やあやあ、どうも私です。
そうですそうです。インターネット上のキャラクター・獄嶽です。

8億2千年ぶりにブログなどと言うもので長文を書かせて頂いているよ。
私は今じゃTwitterが活動拠点になっているんだけども、実はインターネットに発生した時はブログが本拠地だったのですよ。
「獄嶽のネタ帳」ってタイトルでね、当時クソハマりしてたラップコアと言う音楽ジャンルについて色々と書かせてもらってたよ。
最盛期は2年間くらい毎日1投稿はさせてもらってて1日100ヒットくらいだったかなぁ。まあ自分の趣味をただひけらかすだけのブログでした。

冒頭から話が逸れたね。
ここに長文を書くに至った経緯は、まぁタイトルの通りなんですが、それにつけても私はTwitterに長文メモ帳のスクショを4枚貼り付けるような行為は死ぬほど嫌いでしてね。
それで前述通り12兆7千億年ぶりにブログなどと言うものにアクセスしているわけです。
そんなワケで今回長文にて私の事を色々話しさせてもらおうと思います。長いんで、飽きたら途中でやめてもいいんで、ザクっと読んでもらえると大変光栄でございます。

■ROCK IZ NO.1が出来るまで
主要な話を始めさせてもらう前に私の主催イベントの成り立ち、及び私のDJ遍歴などにも触れて行こうと思うよ。

まず私がDJ行為を始めてからかれこれ10年くらい経ちます。正確な歴は忘れました。きっとmixiと言うロストテクノロジーを使えば調べる事が出来るのですが今はしません。
当初の私は旭川と言う片田舎に住んでまして、大学時代にクソハマりした音楽と言うコンテンツを持て余していました。
そこで高校の同級生に現役のロックDJを紹介してもらい初めて触るCDJで遊ばせてもらったところ「なんでキミおうちにいたのぉ!?外に出て遊ばなきゃダメでしょ!?」と軽く説教され、まあそんなこんなでDJ行為を始める事になったワケです。
この言葉を言ったのが一応師匠と言う事になるんですかね。未だ旭川でDJしてるDEVILMANってDJが師匠になります。ここはたぶん覚えなくて良いです。

そしてそんなこんなで旭川でDJ行為をしていたらある時札幌のイベントを紹介されました。
初めて遊びに行く札幌と言う大都会。そして当時地元でも最精鋭であり外タレなども呼んでイベントを行なっていた「keep it louuud!!!」と言うイベントに出会わせて頂きました。そこでバンドやらDJやらで一際人目を集めていたのが今も一緒に遊ばせてもらってるDJ KO-KIと言う人ですね。札幌の師匠格はこのコーキッキだと思ってます。
そんなこんなで旭川でDJをやりつつ札幌に足繁く遊びに通っていたところその情熱が認められてkeep it louuud!!!のメンバーに加えてもらえる事になったんですよね。
そのキープイットなんとかのメンバーに晴れて昇格した私は旭川で働き週末は札幌へ遊びに行くと言う生活を3.4年ほど続けました。
ちなみに当時の経済状況は、DJを始める前後トンネル工事現場に配属されお金を使う時間がないくらいに働いたり鬱になったり辞めたりして貯めたお金があったので日銭を稼ぐ程度のバイトをしながらほぼ遊んで暮らす生活をしていました。

そうこうしているうちに札幌に彼女が出来たので軽率に札幌へ引っ越す事にしまして、その時になるとキープなんとかイットはなんやかんやで活動が休止、そして前述のコーキッキが新しく立ち上げた「IMPACT」と言うイベントへその内容を引き継ぎ活動していました。
なんとかイットラウドは「DJクルー主催のバンド&DJイベント」だったのに対しIMPACTはそのノリを継続したDJイベントでした。
そしてその頃には私もそれなりに歴を重ねたDJになったと言う自負が芽生え(今考えるとテクも知識もクソほど偏っていたので完全に勘違い)
、さらに自分のDJとしての意向とイベントの方向性などを色々あれやこれや考えたりする感じになってりしてて、徐々にそこには解消されない自分のエゴと言うものが積み重なっていました。

そこでですよ。私はまた軽率に思い付くワケです。
あ、自分のイベント始めよ と。
そのイベントこそが「ROCK IZ NO.1」だったワケです。ここまで長かったですねー。

