1週間ブログを書いていこうと思います。

起業をプロジェクト段階で進めているところです。起業するにあたり、現実に揉まれていく毎日をこれから過ごしていくと思います。僕は現実にぶち当たっていく上で、この過程は理想を実現するためだと思っています。だから、この理想を忘れては、起業をする意味はありません。これからなぜ自分が起業をするのか、それまでの本格的に現実に揉まれていくまえに自分の描く理想を一回整理しておこうと思い、このブログを書いています。

まず初回は、大学生になって出会った方々もいますし、高校卒業以来、身を潜めていた(笑)ので、今までの自分の人生を整理し、伝えたいことを書こうと思います。

僕は、1998年に生まれ、今年22歳の慶應義塾大学経済学部の2年です。なぜ、2年で22才かというと、大学に入るまでに二浪をしたから。
少し長いストーリーですが、読んでいただけると幸いです。

僕は、教育熱心な家庭で育ちました。母親はスパルタで、週6で学校の放課後には習い事が入っていました。だから小学校時代、放課後に友達と遊んだことがほとんどありません。(人と違う経験をたくさん積ませてもらったことに、今はとても感謝しています。)
そのおかげもあり、兄も僕も九州のラ・サール中学に受かることができました。

ラ・サールに入ってからというもの、僕はあの役職につきたい!!とずっと思っていました。
それは「応援団の白軍団長」です。

僕は小学校時代、兄が入学していたラ・サールの体育祭を親と毎年見に行ってました。中心でカリスマ的なリーダーシップを発揮する団長を見て、僕は子供心ながら心の底から憧れたのを今でも覚えています。

そこで、僕は過去の団長が頭が良い人が多く、学年で圧倒的な信頼を得ていることを先輩から聞いていたので、「団長になるため」に勉強を頑張り、日頃からリーダーシップを取ろうと決めました。(もともと仕切るのが大好きですが笑)
中学に入っても、中学受験で燃え尽きることなく勉強を頑張りました。学年では常に30位以内にいたし、バレー部では中高ともに主将を務めました。

団長が決まるのは、高校2年の夏。
僕は、周りの支えのおかげで、団長に指名されることができました。そこで団長に決まったことはとても良かったのですが、僕は愚かなことにここで全く勉強する意味を見失ってしまった。
だって、僕の中学入学後5年間の勉強する理由は団長になるためだったから。

団長に指名されてから、高3の体育祭が終わるまで死ぬ気で応援団はやりきりました。「どうしたら白軍が勝てるのか」「応援団に楽しんでもらえるのか」、本当に1年間考え続けました。そこで150人の組織を率いるという経験ができたのは、今でも人生最大の財産です。

しかし、僕は高2の夏で全く勉強をするのをやめました。流石にやばいと思い、頭の良いグループと勉強したり、東進に行ったりしましたが、どうやっても自分が燃えることがなかった。頑張れない自分に嫌気がさし、自分に全く自信がなくなり自分の頭で考えることもやめました。だから、周りの流れに乗っかって、センター試験706点で東大文2を受けました。
結局受かることもなく、福岡の北予備で浪人しました。1浪目はそんな自分の状況で勉強に集中できるわけもなく、勉強をしてるふりをしながら当時好きだった女の子にどハマりし、その子以外なんも見えなくなりました。結局1浪目も東大に受かるはずもありませんでした。本当に愚かです。
そして、1浪目が終わった3月。親にまじでキレられました。そこで、期待を裏切っていたことを心の底から反省し、2浪目は親を見返すために必死に頑張りました。そして、2月23日慶應に受かりました。僕は受験をする意味は親を見返すためだったため、慶應で親も満足するだろうと思った。だから、東大受験のとき、油断が出た。結果は不合格。

僕は利己精神、承認欲求、見返すなどのコンプレックスなどから湧き上がるモチベーションでは本当に頑張れません。 

慶應に進学しましたが、ここからが本当に地獄でした。自分はどれだけ頑張っても無理だ、なんも人生なんて楽しくない、本気でそう思ってました。あの頃の輝いていた自分なんていない、本当に死んでもいいんじゃないか、とも思ってました。遊んでも楽しくないし、大学の勉強もつまらない。
でも今の状況を変えるには行動はしないといけないと焦り、自分の自己肯定感、自信が回復せず、自分の心が落ち着いていない時に、1年の6月からインターンに行った。インターンでも、できないことが多く、自己肯定感は下がるばかりで7月末に辞めた。そこで僕はもう全てを止め、自分が心の赴くままに過ごすことにした。7月8月9月はたまに部活に行って、そのほかは自分が本当に好きな人と遊んだり、家でYoutubeを見まくったり、気の赴くまま過ごした。なにもやらない罪悪感はとてもあったが、なにもやる気が起きなかった。

でも、そんな毎日を過ごすなかで、そんなどん底な僕を信頼してくれる友達がいることに気づいた。どん底にいた自分を好きになってくれる人がいるんだと、とても心が救われた。(その1人が今の彼女なんですが笑)

10月くらいになって、昔の心が戻ってきた。そして、自分が輝くのは仲間を巻き込んでなにかを成し遂げて行く時、そして、夢中になっている自分の時には負けたことがないということにふと気づいた。そこで友達と一緒に起業をしようと誘ってくれた。
ここから先の話はまた次の投稿で。

