「うちを支配人に紹介してくれたのはAさんですよね?」と聞いた私に、支配人は微笑みながらこう返した。




     「Cさんですよ」




なぜ、Cがうちのことを知っていたんだろう? AがCに言うはずがない。





どうして彼が私のことを知っていたのか?
いつから知っていたんだろう?
劇場で偶然会ったのは偶然じゃなかったってこと??





無性にCに聞きたくなった。
だけど、私の携帯にはもうCの連絡先は残っていない。彼が連絡をしてくるとは思えなかった。Aに聞くのも何だか憚られる。
会いたい時に会えないのは私達の宿命なのか、あの日以来、しばらくCには会えていなかった。

梅雨が過ぎ、陽射しが夏になってきた。
日の出が早くなり、容赦なく太陽の熱が都会を溶かす。
そんなある深夜、私は劇場のある部屋でいつものように黙々と花を活けていた。Cが訪れることを期待した。
この日、Cに会える気がした。
なぜなら、Cが主演する舞台の衣装合わせやポスター撮りがこの劇場で行われることを私は知っていたから。

だけど、待てども待てどもCは来なかった。
劇場スタッフのピリピリした雰囲気を察すると、彼がここに入っていることは間違いない。
「もう、私には会わないつもりなのかも」。そんな風に思っていた矢先、向こうからコツコツと早めのピッチで踵を鳴らす靴音が聞こえた。





振り返らなくてもCだとわかった。





彼を見た。
ふいに合った眼差しにCが少し驚いた表情をした。





「いつから知ってたの?」





私が聞いた。彼は歩みを止めずにこちらへ歩いてくる。





「うちをここに紹介してくれたの、Cなんでしょ」





Cが立ち止まってしばらく私を見つめる。
私も目をそらさなかった。

梅雨に入り、紫陽花がとても美しい季節になった。

ある時、Aが傘をたたみながらふらりと店に寄った。Aはこの頃、うちのお店近くに引っ越して、今日は何かのついでに来てくれたようだ。




「劇場への推薦、ありがとう。すごく助かってる!」




私がそう言うと、「劇場? なんのこと?」とAが仔犬のような表情できょとんとする。「◯◯劇場だよ、◻️◻️にある。あそこから大きな発注がきてるんだ」と言っても「え??」と返して、本当にわからない様子だった。

以前、劇場の支配人は私を劇場に紹介したのは「知人です」と言っていた。それはAじゃなかったの??
「もしAじゃないなら誰なんだろう?」。
純粋にその人にお礼がしたくて支配人に聞いた。





「うちのことを支配人に紹介してくれたのはAさんですよね?」
「違いますよ(笑)」
「ほんとですか?」





最初はAが照れ臭くて隠しているんだと思った。だけど、支配人から出た名前はAではなく、予想していない人だった。

   「別に待ってへんかったし」。



この言葉が嘘なのはよくわかっていた。だから「ごめん」と言うのは容易い。でも、それで彼の気持ちのささくれが癒えるとは思えなかった。
「裏切ったわけじゃない」と言いたかったけれど、それを言うのもずるい気がした。





この2年間、Cに会いたくて会いたくてすごく会いたかった。
夢で会えるだけでも本当に幸せだった。
Cが出るテレビ番組や雑誌は全て見ていた。
だからこそ、会いたさは募るばかりだった。




「すごく会いたかった」。





思わず私の口から本音が出てしまった。
Cは聞こえなかったのか何の反応も見せない。ただ、じっと正面の生け花を眺めている。




「すごく会いたかったよ」




もう一度私が言うとCの表情が強ばった気がした。彼の横顔は怒っているようにも見えた。
そりゃそうだ。
事務所に「絶対に別れへん」と啖呵を切ってくれたのに私はどんな理由であれ、彼の手を振りほどいてしまった。
あの冬の夜、Cが「彩乃だけは俺を信じてくれる?」とまで言っていた彼の真意を知りながら、私は結局、彼を裏切ってしまった。




「もう会えないと思ってた」




私が重ねてそう言うと、





「そうなんや」





彼はそう言って立ち上がった。
そして、「メインの花は白百合の方がええよ」とだけ言って、こちらを一瞥もせず去っていった。

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