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「気が触れた3月のこと」という自分で作ったキャッチフレーズの通り、終わりを目前にして自分の中の「3月」が発症しました。

虚無感に暴力的な感情が乗っかる感じです。
4月になってもこれを引き摺ると、サクッとパタッといける気がしてしまったりします。
その流れで「blooming suicide」という曲の歌詞も書きました。昔。

3月はライブが比較的多めで、尚且つ新体制で初の遠征とか、初の新曲披露とか、気張ってやることが多かったせいもあり、ようやく無気力のスイッチを入れて良い状態になったんだろうなあと。
全然いらないんですけどね。逆やる気スイッチ。

こんな風になった時にやるべきことというのはわかっていて。
普段もそうなんですけど「自分の空気が悪くならない/自分が空気を悪くしない、そんな環境に自分を置く」ということをするべきで。

要は嫌な気分になりそうな場にはいかない、自分が行って周りの人を不快にさせそうな場にもいかない、ということですね。
「ひとりでいる」というのが最適解に見えるかもですけど、意外とそれは違ったりもして。
なのでこんな面倒な言い回しになるわけなんですが。

ただ、このターンに入ると嘘みたいに言葉が生まれてきます。
きっと感情の起伏が大きくなるからなのでしょう。
同時に曲もつくりたくなります。
なるほど、これが「命を削る」というやつなのか、なんて少し思ったりもします。
いやいや、削りたくない。
「サクッとパタッといけちゃう気がする!」とはいいつつも、根本的には生きていたいので。

電車に乗りながら、奇声をあげる子供や鼻唄を歌うサラリーマンに嫌気が差したらそれはもう重症。
悪意を向けられたわけでもないのに、名前も知らない誰かにこちらが悪意を向けるなんて。
そんな気分になってしまうのもまた、自分が綺麗な人間では無いからなのかもしれません。

とはいえ、泥に塗れてでも何かをあらわした人や苦しみ抜いた後になにかを成し遂げた人を「美しい」と思える心が在るように、僕らどれだけ汚れたって美しくはなれるはずなんです。

春が来ますね。





















fusetatsuaki

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3月も半ば。どうしてもこの時期になると2011年の東日本大震災当時のことを思い出します。
僕はちょうど大学のサークルの卒業旅行で河口湖へと出掛けていました。

震災が起こったのは2日目の昼、当時はスマートフォンではなくガラケーを使っている人が大半だったので、冷静な友達がすぐにワンセグで日本全域に津波警報が出ているのを見て「これはやばいんじゃないか」とぼやいていました。

とはいえ卒業旅行、大きな揺れが一度しか無かったのでそのまま暫く過ごしていました。
ただ、夜になっても電気は点かず。
そのとき初めて、電源が非常用のモノに切り替わっていることに気付きました。
ガスも水道も止まってしまったのでご飯が出せない、と言われ、女子たちがせっせとおにぎりを握ってくれて、「ひとり2つまでね!」なんて言ってたのが印象的でした。
経験したことのない不安が少しずつ押し寄せてきていました。

「どうやら東北がやばいらしい」と聞き、実家にはすぐ連絡が繋がり無事を確認したものの、仙台市に住んでいた弟には案の定繋がらず。
買い込んでいたお菓子を食べながら、身を寄せ合って夜を過ごしていたらば、午前4時頃に電気が復旧。
すぐさまテレビを点けると、皆さんご存知の通りの光景が目に映りました。
そこで初めて、あの惨状を知ったのです。
知らないことは罪だな、なんて思う瞬間でもありました。

東京に戻るとコンビニからはモノが消え、街中の空気が明らかに暗くなっていました。
ひとりの家に着いても落ち着かず、とはいえ旅行の後なので人に会う気にもなれず、テレビは相変わらずなので、まだ肌寒い季節だというのに、エアコンも電気も点けずに眠りました。
愚かさゆえに翌日からは普通にエアコンを点け風呂に入りましたが、見えない不特定多数の為に「少しでも」なんて気遣うことをしたのは、今まで生きてきた中であの夜だけだったのではないでしょうか。

後日、弟から連絡が入りました。
どうにか秋田県を通るルートを使い、ひとまず実家へ戻ったとのことでした。
単車で軽くツーリングした気分、とその時は笑っていたものの、大変な思いをしたという話を後年明かしてきました。
近くの他人よりも遠くの親族の方が彼には必要だったみたい。

