2019.12.26
hisの中で好きな台詞がある。
このシーンはhisを試写で観た人からも最も感想が多い。迅が自分がゲイであることを白川町の人たちに話すシーンだ。その台詞は書いちゃいけないのかもしれないけど、世界を敵のように決めつけて自分が心を閉ざすのではなく、自分から心を開いてみるべきだったと迅は話す。
誰かに好きになって欲しかったら、まず自分がその人を好きにならないと。
これは僕自身、演出家の加藤拓也にも言われて大切にしてること。『貴方なら生き残れるわ』という高校バスケの舞台をやった時、キャストは男性だけが30人以上がいた。高校生たちの話で、新入生役のキャストたちは稽古が始まって少し経ってから合流することになっていた。先に稽古に入っていたメンバーはバスケの練習も何度もしていたからすでに打ち解けあっていた。その新入生を迎えたとき、やっぱりそこに少しの溝が生まれた感覚があった。新入生役のキャストは試合のシーンもないのでバスケの練習に参加する必要もなく、一緒に過ごす時間も減っていった。俺たちは「あんまり馴染んでこないよね」なんてことを言っていたら、加藤拓也に怒られた。「自分が相手を好きになってないのに、好きになってもらえるわけない」そう言われた。「好きになって欲しかったら自分から好きにならな」

誰かを好きになるって難しいことだと思うし、でも大切なことだと思う。人を好きになるためにはまず自分の心が人を好きになれる状態でないといけないし、相手の素敵さを発見できる状態でないといけない。そのヒントはやっぱりスマホの中には無くて、自分の目で見て感じていないといけない。一目惚れされる時というのは自分が一目惚れしている時なんだと思う。

誰かに愛されたいと思ったら、まず自分が愛を持たないと。自分の作品を愛してほしいと思うならまず自分がその作品を愛さないと。

自分が作品に立ち向かう時、どれだけその作品を愛していられるかは僕にとって結構大切なことだった。2019年は多くの作品に関わらせていただいたけど、物語の中心になる人物を演じる機会をやっと得ることが出来て、そのとき作品に対する愛をどれだけブレずに持っていられたかが自分を支えたと思う。作品に恵まれた。やっぱり心が折れそうなときはあったから。

2019年に撮ってきた作品は1月から早速公開が始まる。1月のスケジュールを書いておく。
1月18日から二週間、池袋のシネマロサで始まる主演映画『鼓動』。品田誠監督作。シネマロサではhisと同時上映ということになる。シネマロサで皆に会えるチャンスがこの時期たくさんある。走り回る忙しい1月になりそう。鼓動のことも改めてブログに書こう。平成の終わりに撮った俳優としての始まりの映画、ずっと大切にしたい映画。
鼓動初日の1月18日の夜にもイベントがある。新文芸坐『すじぼり』オールナイト。1話〜8話まで、原作すじぼり完結まで一気に見れるというクレイジーな企画。ハロウィンの夜に小林勇貴とのトークショーですじぼりチームの人たちに頼み込んだら本当に実現してしまった。同世代の俳優もすじぼりオールナイトを知って、これは行きたいと言ってくれた。きっと皆すじぼりを1話からチマチマ観る心待ちになれなくてオールナイトを待っていたんだよね、そうだよね、一気に観たいんだよね。それは・・・楽しみだねええ🤣🤣🤣
そういえば1月18日は誕生日だ。新しい一年の幕を開けられるように、鼓動とすじぼりで誕生日を迎えたい。デカくて鋭い鼓動とすじぼりで。
1月21日、22日は春の朗読。
これは自主企画でやってる舞台で、前回の秋の朗読の好評や反省もあって、ずっと次回を狙っていたんだけど、この忙しいタイミングであえて朗読をやりたいと思った。なぜこのタイミングにあえて朗読をやろうと思ったのか、そして冬に春の朗読をやるのかはまた改めてブログに詳しく書こうと思う。
翌日の23日からは舞台『誰にも知られず死ぬ朝』の稽古が始まる。加藤拓也作、演出。
そして1月24日からは『his』の劇場公開が始まる。