■ROCK IZ NO.1が出来てから最初の方

ROCK IZ NO.1(以下ロックイズと略す)は完全に私のエゴの塊として生まれました。
メンバーは私以外全員DJ経験0。
当時まだキッズとしてライブハウスへガンガン通っていた私が「この人DJやったら面白そうだな〜」って人を見付けてスカウト、イベント会場のphonoというお店に話をして平日にDJ機材の使い方を教える。そうしてクルーを作りました。
初期メンバーはC子、お塩、哲哉、それに私の4人。
確か何処かのライブのつながりでmixiでだけは繋がってたC子さんと哲哉が、たまたま私が転換DJで出てたサウンドクルーのイベントに遊びに来てて、そこで実際に出会って。
そしてC子さんの友達でDJやりたい人がいるって紹介されたのがお塩ちゃん。
そんな感じで初期メンバーを揃えて2011年の12月頃から練習会を始め2012年1月にイベントスタート。
前にTwitterでも書いたけど、この練習会の日程にお塩ちゃんがなかなか合わなくて。確か最初の2回くらいは振られた気がする。そしていざ会えた時には終電がめっちゃ早くてビックリしたw
なのでお塩ちゃんの最初のイメージは「札幌に住んでないんだなぁ」だった。
ちなみに今でも私がやってるDJ練習会的なWORKSHOP的なイベントはここが始まりだったりするので実質ロックイズと同い年かもしれない。

最初期は完全に原曲ロックDJイベントでした。会場は前述にあるphonoと言うお店。初めてロックイズやるよーとなって当日になるまで「本当にお客さん来てくれるかな…?」って不安がめちゃくちゃありました。
何故なら先ほども述べたように私以外のメンバーはDJデビュー戦なワケです。全く持って予想がつかない。

しかしながら結果から言うとそれは逆に功を奏しました。
当時のライブキッズの盛り上がっていたところから引き抜いた3人だっただけありキッズ仲間がたくさん来てくれて、イベントは大盛況と言っていいほどになりました。
会場のphonoは正直それほど大きい場所ではなかったものの、3回目の頃には来場数80人を超える規模になり現場はパンパン。お店にもめっちゃ喜ばれました。

phonoというお店を会場に選んだのにはそれなりの訳があって、まず爆音で音を出せた事。そしてDJブース側に小さなステージがあった事。この2点が大きかった。
「ライブハウスで楽しめる事はDJイベントでも楽しめる」ってことをライブキッズ達に広め、キッズは楽しむ場所を発見しDJイベントは新たなお客さんをゲットすると言う私のエゴ&目論見は見事にヒット。
爆音でライブの様な楽しみが出来て盛り上がったらステージに登りダイブ出来る。DJ自ら飛ぶしそれに釣られて普段ライブでダイブする感覚でお客さんも飛ぶ。最高の空間が自分の予想以上の形で出来上がりました。

そして回を重ねるうちにイベントでめっちゃダイブしてたあおいと踊り狂ってたちょうさん、そして定期的にphonoでやってたDJ練習会に足繁く通ってくれてたカルロスを加えてロックイズは7人の大所帯に。
さらにはphono側のオファーによりBUZZ THE BEARSのツアー札幌公演をサポートさせてもらえるなど活動の規模がどんどん大きくなっていきました。
さてここからロックイズで札幌にひとシーン作りますか〜、くらいまで調子に乗っていたんですがそんな頃、まさかのphono閉店のお知らせが…。

■ロックイズ中盤辺り

イベント会場だったphonoが閉店した事によりロックイズはなんと宿無しクルーになってしまいました…。
(のちになって思うんですけど、ロックイズではかなりむちゃくちゃな事をやらせてもらっていてその割にお店への還元の気持ちを忘れていたな、と。途中お酒を持ち込みまくって怒られたりもしてた。その経験から私はイベント会場や関係者に還元する気持ちを真に学んだのでした。)

しかしながらホームレスになった状況に悲観はしていませんでした。何故ならそこそこ成功したイベントだった為、当時色んなイベントへ誘ってもらう事が多かったからです。
色んな場所のライブでの転換DJをロックイズから好きなだけ配置したり、moleのイベントのラウンジをロックイズでまるっとやらせてもらったりしてました。(そしてmoleのラウンジの天井に穴を開け今もなお修理されていないと言う…)

そうこうしている中でもDUCEの三浦さんから色んなお話をもらえるようになり、さらにカルロスがライブ企画をやりたいと言う話になったのでロックイズでライブ&DJ企画をDUCEでやる事に。

持ち前の勢いと思い付きで様々なライブ企画をやらせてもらいました。
メジャー上がる直前のTHREE LIGHTS DOWN KINGSの札幌公演をはじめ、AIR SWELL、SILHOUETTE FROM THE SKYLIT、
Survive Said The Prophet、Runs In Bone Marrow、7YEARS TO MIDNIGHT、Take ambulanceなどなど…。
集客も100人を超える事もあり、色んなバンドといっしょにやれる事はかなり楽しかったです。

