秋雨前線が早々とやってきて、少し肌寒いですね

こういう時ほど体調に気を付けて頑張っていきましょう

 

それでは今回も引き続き、

「人生に深い関わりがある数字」

のお話をしていきます



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≪いつまでもチャレンジ精神を忘れない≫

 

 

"奴隷解放の父"と言われるエイブラハム・リンカーン。

第16代アメリカ合衆国大統領となった、

彼は常にチャレンジ精神とともにありました。

 

彼の両親は、文盲でしたが、地元に貢献しており、

広大な土地と多くの家畜をもち、地元民からの信頼が厚く、

経済的にも裕福な家庭でした。

飲酒やダンスを制限する、厳格な協会に家族は通っていましたが、

彼自身はまっとうな教育を受けていません。

 

1832年、23歳でイリノイ州議会議員に立候補するも落選。

しかし有力な支持者や知名度が足りないことが問題だと考え、

自力で弁護士になることを決心。

がむしゃらに書物や専門書を読み、弁護士になるため自力で学びつつ、

2年後に二度目の出馬。

前回での失敗を糧に、地区内で地元民と握手するなど

地道な活動に力を入れ当選しました。

見事、弁護士にもなりました。

 

その後は、1846年に合衆国下院議員にも選出されましたが、

もっと自分の理想の政策を行うため、1860年に大統領へ立候補します。

 

リンカーンは190センチを超える長身と、一度目の落選で、

"たくさんの人に演説を聞かせなくてはいけない"ことを学び、

遠くまで届く声の出し方を会得していました。

ウィットに富んだ話術で、彼の演説は子供ですら聞き入ったほどだそうです。

 

そして、190センチを超える長身の彼は瘦せ型で、頬高だったため、

頬がこけているように見えました。

 

大統領を目指して、多忙な日々を送る彼の事務所にある時、

小さな支持者から手紙が届きます。

それは、父親がリンカーンの支持者だった少女からのもので、

あなたは、ヒゲをたくわえた方が、もっと威厳が出て、見栄えがよくなって、

奥さんがきっと旦那さんにあなたへの投票を進めるわ

(当時女性は選挙権を持たなかった)

と書いてありました。

 

この可愛いファンレターに、彼は喜びますが、ヒゲを伸ばしたことがなかった彼は、

当初半信半疑でしたが、ヒゲを伸ばすことにしました。

すると、そのおかげか見事当選!

何とヒゲを生やしてから、アメリカ大統領に当選したのです。

 

弁護士になる、政治家になる、大統領になる、

と決めてからの彼の行動は、常に攻めの姿勢。

そして、54歳の時にゲティスバーグ演説を行い、

「人民の、人民による、人民のための政府」という

世界で最も有名なフレーズを残しています、

 

 

自分にとって経験したことのないことでも、

臆せず、チャレンジする。

 

人の意見に耳を傾ける心の余裕を持つ。

 

それがきっと彼の成功の要因なのではないでしょうか。


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新しいことにチャレンジする心はいくつになっても強いですね

自身にとって新鮮なことに出会ったら、まずYESと言ってみましょう





イヴルルド遙華