なんで朗読をやってるのかと言えば、前回のブログにも詳しく記したけど、まず単純に僕の憧れがある。宮沢賢治を大声で読んだら気持ちいいだろうなぁというピュアな憧れ。そのピュアな気持ちに呼応した仲間が今回は7人も集まってくれた。濃ゆいメンバーが集まったので賑やかになりそう。このことはまたブログに書こうと思う。朗読だからといって堅いものではないし、みんなの楽しみになるような公演にしたいので、いっぱい遊べたらなと思うし、自分が宮沢賢治やシェイクスピアの作品に対してどれだけ愛や責任を持てるかは本当に勝負だと思ってる。勝つか負けるか楽しみ。
来年は朗読できるかわからないし、朗読をやるときはロビーで皆と話せるので自分にとってナイスなチャンスだと思ってる。本当はhisが公開した後に直接感想聞きたかったけど、ぜひ観る前に会いにきて話したいです。

2019.12.28
物語が消滅していく時代に違和感を覚えている。自分の中からも物語が消滅しかけていたことに気づいた。その逃げ場として春の朗読をやろうとしていたがそれは間違いだった。物語を失うと想像力を失っていく。想像力を失うと人に優しくすることが出来なくなる。ご飯の味もしなくなる。お米がたくさん食べられることも当たり前だし欲しいものがなんでも手に入るのも当たり前になり、頭が真っ白になるような喜びも愛情も、胸が痛くなるような怒りも哀しみも感じられなくなっていく。それが物語を失っていくということだと俺は本気で思っている。俺は意志が弱いから、同世代の作家や監督や俳優たちよりも強くないから、こういうことを時々文字にしないと心が折れそうになる。

2019.12.30
誰かのために。そういう気持ちでいるとプレッシャーに押しつぶされそうになって、自分はなんで朗読をやりたかったんだっけって悩んだ。すごいことがやりたい見たことない景色を表現したい目立ちたい、そんな気持ちだけでいると途端に想像力が止まってしまって、何もできなくなってしまった。12月29日の稽古納めの前日も、明日どうすればいいんだろう、なにも演出思いつかないし、どうしようって真っ暗な部屋でロウソクの炎眺めてた。それで自分が子どもの頃から好きだった映画見たりしてみて「稽古をやめよう」と思った。自分が自分の利益とか、したいやりたいそんなことのために稽古をしても自分の心は何も動いてくれないんだと知った。もっと皆を信じてみよう、みんなの話を聞いてみよう、みんなの心に触れてみよう、そんな稽古にしたいと思って、関係ない本とか稽古場にばらまいて、たまたま拾った本の一行だけをメモしてそれで物語を作るっていうゲームをしたり、自分たちが好きな物語を紹介したり、くじ引きで当たったメンバー同士で写真撮ったりした。
本当に素敵なメンバーが集まったなと感動した。自分が朗読でやりたいことが少しわかった気がする。自分は物語を持っていられる俳優になりたい。やっぱり俳優でいたい。その気持ちが誰よりも負けてない。誰かのためにとか、周囲の期待とか、そんなことのためじゃなくて、自分が何に感動して何を見て何を伝えたいのか、それを丸裸の心で表現できる場所を手に入れたかったんだ。俳優として自分の身体で自分の声で空間を埋めたかったんだ。苦しんで苦しんで、そのことがわかった瞬間、心が晴れた。
ブログ書かなきゃ書かなきゃって思ってずーっと書けずにいて、なのに心が晴れた瞬間、言葉が止まらなくなった。自分が好きだった映画が、映画の台詞が蘇ってくる。
みんな年の瀬の夜をどう過ごしてるんだろう。強く生きてる。「ガキはガキなりに、考えて生きてんだよ」
考えて生きてるんだな。孤独で切ない年の瀬の夜を、それぞれの夜を越えていくんだな。