この経験から伝えたいこと
①夢、目標について
こうやって振り返ってみると、僕にとって「白軍団長になって白軍を強くする」、このことは自分自身を突き動かし、熱くさせる「夢」だったんだなと感じています。だから、中学と高校の途中まで頑張れた。でもこの夢は18歳で叶ってしまったのです。そこから、生きる目的がなくなってしまった。

目標は達成したら、また設定するか、それ以降僕みたいに本当に心の底から立てれる目標がない場合は止まってしまいます。
目標なんて作らないし仮説検証が楽しい!っていう人や、一生涯かけて達成したい目標がある人はいいと思います。

目標がないと頑張れなくて、目標が今ない人が目標を描く時には、出来るだけ時間軸が遠い方がいいです。
そして、何より、目標がないときには、心に従い、目標を探すための行動を行うことが大切です。

ここで、沈んでいた2年間の僕の致命的なミスは、目標がわからない時に、目標を探す行動をしなかったこと、心の声を聞かず、行動してしまったことです。
自分の心が乱れてると思ったら一回立ち止まること、そして復活したら自分の心が踊るままに行動してみることです。そしたら、またいつか、したいことに出会えます。ここは早く目標を見つけなければならないと焦るかもしれませんが、自分の心に嘘をついてはいけません。

自分が10歳の時に覚えた、団長への憧れ、絶対なるんだって言葉に出そうと思って出したことは一度もありません。なぜなら、本当に心の底からなるんだって思っていたから。自分がなりたい姿を言葉に出すべきという考えがありますが、本当に自分がなりたい姿に本当に心の底からなるんだと思っていたのなら、自然と言葉に出るはずです。
焦る気持ちもわかります。でも、自分の心に嘘はついてはいけません。心に感じた直感を大事にしていきましょう。

自分が変わろうと行動できていると、自分が変わる前のコミュニティがリトマス紙のように反応を示します。僕は大学に入ってから何事も行動だと思い、一年の6月からインターンに行きました。その時、変わる前のコミュニティから言われたのは、斜に構えてるという言葉。言われた時は大変傷つきましたが、僕が変わろうとしていた証拠だと思っています。

今、思えばぼくはなにかを成し遂げようと思った時は最初は絶対にある一定数から嫌われてました
でも、嫌われた人たちを巻き込んで結果を出せば認められるし、感謝されるんです。ずっと嫌われるのが怖くて、SNSの更新もしてませんでしたが、まず嫌われるのが最初だと思い、今日筆をとっています。

②モチベーションの根源について
僕は「正負の感情理論」と呼んでいるのですが、モチベーションが負の感情に依存しているといつかは負けると思っています。
正の感情とは、知識欲、達成欲、知的好奇心など直感的によいと考えられる感情のこと、負の感情とは、承認欲求、コンプレックスなどの直感的によくないと考えられる感情と定義します。
なぜこの理論を持っているかというと、それは自分の原体験があるからです。
僕は、白軍を強くしたい、仲間のためにはなにが出来るかと必死に考えてたあの時は利他精神という正の感情がモチベーションの根源でした。だから、なんでそんなに頑張ってるの?と問われても、カエルになんで飛んでるの?と聞いてるのと同じ感覚で、努力をしているというより、夢中でした。
一方、受験の時は親を見返したいというエゴという負の感情がモチベーションであったため、努力をするためには根源である負の感情を増幅しなければならず、幸せではありませんでした。そして、負の感情を根源にしており、それが入試2日前に満たされたため、僕は東大に落ちました。
なぜ負の感情をモチベーションにしてると正の感情をモチベーションにしている人に負けるのか。
負の感情はなにか成功すると弱まるからです。僕が慶應に受かった時に、親を見返したいという負の感情が弱まったように。このように、負の感情はいつかは枯れるもので、成功するとエネルギー量が薄れてしまいます。だから、いつかは止まってしまう。
また、負の感情をモチベーションにしているとそこを増幅させて頑張ろうとするから、自然と負の感情が増幅してしまってます。それは人に幸せをもたらしません。

根っから、生まれたときから仮説をたてて、実験して楽しくてたまらないという正の感情おばけも存在します。この人たちにモチベーションはなんですか?って聞いても、「楽しいから」と答えられるだけです。こういう人たちは、負の感情をモチベーションにする習慣がなく、淡々とカエルがジャンプするように行動するので、本当に強いです。
僕のような、一回負の感情をモチベーションにしてしまった人はこの事実を受け入れ、負の感情をモチベーションにすることの限界を感じること、いつかはモチベーションの根源が尽きることを自覚すべきです。そして、いつかは負けます。
淡々とジャンプするカエルとモチベーションで対抗しようとしても勝てるはずがありません。

負の感情は正の感情を補完できませんが、正の感情は負の感情を補完できます。例えば、利他精神で動けば動くほど、信用が溜まり、認められ、結果的に承認欲求も満たされます。
たらたらと述べてきましたが、伝えたいことは負の感情をモチベーションに置いている自覚がある人は、正の感情に根源を移したほうがいいよということです。

1回目の投稿はこれまでにして、次はなぜ、僕が起業しようと思っているかを書いていこうと思います。