「忘れてはいけない」と思っていても、遥か未来にその言葉が通じなくなって意味を無くしてしまった時には、なす術がありません。
沢山の動画や沢山の言葉に記録された事柄ではありますが、遠ざかる程に、現実味を無くしていくのも事実です。

ただ、自分自身が覚えていられる内は忘れずにいたいと思うし、各々があの時どうしていたか、という部分の記憶を話のネタとして繋いでいくだけでも、忘れられてしまうよりはずっと良いと思います。

知らない誰かのことを想う、という感覚に気付けた夜のこと。
穏やかな陽射しの差し込む部屋で、春を繰り返す度に薄れていく風景のこと。

限られた時間と出来事の中でしか僕たちは生きられません。
自分にとってあれはなんだったのか、それさえ忘れずにこれからも伝えていけたら。

小綺麗にまとまってしまって何かちょっとなあ。
誰も責めることが出来なくて、誰も許すことが出来ないことだから、もどかしいです。

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2010年の僕は「気が触れた3月のこと」というフレーズと共に、愛すべき街新宿についての歌を歌ったりしていました。
その翌年に震災が起こり、更にそこから気付けば8年が経ち。
今でも同じ歌を歌っています。生きています。

バンドがここまで自由な空気でやれているのは史上初です。
2019年になってこんな風になるなんて思ってもいませんでした。
人というのは関わる上である程度の気遣いや、それに伴う軽いストレス等を抱えてこそ「張り合い」が生まれて、それが逆に良かったりもするのですが、今の僕たちにはそれがありません。
吐いて吐いて吐いて吐いて、吐き切るまでやっていけそう。
同時にゲラゲラ笑いながら。色んな気持ちを込めて。
最後に笑ったやつが勝ちなら今からずっと笑っててやるよ、そんな気分です。

羊を数えて待つ朝、まだまだ夜は序ノ口。
今夜は寒いのでエアコンを点けています。
少しだけ遠くなった、エアコンを点けなかった夜のことを想いながら、27日に歌う新しい言葉を探しているのです。

顔の無い子供 箱庭の中 遊べないおもちゃで溢れてる
守られるのは大人たちだけ 歪む未来 ここじゃ生きれない



























fusetatsuaki

皆さんは好きな楽曲のタイトルを、ちゃんと読めていますでしょうか。
これは決して難しい問い掛けをしているわけではありません。

「当て字が多用されており一見して読み方がわからない」
「タイトルと曲中になんらかの仕掛けがある為に読み方がわかりづらい」
「そもそも読ませる気がない」

いわゆる「アーティストの意向」というやつで、タイトルの読み方がわからないor本来の読み方と違う、なんてことが稀にあったりします。

「自分の楽曲にそういう曲ってどのくらいあったっけ…?」
と見返した所、数曲そういう「難読タイトル曲」が見受けられましたので、今回はそれらの正しい読み方と、何故そのようなタイトルになったのかというエピソードを軽くご紹介していきたいと思います。

(廃盤になった音源に収録されている曲も含めて、発売順に解説していきます。)

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「si(g)n」
(2013年発売:限定シングル「制裁は7月に」収録)

→「サイン」と読みます。
"発するサインを受け取った時、そこに独りよがりな罪の意識が生まれる"という意味を持ちます。
「g」を「自慰」として「sin=罪」に内包させることで「sign(サイン)」と読めるタイトルにしました。

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「p/v」
(2013年発売:限定シングル「制裁は7月に」/ミニアルバム「美しい生活の為に」収録)

→「ピーブイ」と読みます。
「プロモーションビデオ」の略称のPVと同じ発音です。
"punishment≠vanish"(罰は消えることはない)という文章を略してタイトルの表記としました。
先述の「si(g)n」と共に限定シングルに収録することで、対比として「罪と罰」という関係性を曲同士に持たせたという意図もあります。

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「henrietta」
(2013年発売:ミニアルバム「美しい生活の為に」収録)

→「アンリエッタ」と読みます。
「ヘンリエッタじゃなくて?」と聞かれたことがあるのですが、それはそれで正解です。
これは完全に作者の意向です。
英語読みならヘンリエッタで正解なのですが、フランス語読みをするとアンリエッタになるのです。
"Anrietta"という表記がなんだかしっくり来なかったということと、聴いてきた音楽や読んでいた小説、当時第二外国語としてフランス語を勉強していた…という背景もあって、アンリエッタと読むことにしています。
街を抜け出す歌なので、なんだかその辺の地域が舞台になりそうだなあと、ぼんやり思ったりもして。

