ご遺体を解剖するシーンに参加しているとギューっと胸が痛くなる時があって、それはこのご遺体が恋人や家族だったらって想像してしまう時。自分だったら解剖して下さいって言えるかなって考える

19歳の時から芝居の世界に関わるようになって、自分が死んだりとか、大切な人が死んだりとか、普通じゃ何度も経験出来ないようなシーンをたくさん演じてきた。特に僕はシリアスな映画やドラマに関わることが多かったから、もう何回も役で死んだ。
あとは、グッドドクターの7話では婚約者が卵巣を摘出したりした。その度に命について考えて、自分や身のまわりの人が病気や事件に巻き込まれるのは有り得ないことじゃないんだと知った。だからご遺体の解剖シーンに立ち会う度に想像してしまう。

昔、谷川俊太郎さんの「生きる」っていう詩が好きになって、その中の「かくされた悪を注意深くこばむこと」という一文に疑問を感じていた。なんでこんな綺麗な詩の羅列の中に突然こんな一文が入るんだろう。
でも役者をやっていく内に、だんだんわかってきた。映画やドラマが、隠された悪を教えてくれた。

脚本家の根本ノンジさんの作品には一度出たことがある。『フルーツ宅配便』というドラマで、首にタトゥーが入った清水という役だった。あの作品はデリヘルで働く人たちの日常の優しさや可笑しさと共に、隠された悪が描かれていた。僕が演じたのは悪の部分。でも清水だって隠された悪におかされてしまった一人の人間。

『監察医 朝顔』の素敵なところは、親子や職場での日常の優しいやりとりだと思う。早くその場面が見たくてワクワクするくらい素敵。でもそのささやかな日常の影に、やっぱり隠された悪だったり抗えない脅威が描かれていて、もし身のまわりにこんなことが起きたらどんな気持ちになるんだろうって、大切な人を想像して胸が痛くなる。

生きるってどうゆうことなんだろう、大切な人を守るってどうゆうことなんだろうとか、考えながら朝顔の現場にいるのは貴重な時間。鑑識の沖田にできる仕事は少ないかもしれないけど(*_*)自分なりに頑張ってる。

このドラマに参加できてすごく幸せに感じる瞬間は、川瀬陽太さんがインタビューで言ってたみたいに、朝顔先生みたいな人がいてくれたら、ひょっとしたら大好きな人たちの解剖を頼めるかもしれないなって思う時。それは是非ドラマを観て感じて頂けたら素晴らしいなって思います。

生きてくって超大変で悲しくてキツいけど、希望はあるのかもしれないなあ。

ヽ( ̄▽ ̄)ノ
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