最近はInstagramをphotolog的に使っているので、このブログに触れる機会も自ずと減っていました。
友人達のブログはよく巡回しているのですが、みんなそこまで更新していなくて。

気軽さや手軽さ、スピード感。
即座に「シェアできる」文化が広まっているからこそ、比較的長文前提となるブログという媒体は、触れる頻度が落ちるのかな、と。

とはいえ、必要な媒体だとは思います。
1つの記事内に流れを作れる、という部分でとても魅力的。
あ、ニュースブログは毎日読んでますね。
楽しいので。

そういえば年始に「有料のブログを開設する」と言っていたのですが、訳あって公開が遅れています。
「どのサービスを使うのか」という部分で悩んでいるというか。

今年からバンドを取り巻く環境が変わり、やり取りをする会社というのが現れてきているのですが、そこが結構魅力的なサービスを展開していたりして。
想像以上のことが出来そうだな、とか。

でも、最初に構想していた部分は、あくまで「僕個人」だからこそ叶えられる、というのがあって。
とはいえ「バンドとして」みたいなのも非常にアリというか。

とりあえず、今は6月リリースの「Garden」の制作をしているので、ある程度落ち着いたら、これに関連させて6月中にスタートしようと思っています。

僕個人の閉鎖領域とバンドでの密な発信の場と、ふたつ出来てくると思います。
そしてここやそれ以外のSNSは、そこに至る前の、ひらけた場所として発信を強めて行きたいなと。

これから沢山公開することがあるのでお楽しみにお待ちください。
あと多分お金は少しかかるので、何かしらの方法で稼いでおいてください。
しかしまあ、無料で楽しめるものが増え過ぎましたよね。
価値が揺らぐのもよくわかります。

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日曜日の話。

友人バンドの復活ライブを観て、優しい気持ちになっていた帰りの電車の中。
乗り換えを経て、後は最寄りまで数分揺られるだけ、といった時に、ギターを抱えた20歳前後の男性が乗ってきて、人波に押されるまま僕の横へ。
彼はスマホを弄るでもなく、なんだか憂鬱そうな顔をして窓に映る自分自身を眺めていました。

僕が他人のことをとやかく言える立場で無いのは承知の上でも、心配になってしまうくらいの眼差し。
彼が一体どんな人で、どんな状況で音楽をやっているのかも全くわからない。
そもそも、これは勝手な憶測に過ぎず、悩んでなんていないのかもしれない。

そんなことを思えるくらいには、自分はそこそこ長く音楽をやっている側の人間になってしまったのだなあと。
何様なんだ俺は、なんて考えていたところで、彼は降りていきました。
僕の最寄りの隣駅でした。
エフェクターボードに貼ってあるパスはよく見えなくて、少し寂しかった。

「そうか明日は月曜日か」
曜日感覚が欠落している人間には然程関係の無いこと。
とはいえ日曜日の22時過ぎに帰路につく人々からは、どこかどんよりとした空気を感じなくもありません。
月曜日を迎える感覚、そのルーティーンを少しだけ羨ましく思う自分がいるのもまた、それなりに生きてきたからなのでしょうか。

最寄り駅を出てコンビニに寄ると、疲れた顔の女性がひとり。
彼女もまた…なんて勝手に思っていると、おもむろにドリンク棚から缶のコーラを取り出していました。
500mlの缶のコーラ。ああ、これ安いし、見つけると少し嬉しくなるんだよな。
ペットボトルと違って、開けたら飲み切らないといけないのがちょっとキツいけど。
ここら辺で「他人の観察をしている自分」になんだか嫌気が差し始めましたが、コーラを手にしてレジに向かう彼女は、少しだけ明るい表情に変わっていたように思います。

それぞれの月曜日を経て、今日は火曜日。
次の日曜日には彼や彼女は何をしているんでしょうか。
多分もう会えない、知らない人たち。

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あと1ヶ月したら、新しいシングル「Garden」がリリースです。
リリースイベントは6月29日。
現在はプレイガイドでのみ、チケット販売中です。

自分達の空気を持っていて、それを貫いているアーティストしか出ません。
ヨルニトケルもこの作品を機に、次のステップへと参ります。
色々と楽しみにしていて下さいね。

それでは、いってらっしゃいませ。

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fusetatsuaki

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「気が触れた3月のこと」という自分で作ったキャッチフレーズの通り、終わりを目前にして自分の中の「3月」が発症しました。

虚無感に暴力的な感情が乗っかる感じです。
4月になってもこれを引き摺ると、サクッとパタッといける気がしてしまったりします。
その流れで「blooming suicide」という曲の歌詞も書きました。昔。

3月はライブが比較的多めで、尚且つ新体制で初の遠征とか、初の新曲披露とか、気張ってやることが多かったせいもあり、ようやく無気力のスイッチを入れて良い状態になったんだろうなあと。
全然いらないんですけどね。逆やる気スイッチ。

こんな風になった時にやるべきことというのはわかっていて。
普段もそうなんですけど「自分の空気が悪くならない/自分が空気を悪くしない、そんな環境に自分を置く」ということをするべきで。

要は嫌な気分になりそうな場にはいかない、自分が行って周りの人を不快にさせそうな場にもいかない、ということですね。
「ひとりでいる」というのが最適解に見えるかもですけど、意外とそれは違ったりもして。
なのでこんな面倒な言い回しになるわけなんですが。