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「aknowll」
(2014年発売:EP「さようなら、真冬の死神」収録)

→「アノール」と読みます。
2010年頃に制作した楽曲で、冷たい冬の景色について歌った曲です。
「クノールカップスープって冬に飲むと最高だよね」という会話から「クノール」という言葉の響きが気に入り、タイトルに反映させたいなと思ったのが始まりでした。
歌詞内にあるキーワード「知っていた」という部分から「all know(全て知っている)」という言葉を引っ張りだし、アナグラムすることによって「aknowll(アノール)」というタイトルになりました。
響き優先という、珍しい経緯で生まれたタイトルです。

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「ghost(in the xxxx)」
(2015年発売:EP「pictured black heaven」収録)

→「ゴースト」と読みます。
この手のバンドにありがちな「()の中は読まなくていい」というアレです。作者の意向。めんどくさいですね。其れがいい。
敢えて読むとするなら、続きの部分は「イン ザ マボロシ」と読みます。
歌詞を読むとわかる人にはわかるのですが、他曲へのリンクを匂わせる描写があり、また、曲中でも「xxxx」を言葉にしている箇所があります。聞き取りづらいけど。
これまで明言してはいなかったのですが、これを踏まえて聴くとまた広がるんじゃないかなあと。

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「a day u me」
(2015年発売:EP「pictured black heaven」収録)

→「アダユメ」と読みます。
"とある日のあなたとわたし"という意味を持たせたかったので、タイトルを日本語ローマ字表記にした上で、英語でその意味になるように分割してあります。
「あだゆめ」というタイトルの意味はそのままに、情景的意味も付与したかった故のギミックです。
変拍子を多用していることから、タイトルの難読性も相まって気に入っています。
意図が汲み取られているのか、結構人気があるので、「あの曲好きです。ア デイ…!」と良く言われます。
「そうか!読み方わからないのか!」と気付いたことから、今回のブログ記事執筆に至っております。

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「傀儡」
(2018年発売:デモシングル「femme fatale」収録)

→「くぐつ」と読みます。
"あやつり人形"という意味で、単語としてそのままの意味のタイトルです。
「傀儡政権(かいらいせいけん)」という言葉があるように、「かいらい」とも読めますし、しかも意味は変わらないので、迷う方もいるのではないかと。
歌詞の中ではハッキリと「くぐつ」と歌っているので、よく聴いたり歌詞カードを見た方は判別出来ていたのではないでしょうか。

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「femme fatale」
(2018年発売:デモシングル「femme fatale」収録)

→「ファム・ファタール」と読みます。
先述の「henrietta」の件からもおわかりいただけるかと思いますが、僕はフランス語表記を好む節があります。
この言葉はフランス語で「運命の女/魔性の女(男にとっての)」という2つの意味を持つ言葉であり、フランス語を勉強していた時代に出会い、「この言葉に負けないようになれたら使おう!とずっとあたためていた言葉でもあります。
説得力というかなんというか、若過ぎた自分には語るには不相応に思えたというか。
あくまで自分基準ではありますが、ようやくこういう歌も歌えるようになったんじゃないかなあと。
ここまでの自分達の集大成のような曲で、ひとつの終着点でもあります。
フランス語を使った理由は、なんだか日本語でも英語でも、情景がしっくり来なかったからです。
とても良い響きだし、言葉の持つ意味が素晴らしいですよね。

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声に出して読みたい(けど読み方がわからない)タイトルについてまとめてみました。

今回登場した殆どの歌詞はこちらから閲覧出来ますので、ご興味を持って下さった方は是非。
音が無くても楽しめると思います。

今回は各曲のエピソードやら背景に軽く触れてみましたが、作者としてはもっと深くお話しすることも出来ます。勿論、今回登場しなかった曲についても同じです。

ただ、楽曲の持つ「余白」から、受け取り手である皆さんが思うことも沢山あると思うので、また違う形で、作者なりの見解やらエピソードは語ってみたいと思います。

そして機会があれば、歌詞を読み解いている皆さんの見解も聞いてみたいです。
自分の作品が自分の手を離れて沢山の意味を持つというのは、作家冥利に尽きること。
今年は沢山文章も残していきたいと思います。




















fusetatsuaki

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