シン・ウルトラマンを観て来た。
とても期待して行ったのだが、あっさりとそれを上回る傑作となっていた。
劇中与えられる情報量の緩急バランスも抜群の中、庵野脚本に染まる泥臭い人間達の世界に巨大な禍威獣(怪獣)が暴れ宇宙人が暗躍し、その中でウルトラマンがまるでひとつの概念のように存在する。
今回シン・ウルトラマンが多くの人の心を掴んだ理由のひとつは明確だ。
それは、諸々なかった事にしなかった点だ。
当時(1966年)の製作過程で生み出されたナチュラルに粗い部分をそのまま現代解釈に置き換えてみせた。
「なかった」事にせず、愛を込めリスペクトしている側面を多く感じた。
むしろその粗さが最重要と言わんばかりに、過去の引き算ではなく足し算で構築されているのだ。
傷があるならば隠さず見せるスタイルだ。
シン・ウルトラマンはディテールを現代に置き換えてはいるが、決して2022年の新しいウルトラマンを作りたいのではなく、1966年のウルトラマンを“今”制作しただけなのだ。

そして無機質に見えるウルトラマンは人間以上にココロを宿した生命で、本来のココロを忘れつつある人類に対するアンチテーゼにもなっていた。

この作品は可能ならば劇場に足を運んで観てもらいたいと強く感じる。
それほど素晴らしい出来上がりになっている。

ちなみにパンフレットは完売だった。しょんぼり。

この日は消防出張所のイベントで車庫が開放。

息子が自前の横浜消防服でレンジャー車両を観察していると、






「これつけたらもっといいよ!」と、隊員の方がヘルメットを貸してくれた。

強さは優しさ、優しは強さ。



先週、港区にあるお寺「宝珠院」さまでバナナアートのワークショップをした話を書いた。


この翌日、SNSを見た30年前の中国留学時代の仲間から連絡がきて

「あの住職さま留学時代の仲間だよね?」と言われた。


そんな訳ないだろうと交換していた名刺を見たら名前が一致。


まさかの30年前に同じ中国にいた仲間だった。

すぐお寺に電話してその旨を話しお互いビックリ仰天状態。

これは一体どういう巡り合わせなのか。

偶然という言葉がチープに思えるくらい不思議な体験。


だって30年後に片やお寺の住職になっていて、

片やバナナを彫る人になっていて、

ワークショップの場所がそのお寺になるなんてある?


いまだに信じられない気持ちでいっぱい。

偶然とは確率。
確率とは数字だが、それ以外の“何か”がないと考えられないと思う。


今宵はアマチュア無線で新横浜ローカルの定期ミーティング。
電気が通じていない秘密基地で話しているので、ランタンの明かりが余計に怪しい会合感を醸し出す。
ほとんどお会いした事ない方々との会話に混ざるのはとても有意義に感じる。
さすがご近所さん。
まるで隣で話しているように音声がクリア。
みんな「プレバト観たよ」なんて言ってくれる。嬉しいねぇ。

東京タワーの下、芝公園に位置する宝珠院さんで御朱印帳作り+バナナアートという異色コラボのワークショップ開催。
大変盛り上がり自分のテンションも上がる上がる。
終わったあとはご住職さまと一緒に。



御朱印帳作りは僕も参加。

とても納得できる一冊が完成。



書道家でアーティストの敦心さんも参加。

そして、誰もが驚くことになったのは…



帯がなんとバナナアート!!

この日のために手描きで準備してくれたそうだ。

その熱量と技量に感激。とても素敵な帯。

敦心さんは以前からバナナアートを楽しんでくれていたのだが、お会いするのは今回は初。

嬉しかったなぁ。

参加していただいた皆様、主催の鎌倉御朱印工房様、そして宝珠院様ありがとうございました。

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