私は書き手でもあるが、他の人が書いた文章を、私の手を介し世に出すこともある。

色々な人の文章を拝見させてもらうと、その人の感情の起伏のようなものを、垣間見る時がある。

そんな中、ある1人の書き手の文章が、最近とても攻撃的であることが気になった。

私も時折、怒りに任せた文章を世の中に投下するのだが、他人の怒りを手の平に乗せると、それがいかにチクチクと、心に痛みを与えるのかが良く分かる。

平坦な文章と比べると、感情をむき出しにしたものは、印象深く、記憶に残りやすい。読んでいて、自分自身がエキサイトしていくのも良く分かる。

その書き手には、無理に感情を押し殺すことなく、むき出しのまま書くように伝えた。あまりに鋭利なものは、こちらでヤスリがけをするから、あなたはそのままで良いと。

しかし、ただひとつだけ、振り上げた刃の行方を見失わないで欲しいとも告げた。

怒りの矛先がどこに向いていて、そしてその刃をどこで収めるのかは、とても重要だ。

なぜなら、振り上げたまま、どこに振り下ろすのかが見えなくなると、やがてその刃は自分自身の手の平に乗っかってしまうからだ。

握れば痛みが伴う。行方を見失った刃ほど怖いものはない。

鬱蒼とした感情は、やがて怒りへと変わり、人を攻撃的にする。

文章を書くことで、刃をどこに向ければ良いのか、その刃は本当に振り上げたままで良いのか冷静になることができる。

なぜか?答えは、頭に血がのぼった時に、鏡を覗き込めばわかるだろう。

それでも答が分からず、再び鬱蒼としたら、再び綴ればよい。ただひとつ、振り上げた刃が、通りすがりの誰かの刃へと、変わらぬよう気をつけたいものだ。

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Spotifyが好きだ。アーティスト単位で聴くのも良いが、特に好きなのは色とりどりのプレイリストをザッピングしながら、シャッフルで聴くスタイル。

こんなにも音楽を聴くのは久しぶりかもしれないというぐらい、長い時間再生し続けていると思う。

ふと、音楽を流しながら、人間にとって「価値」の基準とは何であるか考えていた。

音楽の価値とは?

今や、音楽を聴くスタイルの中に、Spotifyをはじめとしたストリーミングサービスは当たり前の存在になっている。

人によってはAppleMusicだし、人によってはLINE MUSICだし、また人によってはAWAや、Amazonを挙げるだろう。

どのサービスを利用するかは、その人にとっての価値が何であるのかが少なからずとも影響していて、例えばそれは自分が聴きたいアーティストが聴けるということであったり、音質が重要であったり、そして無料利用であったりする。

価値観という存在はとても厄介だ。

例えば、1万円のコース料理を食べたとして、状況が違えば、同じ内容でも価値は大きく変わる。

意中の女の子が食べたいと願う1万円のコース料理なら、一緒に食べることで1万円なんて安く感じるだろう。それは、その人にとっての価値が、お金ではなく、彼女と過ごす時間にあるからだ。

一方で、満腹感を満たすだけならば、むしろ1万円は高く感じるし、何なら量も足りないことがある。この場合は、きっといわゆるコスパが価値を決める。

そもそも価値を語る上で、お金だけを基準にするのも、少しすわりがよくない。

「価値とは」聞かれ、人は何を想像するのか?

「お金」と答えるか「満足感」と答えるか、はたまた何か。

きっと、その答えは、その瞬間自分にとって足りないものなんだろう。

私は何と答えるだろう。自問自答して瞬間的に浮かぶのは、あの子の笑顔だ。出来れば、今この瞬間に笑っていてほしい。綺麗事だと言われても、愛に生きていたい。

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昨日は、五反田にあるコンテンツメーカーのノオトが運営するコワーキングスペースContentzで行われた、ライター交流会に参加してきた。


ライターになるためにブロガーとしての活動をした自分にとっては、色々と話を聞いてて楽しかったし、その後の懇親会も顔見知りも含め、新たな出会いもあり、有意義な時間を過ごせた。

モノカキという職業は、細分化すると実に様々な働き方がある。「ライター」という括りには、正義を胸に世界を飛びまわるジャーナリストもいれば、日々流れてくるリリース文を成型するような人まで様々だ。

そして、ブロガーというジャンルも実に広義だ。ブログをやっていれば基本的に全てがブロガーだが、そのスタイルは様々。十人十色とはよく言ったものだ。10人いれば10人違って良い、それがブログでもある。

最近は仕事の進捗が順調でないことも多く、なかなかブログに手が伸びなかった私だが、LINE BLOGの気軽さで珍しく3日以上続いている。

五反田の交流会が終わった後、最近一緒にお仕事させていただいている、とあるライターさんが渋谷で1日限定のスナックママをすると聞き、五反田から駆け足で向かった。

瓶ビールをグラスに注ぎながら、堪能する彼女の笑顔は、これ以上にない最上の癒しであった。

注ぎ終えたビールをグラスからぐいっと飲み干し、再び五反田へ。

先ほどの交流会の二次会が、同じくノオトか運営するコワーキングスナックで行われていた。ほぼ解散前であったため、私はここでもグラスに注がれたウヰスキーのソーダ割りを飲み干し、外の冷たい風を浴びることになる。

最近はあまり夜更けまで、酒を酌み交わすことがなかった。そこでふと、登壇者であった奥野大児氏を誘い、五反田のネオンに飲み込まれていった。

色気もない、五反田の24時間の居酒屋で、独身のプチおじさんが2人。気づけば、ノオトの宮脇淳氏を呼び出していた。

忙しいだろうと、ダメ元で連絡したものの、宮脇氏は部下と一緒に、ネオンの果てにやってきてくれた。

様々な話をした。私のくだらないシモトークから、ライターやブロガーについてなど。出来ることなら、お酒を飲むのをやめ、外で蹴鞠でもして遊べば良かったのかもしれない。

気づけば、時計の針は15度を超えていた。久しぶりだ、こんなに深くまで飲むのは。懐の深い先輩たちと、笑顔の絶えない時間を過ごせたことは、最高の過ごし方だったと思う。

飛び乗ったタクシーの車内から、流れる景色を眺める。ふと、眩く光る東京タワーに心を奪われた。

時間は有限だから面白い。人生もまた然り。

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