応でも選んできた一人生も、不正解なんてあり得ない価値のあるものだよ、という超絶壮大な人生賛歌ムービーと僕は解釈してる。

一度しかない、というだけで人の生き様はベリーハードかつロマンチックで詩的だなと思う。
自分がどんなに怠惰で極悪な人間だったとしても、ゴール地点から見れば中々味があっていいかもね。
とこれを観ると時々思って、稚児みたいに僕が僕を甘やかすことがあるから結構良くない。
あーあ、人生ミスったでござる。
なんて時には良薬だけど。


本編が終わった後、アンコールの呼び込みは手拍子でして頂くことが通常なんだけど、昨日の渋谷QLUB QUATTROでは、楽屋へ向かう途中の階段で「溢れるもの」が聞こえてきた。

昔から僕は僕のことを、教室の隅の埃みたいなものだと思っていた。
大多数の人になんとなく疎ましく思われる一方、それでも確実に思いやりを持って近付いてくれる人がいることもちゃんと知っていた。
そんなとき「ありがとう」なんて言葉の定義じゃ収まりきらない思いが溢れてきて、どう伝えたらいいのか迷ってたんだけど、今なら、バンドでメロディに乗せれば、少しは言葉の限界を超えられるんじゃないかなと思ったのが「溢れるもの」。
それを自分たちに歌ってもらえるというのは、本当に心が痛いくらい嬉しかった。

ありがとうありがとう。
これからも宜しくお願いします。頑張りますから。

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