ただ、このターンに入ると嘘みたいに言葉が生まれてきます。
きっと感情の起伏が大きくなるからなのでしょう。
同時に曲もつくりたくなります。
なるほど、これが「命を削る」というやつなのか、なんて少し思ったりもします。
いやいや、削りたくない。
「サクッとパタッといけちゃう気がする!」とはいいつつも、根本的には生きていたいので。

電車に乗りながら、奇声をあげる子供や鼻唄を歌うサラリーマンに嫌気が差したらそれはもう重症。
悪意を向けられたわけでもないのに、名前も知らない誰かにこちらが悪意を向けるなんて。
そんな気分になってしまうのもまた、自分が綺麗な人間では無いからなのかもしれません。

とはいえ、泥に塗れてでも何かをあらわした人や苦しみ抜いた後になにかを成し遂げた人を「美しい」と思える心が在るように、僕らどれだけ汚れたって美しくはなれるはずなんです。

春が来ますね。





















fusetatsuaki

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3月も半ば。どうしてもこの時期になると2011年の東日本大震災当時のことを思い出します。
僕はちょうど大学のサークルの卒業旅行で河口湖へと出掛けていました。

震災が起こったのは2日目の昼、当時はスマートフォンではなくガラケーを使っている人が大半だったので、冷静な友達がすぐにワンセグで日本全域に津波警報が出ているのを見て「これはやばいんじゃないか」とぼやいていました。

とはいえ卒業旅行、大きな揺れが一度しか無かったのでそのまま暫く過ごしていました。
ただ、夜になっても電気は点かず。
そのとき初めて、電源が非常用のモノに切り替わっていることに気付きました。
ガスも水道も止まってしまったのでご飯が出せない、と言われ、女子たちがせっせとおにぎりを握ってくれて、「ひとり2つまでね!」なんて言ってたのが印象的でした。
経験したことのない不安が少しずつ押し寄せてきていました。

「どうやら東北がやばいらしい」と聞き、実家にはすぐ連絡が繋がり無事を確認したものの、仙台市に住んでいた弟には案の定繋がらず。
買い込んでいたお菓子を食べながら、身を寄せ合って夜を過ごしていたらば、午前4時頃に電気が復旧。
すぐさまテレビを点けると、皆さんご存知の通りの光景が目に映りました。
そこで初めて、あの惨状を知ったのです。
知らないことは罪だな、なんて思う瞬間でもありました。

東京に戻るとコンビニからはモノが消え、街中の空気が明らかに暗くなっていました。
ひとりの家に着いても落ち着かず、とはいえ旅行の後なので人に会う気にもなれず、テレビは相変わらずなので、まだ肌寒い季節だというのに、エアコンも電気も点けずに眠りました。
愚かさゆえに翌日からは普通にエアコンを点け風呂に入りましたが、見えない不特定多数の為に「少しでも」なんて気遣うことをしたのは、今まで生きてきた中であの夜だけだったのではないでしょうか。

後日、弟から連絡が入りました。
どうにか秋田県を通るルートを使い、ひとまず実家へ戻ったとのことでした。
単車で軽くツーリングした気分、とその時は笑っていたものの、大変な思いをしたという話を後年明かしてきました。
近くの他人よりも遠くの親族の方が彼には必要だったみたい。

「忘れてはいけない」と思っていても、遥か未来にその言葉が通じなくなって意味を無くしてしまった時には、なす術がありません。
沢山の動画や沢山の言葉に記録された事柄ではありますが、遠ざかる程に、現実味を無くしていくのも事実です。

ただ、自分自身が覚えていられる内は忘れずにいたいと思うし、各々があの時どうしていたか、という部分の記憶を話のネタとして繋いでいくだけでも、忘れられてしまうよりはずっと良いと思います。

知らない誰かのことを想う、という感覚に気付けた夜のこと。
穏やかな陽射しの差し込む部屋で、春を繰り返す度に薄れていく風景のこと。

限られた時間と出来事の中でしか僕たちは生きられません。
自分にとってあれはなんだったのか、それさえ忘れずにこれからも伝えていけたら。

小綺麗にまとまってしまって何かちょっとなあ。
誰も責めることが出来なくて、誰も許すことが出来ないことだから、もどかしいです。

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2010年の僕は「気が触れた3月のこと」というフレーズと共に、愛すべき街新宿についての歌を歌ったりしていました。
その翌年に震災が起こり、更にそこから気付けば8年が経ち。
今でも同じ歌を歌っています。生きています。

バンドがここまで自由な空気でやれているのは史上初です。
2019年になってこんな風になるなんて思ってもいませんでした。
人というのは関わる上である程度の気遣いや、それに伴う軽いストレス等を抱えてこそ「張り合い」が生まれて、それが逆に良かったりもするのですが、今の僕たちにはそれがありません。
吐いて吐いて吐いて吐いて、吐き切るまでやっていけそう。
同時にゲラゲラ笑いながら。色んな気持ちを込めて。
最後に笑ったやつが勝ちなら今からずっと笑っててやるよ、そんな気分です。

羊を数えて待つ朝、まだまだ夜は序ノ口。
今夜は寒いのでエアコンを点けています。
少しだけ遠くなった、エアコンを点けなかった夜のことを想いながら、27日に歌う新しい言葉を探しているのです。

顔の無い子供 箱庭の中 遊べないおもちゃで溢れてる
守られるのは大人たちだけ 歪む未来 ここじゃ生きれない



























fusetatsuaki

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