ですが、ロックイズとしてはこの辺りから徐々にメンバーの活動ペースがバラけてきてしまい…。

■ロックイズ終盤。そして今。

ライブ企画が順調な最中、ロックイズ内でライブ企画に携わる人員、他のイベントに出る人員がイベント内で完全に割れてしまって来ていました。
さらにはその事がきっかけのようにメンバーそれぞれ活動内容、ジャンルなども徐々にバラけて行きました。

そしてこの頃、札ポロックと言うイベントの立ち上げをロックイズでサポートする事になりました。このサポートも比較的上手く行ったので私は以前のロックイズのDJイベントの様に参加出来ればと思っていたんですが、これがきっかけで方向性に違いを感じた哲哉が脱退。そして諸事情であおいも脱退。
メンバーが徐々に減って行きました。

この頃からロックイズをどんな風にしたら良いか自分でも正直分からなくなっていたと思います。
そして原曲ロックDJイベントとして立ち上げライブ企画も上手く行った反面、自分自身のDJとしての価値とはどんなものなのだろうと考える様になりました。

自分と言うDJの価値は一体なんなのか。今までのイベントは成功したけど自分自身の力に果たしてなっているのか。ライブ企画もゲストバンドの力で成功しただけで自分の成功とは言えないのではないだろうか。

そう言う想いから自分のDJとしての力をもう一度ちゃんと上げて行きたいと思い、再びDJイベントとしてロックイズをやりたいと思いDJだけのイベントを再開させました。
そしてその動きを見てくれた札ポロックで一緒に活動したおしりマグナムとあきちんからロックイズに入りたいと言う話があり、2人が加入しました。

おしりマグナムはVJと言う新たな要素をロックイズに加えてくれました。
そしてそれを活かす会場、自分達のホームをまた作りたいと思い色んな会場探しを始めた時に、phono時代にお客さんとしてロックイズを見てくれていたノムラさんがphonoがあったビルに新しいお店を作ると言う話を聞きつけ、我々は完全に運命を感じXENONと言うお店をホームに本格的に再始動しようと動き出しました。

再始動後のイベントは当初の原曲ロックDJイベントとは全く違うものになりました。
それは今までバラバラに活動して来たメンバーが各シーンで吸収したものであり、DJとしての技術の向上であり、各々のオリジナリティが前面に押し出されたものでした。

私もそれにもれず、アニクラと言うすげー楽しい空間を知りDJもさせてもらっていたのでその方向で、しーこさんはベースミュージック、お塩ちゃんはシティポップなどのチルアウト、ちょうさんもダンスミュージック方面へシフトして行き全員がそれぞれ違うDJである事をウリにしたイベントとして上手く行くであろうと、上手くやって行こうと今まで続けて来ました。

しかし、それは、果たしてロックイズなのだろうか、私はついにそう思い始めてしまったのです。

再始動後は年に4回ペースを目標にしていたものの、前述の悩みから開催にすら前向きになれず、開催ペースもまた徐々に落ちてしまって。それに引っ張られる様に集客も落ち。それでも各メンバーはそれぞれの活動は順調で。私も私で他のイベントを楽しむ事で自分のイベントに目を向ける時間を作れなくなり。もしくはそれを考えないようにしていたのかもしれません。

それでもメンバーはイベントがやりたいと言ってくれていて、どうしたらまたお客さんに来てもらえるか、そんな話もしていて、しかし私は自分のイベントにきちんと目を向ける事が出来ず。
それならいっそロックイズではなくなれば良いのでは、と言う結論に至ったのが今回の「ロックイズ終了」なのです。

これは自分自身でやってきた事の自分なりの結論。ケツ持ち。自分のことは自分で終わらせなければならないと思ったからです。
正直、改名して続ける話もメンバーとしました。
が、その中で今まで出来ていなかった話、なあなあで済ませていた所の回収などを行なっていくうちにやはり一度終わらせるという結論を私の方から出しました。

今回のロックイズ終了は前向きなものになっていないかもしれません。
ですが、このまま何もせず終わりにするワケには行かないと言う想いがあります。

そして、私は、今のままのメンバー全員は揃わずとも、また新しいイベントをやりたいと思っています。
その為の充電期間に入る為、その区切りの一つとして、または今までのロックイズの見納めとして、12/15土曜日の最期のロックイズに遊びに来てもらえると私は大変嬉しいです。

いつもTwitterでしているよりは少し真面目な話になりましたね。
ここまで読んでくれた人がいたなら大変光栄です。
そんなこんなで12/15土曜日XENONにて16時から、ROCK IZ NO.1 LAST PARTYです。
よろしくお願いを申し上げます。
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