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おはようございます。

萎れることなく

鮮やかに


そんな一日で

ありますように…


今日も一日、無理せず焦らずボチボチとい(行)(生)きましょうね。



ホントに穏やかであってほしい…( ´-ω-)

どーでも良い話です、読みたい人だけどうぞ
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上の画像は書き込みの内容と一切関係ありません。
























「彼」からまたコメントが来た。

ながーいコメントで、なんでも、俺が「嘘」を言っている…とのこと。

その「「嘘」といっている箇所」を見てみると…


…あ、確かにそう書いてある…


俺が嘘を「ついていた」んだよな、これは。





心が折れた…。








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こんばんは。

皆さん、今日一日お疲れさまでした。

ゆっくり休んでまた明日…

まだ仕事中、またはこれから仕事の方、体調に気を付けて…


ボチボチとい(行)(生)きましょうね。























人は「学ぶ生き物」だろうか?





そうであってほしいんだ




なんとなく思ったことを「言葉」にしてみました。



9・11世界同時多発テロから今年で18年が経つんだって。

その頃生まれた子供は今は18歳(当たり前だf(^_^;))。

当時28歳だった俺も、今や46のおっさん。

早ぇなぁ……。


一日一日穏やかに感じたり慌ただしく感じたり…いろーんな「日常」を過ごして「今」に至る。


ああいう出来事が起こり、世界が一時混乱して、このままだと世界はどうなるんだろうか…と、無茶苦茶不安を感じていたことを覚えている。

今は…どうだろうか…?

世界を巻き込むほどの「虐殺戦争」みたいなことは起こっていない。

それで「不安」が消えたのかな…?と考えたら………そうでもない状況があちこちに散らばっている。

俺と言えば、そういう不安を抱えながらも、目の前の「日常」に一喜一憂しながら、自分自身の「今」を生きる事に必死になっている…

俺だけじゃなく、そういう気持ちの人は少なくないはずだ。


だから、「忘れてしまう」っていうか、生きていく上での「優先順位」として、そういうものを「後回し」にしてしまいがちなんじゃないかな…と思う。

実際俺もそういう「日常」に生きる大勢の一人。


でも、時々記憶が「ギュン」と巻き戻されるような感覚で、「あの頃」に戻る。


深夜にテレビで見た「圧倒的な破壊」を。


そこから始まる「泥沼の争い」を。



その記憶が俺の中からなくならない限り、どっかで少し歩みを止めて、自分以外の「広い世界」について、考えていくことを続けていかなくちゃならないんだろうな…

と、そんな事を考えた。


「世界」に限らず、「自分自身」の事についても。


「正義」を振りかざしていないか

俺は俯くことなく歩けているか


慌ただしくも穏やかで、明るい日々がこれからもずっと続きますように…


明日一日、皆さんにとって良い「風」が吹きますように…(`人´)パシッ!!


読んでくれてありがとう


では、また。


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