おばんです!広瀬咲楽です。
今日は担当ではありませんが、書かせていただきます。
 
 
東日本大震災から7年目の3月11日。
 
亡くなられた方々のご冥福を、そしていまここに生きている皆様の幸せを心からお祈りします。
 
 
今日は、自らと向き合う日だと思います。
みんなも、わたしもね。
 
 
 
今日は、
 
弱気になってしまいますか?
 
前向きな言葉が出てきますか?
 
素直に誰かに言いたいと思いますか?
 
なんにも言えなくなってしまいますか?
 
 
 
みんな、それぞれでいいと思っています。
いろんな場所で今日のことを考えている人達がいる、それだけでいいと思っています。
 
 
 
中学1年の終わりの春に被災した。
14歳の時だった。
大好きだった親戚が亡くなった。
子供だったから、知れること知れないこと、
出来ること出来ないことの間で揺れていた。
そして夢をみるのを諦めることも考えた。
 
だけど私が夢を叶えるのを、いつでも楽しみにしてくれてたあの人。
ずっとずっと応援してくれてた家族、友達。
みんなに背中を押されてもう一度、夢を見たいと思った。
 
 
中学2年の冬、劇団ハーベストの旗揚げメンバーになった。それから今年で6年経った。
いまはハーベストで、お芝居を学んで、仲間と磨きあって、そして新たに追いかけたい音楽の夢ももらった。
そしてこうして、毎年自分の今の気持ちを皆さんに伝えられる場を頂いている。
本当に有り難いです。
ご縁にも恵まれて、TOHOKU Roots Projectの舞台でこの3月もまた東北ツアーへ旅立つ。
 
 
 
このお仕事を始めて、この日のことを伝え続けてきました。
時には素直に、時にはぐっと堪えて包んで。
 
 
初めは自分のことをあんまり言いたくなかったりもしました。
「うちはまだ、良かったほうなの」
そう言う人がたくさんいました。
自分も傷ついているのに、誰かを心配している人達がたくさんいました。
 
 
 
2018年3月11日。
二十歳のわたしで今日を迎えました。
上京して約1年半の今日を迎えました。
 
 
「わたし、言いたいことが沢山ある」
そう思って起きた朝でした。
 
 
10代で言えなかったことを、これからは伝えていきたい。
言い表せなかったことも、こわかったことも。
そして真実を知ってもらいたいという気持ちを、いつでも忘れないでいたい。
震災前の街も、震災の記憶も、震災後の目まぐるしい変化の今も。
あなたに見ていてほしい。
あなたに聞いてほしい。
 
そう言う思いで、わたしは音楽を作ったり、表現する仕事を選び続けるのかもしれません。
 
 
 
2011年3月11日から1ヶ月経って、
やっとやっと訪れた宮城県の気仙沼市への道中、目にした光景。
信じられなかった。嘘だと思った。
進んでも進んでも瓦礫だった。
いまはもう、ありません。
誰かが運んでくれた。
ずっと言えてなかったけれど、ありがとう。
生活していた昨日までの日々が、もうそこに在り続けることができなくなってしまったから。ずっと、忘れないです。
 
 
真実だったことが記憶になっていることがこわいと思うけれど、もうどこにもないことがこわいと思うけれど、だからこそ伝え続けたい。
 
 
そう思えるようになったのは、
7年経ったから。
大人になったから。
 
そしてわたしは、震災から立ち上がる今の故郷を誇りに思っています。
変わっていく街がたまに寂しくても。
育ててもらった故郷は、いつでも愛おしい。
だから一緒に歩いていたい。
東北の優しさ、強さ、美しさ、美味しさももっともっとたくさんの人に知ってほしい。
 
 
わたしはわたしの夢を見ているけれど、
それが誰かにとって救われたり、笑顔になれる瞬間に繋がっていたら嬉しいです。
 
今日もわたしが夢を見るのは、
わたしと出会ってくれたみんなのお陰です。
いまこの文を読んでくれているあなたも。
皆さん、ありがとう。
 
 
 
わたしの今の気持ち。
読んでくださり、ありがとうございました。
 
 
これからも、夢を見続けるんだ!
 
 
 
 
広瀬咲楽