月別アーカイブ / 2019年07月

ご遺体を解剖するシーンに参加しているとギューっと胸が痛くなる時があって、それはこのご遺体が恋人や家族だったらって想像してしまう時。自分だったら解剖して下さいって言えるかなって考える

19歳の時から芝居の世界に関わるようになって、自分が死んだりとか、大切な人が死んだりとか、普通じゃ何度も経験出来ないようなシーンをたくさん演じてきた。特に僕はシリアスな映画やドラマに関わることが多かったから、もう何回も役で死んだ。
あとは、グッドドクターの7話では婚約者が卵巣を摘出したりした。その度に命について考えて、自分や身のまわりの人が病気や事件に巻き込まれるのは有り得ないことじゃないんだと知った。だからご遺体の解剖シーンに立ち会う度に想像してしまう。

昔、谷川俊太郎さんの「生きる」っていう詩が好きになって、その中の「かくされた悪を注意深くこばむこと」という一文に疑問を感じていた。なんでこんな綺麗な詩の羅列の中に突然こんな一文が入るんだろう。
でも役者をやっていく内に、だんだんわかってきた。映画やドラマが、隠された悪を教えてくれた。

脚本家の根本ノンジさんの作品には一度出たことがある。『フルーツ宅配便』というドラマで、首にタトゥーが入った清水という役だった。あの作品はデリヘルで働く人たちの日常の優しさや可笑しさと共に、隠された悪が描かれていた。僕が演じたのは悪の部分。でも清水だって隠された悪におかされてしまった一人の人間。

『監察医 朝顔』の素敵なところは、親子や職場での日常の優しいやりとりだと思う。早くその場面が見たくてワクワクするくらい素敵。でもそのささやかな日常の影に、やっぱり隠された悪だったり抗えない脅威が描かれていて、もし身のまわりにこんなことが起きたらどんな気持ちになるんだろうって、大切な人を想像して胸が痛くなる。

生きるってどうゆうことなんだろう、大切な人を守るってどうゆうことなんだろうとか、考えながら朝顔の現場にいるのは貴重な時間。鑑識の沖田にできる仕事は少ないかもしれないけど(*_*)自分なりに頑張ってる。

このドラマに参加できてすごく幸せに感じる瞬間は、川瀬陽太さんがインタビューで言ってたみたいに、朝顔先生みたいな人がいてくれたら、ひょっとしたら大好きな人たちの解剖を頼めるかもしれないなって思う時。それは是非ドラマを観て感じて頂けたら素晴らしいなって思います。

生きてくって超大変で悲しくてキツいけど、希望はあるのかもしれないなあ。

ヽ( ̄▽ ̄)ノ
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すじぼりの配信がU-NEXTで始まっています。

僕が全10話で最も届けたいパートが5話と6話です。5話は明日7月5日(金)から配信です。

富士宮で撮ったワンカット長回しのキャバクラ襲撃シーン。地元の元不良から現役の男たちまで、撮影に参加して大暴れしてくれました。そこに参加してくれた男たちの中にはもうこの世にいない男もいて、でもあの生き様が、生き様の爽快さが画面に焼きついていて、見たときはガッツポーズを全力で決めました。何度見てもガッツポーズです。すじぼりの5話を必ず届けます。

5話は、主人公が初めて「死にたい」という台詞を吐く回でもあります。死にたい主人公の周りで生きようとしていた男たちが死んでいく回です。
普通の大学生が、どうして入れ墨を背中に入れるに至ったのか、その全てがこの5話と6話に詰まっていると思います。

僕はこの主人公の滝川亮は結構すげーなって思います。確かに性格がデフォルトでクズすぎるし行動が危険すぎて、口コミでも軽く炎上してるけど。
3話で借金のカタにハメられて資金集めるところの生命力なんかもうハンパじゃねえなって思うし。
すじぼりの滝川亮を見てるとなんか涙が出てくる。バカで危険すぎて。特に5.6話なんか。
わからないから吐く。
悔しいから泣く。
寂しいから殴る。
伝えたいから殺す。
絶対に手離さないというか噛み付いて離れないあの野良犬のような弱さが好きです。
滝川亮の日常は退屈すぎるものだったけど、暴力に出会って変わっていき、そして5.6話で爆発する。その爆発っぷりが好きすぎて。是非見て欲しいです。こういう言い方したくないけどあえて宣言させて下さい。めっちゃ笑えると思います。

なにもない日常を送ってる今の若者ってマジ強ぇぞ?って感じです



そして、すじぼり5話の配信日である7月5日(金)はテアトル新宿で短編主演映画『鼓動』の上映が始まる日です。
5日、6日、8日と三日間だけの上映です。DVD化の予定もないのでココで是非観て頂きたいです。

鼓動の撮影は僕が平成の最後にどうしてもやらなければいけない作品でした。平成の終わりに主演映画を立て続けに撮り、すじぼりを乗り越えた僕はもう空っぽの状態で、引き出しを開けても何も出てこない。このまま俳優を続けるのは無理かもしれないと思うまでに自分を殺してしまいました。
そしてこの短編映画の中で生き返ってきました。劇中の中で生き返ることにしました。

これまでの自分との決別。
平成の終わりに明日から社会人になる主人公が過去の自分との決別をする。許す。その『鼓動』という物語を自分の人生に取り込みました。
許すということは、まだ難しい。自分を許す、誰かを許す。それはすごく大変なことだし、それが出来たら役者を続けてなかったかもしれない。

明日、品田誠監督とテアトル新宿の舞台に登壇します。それは僕らにとって特別な時間になると思うし、観に来てくださる皆さまにとっても特別になってくれると信じています。


劇場で待ってます。
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