月別アーカイブ / 2021年05月


師匠や先生が存在する世代は、
とにかく最短で上達しようとする。
とにかく最短で経験を積もうとする。

だけど、最短で理解したつもりのその経験は、残念ながら師匠や先生のものであって君のものではない…

仮に最短で成長する願いが叶ったとしても、ここぞって時のプレッシャーや緊張感にはきっと勝てない。

つまりは、本質的な力とは言えない。

結局のところ。
本番や現場で本当に役立つ力というのは、「失敗」という経験をたくさん積んだ者だけに身についていく。

それだけは師匠や先生でも教えられないことである。

だから、いつも僕が声掛けするように「ゆっくりでいい」のだ。
器用ぶって上手くできるよりも、たくさん失敗して起き上がる数を増やして欲しい。

僕がよくレッスン中に、「よく起き上がった!」と声をかけるのは、起き上がった回数こそが正真正銘本人が実際に積みあげた経験値になるからである。

もしも起き上がれない時には、応援できるから大丈夫。こちとら、失敗から起き上がった数は誰にも負けてない自負はある。

だから、正々堂々と失敗すればいい!🙌


本当に世界が美しいとか、とことん広いとか、実は狭いとか、そんなことが理解できるのは"おっちゃん"になった証拠なのかな…?(笑)

「ここがきっと地球の端っこだわ」と実感したあのクウェートの360度広がる砂漠は、端っこどころか実は地球のド真ん中で、やっぱりそこから世界が広がっていて、繋がっていて、この新型コロナウイルスも結局は地球で共有する問題…

って、長男も次男もパパと一緒に寝てくれないんだが!!😭


現役時代は誰よりも努力というよりも、1回できたことを100回目にも成功させる完成度を目指した。

100回目の心の在り方体の疲労感、そして集中力を計算し全てコントロールできるかどうかは日頃の練習内容によるものだと信じた。


試合でも完璧に滑れることなんてなかった。
常に前後左右にバランスを崩しながら、また、体の疲労を感じながら"完璧"な場所へと重心を近づける努力を繰り返して滑っている。

その難易度に魅了され、30年もアスリートが続いた。
カリフォルニア州の山奥にある施設で一人で何週間もこもって練習することも少なくなった。己の体と心にとことん向き合うスポーツ。派手なのは見た目だけで、練習は地味で孤独なスポーツである。

自分が転倒した形からイメージの中で動きを逆再生し、どこに原因があったかを追求する。見つけた箇所を修正するように体が動く限りは何度でもトライし、できるだけたくさんの失敗と成功の体験を積んでいく。

もしも他のアスリートより優れたものがあるとするなら、こういった作業を楽しみながら没頭できる力だろう。

運動能力の低さや臆病な性格は己を守る手段としてうまく活用し、全て武器にしてきた。何が危険で、何を回避しなければならないかを把握できるまで、とことん向き合って自分なりのパターンを作った。

試合やショーをしている時の僕はあくまでも演出であり、実は一人で楽しんでいるのだからほっておいて欲しい。このスポーツに感じる魅力はそこにある。ここまで己と向き合えるスポーツはない。

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