2019.12.31
夢から目覚める。夢の中は学校の教室で、クラスは文化祭かなんかで盛り上がっていた。みんながゾンビの仮装をしていた。俺はその空気に何となく馴染めずにいる。でもクラスの人は俺のことをどうやら好いてくれているようで、向こうは俺のことを知っているのに、俺は知らない。もう高3なのに、クラスの人や廊下にいる人は知らない人ばかり。
俺はある喧嘩に巻き込まれてしまって、相手に手を出してしまう。それから、その責任を追及されて廊下の端で不良たちに詰め寄られてしまう。首元に小刀のようなものを突きつけられて謝れと言われる。俺は恐ろしくなって謝る。でもそのあと、本当にこれでいいのかと思う。後にどうなってもどんな怖い目にあっても、ここでナメられたままでいいのかと思う。そして階段を降りようとするその不良の背中にドロップキックをかます。殺してしまったかもしれない、そう恐れながら俺は階段を駆け下りて学校の外へ向かう。そこで目が覚める。

ブログを書かなきゃって思ってこうして25日あたりから文字を書いていたけど全くしっくりこなくて、結局その経過もまるごと載せてみることにした。自分の迷走ぶりがけっこうわかる。その文章を誰かに読んでもらうために書いた文章が次第に自分の書きたい文章に変わっていってる。自分の中で裏と表が重なっていって、バラけそうだった藤原季節がまとまっていって、12月31日を迎えることが出来た。俺は裏と表がたまにバラけそうになってしまう。自分という人間が何者か見失いそうになる。バラけない人もいる、そういう人はスターだ。このまえ松田翔太さんに言われた。「日本中友達にしちゃえばいいんだよ、友達なんてコロコロ変わらないだろ?」自分もそうなれるようにギリギリまで食らいついている。
今朝見た夢はなんだったのかわからないけれど、そんなに嫌な気持ちはしない。きっと今の自分、そしてこれからの自分を表してるんだと思う。この夢の話は、文章だけ見ると怖い話だけど、実際は夢の中にも少しだけ登場人物がいる。俺が逃亡するときに助けてくれたやつ、クラスの中で俺を好きになってくれたやつ、担任の先生や憧れの人。昔から夢に出てくる人は好きになりやすい性格だけど、だからその人たちの登場もあって、目が覚めたときは清々しかった。ドロップキックなんて夢の中でしか出来ないしね笑
来年は確実に激動の一年になる。それは自分にとっても、日本にとっても。想像もつかないことが一年後には確実に起きてる。自分にとっても、日本にとっても。価値観も急速に変わってゆく。hisを経て、ジェンダーの問題に関わらず、今の日本で急速に変わっていく価値観を見つめたし、理解できないことや古い価値観に傷つき、苦しんだ。その激流の2020年の中でいかに自分を見失わずにいられるか、それは物語を持っていられるかどうかだ。伝えたいことがあるかどうか。忙しさは物語を消滅させてしまう。身を粉にして役を演じるということは誰かの物語に没入してゆくこと。そうすることで自分は磨耗し空っぽになってゆく。でもそこで本当に大切なものを守り続けてゆけるか、そうじゃないと本当に演じたい役に辿り着くことは出来ない。消耗して、消えてゆく。
12月25日のクリスマス。主演映画の撮影で仕事納めをしたとき、全て失うと思った。信頼も、尊厳も。東京に戻って、何をすればいいのか絶対わからなくなると思った。怖くて怖くて涙が止まらなかった。一つの作品に本気で関わるってそれぐらい怖いことだと知った。
何も特技がない足も速くなかった自分。何もかもが満たされていて欲しいものが手に入るこの時代に、頭が真っ白になるような喜びや哀しみをどう味わってゆくのか。俺たちはゾンビじゃない。自分にだってできること、生まれ落ちた理由があるはずだ。ずっと、ずっと考える。くだらないと言われても考える。

2020年はその答えが少しだけ出るはずだ


藤原季節
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