自分が見ている世界をどうしても誰かに見て欲しくなる瞬間がある。それを見せて喜んで欲しくて悲しんで欲しくてたまらなくなる時がある。
でも僕は役者をやりたいから、物語を伝えることに徹するのが僕の仕事だから、自分が見ている景色はあまり関係がないのではと思われ、そうやって普段は封印している自分の景色たちが今は文字となってこのブログになっていたりもする。

そんな僕は
実は短い映画を撮ったことがある。
『何者』で共演した中山求一郎にその映画を見せた時、こんな感想を書いてくれた。とても感動した。


以下、本文

友達ではなく、仲間というべきか。
リスペクトしている、ある男から動画が届いた。
何の説明もなく唐突に。
本人に感想を言う前に何となく記しておく。
動画は『パッヘルベルのカノン』を劇半にした短編の映画だった。すべての作業を止めて観た。
少しずつ引き込まれていき、ある瞬間で鳥肌。
「僕には世界がこう見えているんです」或いは「僕は世界をこう見た」というのが、何の衒いもなく初期衝動として渾然とあるのなら、ここまで瑞々しく人の心に伝わるものなんだと改めて思った。そうなんだと思う。とても共感する。雄弁な言葉よりも、たった一言の囁きが胸を打つことだってある。

その人の世界の捉え方。世界と、人の暗部や猥雑さと、どう付き合って対峙しようとしているか。それが、恥ずかしいくらい鮮明に浮かんでくる短編映画だった。いくらテクニックがあろうが何だろうが、真っ直ぐ伝えたい気持ちに勝るものはない。以上。


今日北野武監督の映画を見ている時に、
僕はこの中山求一郎の感想と同じことを北野映画に対して思っていた。それでそういえば昔こんな感想を求一郎が書いてくれたなと思い出し、探して、ブログに書いている次第である。時間を経て、求一郎の言葉が胸を打ってきた。

北野映画に対して持った感想が、僕の雑な映画への感想と偶然重なったのは、北野映画がまるで初めて映画を撮るような自由さや初期衝動、そして隠された悪に対する注意深さに満ちているからなのかもしれない。

「俺には世界がこう見えてるんだ」

そんな北野武監督の声が聞こえてくるみたいだ。

うん、なんかやる気出てきたぞ。

また明日もよろしくお願いします!


藤原季節
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