1941年12月8日に始まり、1945年8月15日に終結した、アジア・太平洋戦争は日本だけでも軍人・軍属230万人、民間人80万人、計310万人もの犠牲者を出しました。

太平洋戦争で兵士達はどのような体験をして、何を見て、そして死んでいったのだろうか。

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太平洋戦争の特徴として戦病死と餓死者の異常な多さがうかがえます。

戦争で空と海が絶たれ前線各地で補給が寸断されたため、73.5%の兵士達が深刻な栄養失調に悩まされ苦しんで死んでいったのです。

民間人から見た戦争の景色。

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道には足の踏み場もないほど無数の死体が腐敗して転がり、兵士だか民間人だかわからない状態だったと言う。

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いつもビクビクしながら砲撃から隠れる日々。
安全だと思って防空壕に入っても、見つかってしまえば逃げ場はなく袋のネズミ。
手榴弾などの爆撃で体は木っ端みじんです。

広島への原子爆弾投下

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第二次世界大戦(太平洋戦争)の1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍が日本の広島に対して世界で初めて核兵器「リトルボーイ」を実戦使用した出来事です。

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これは、都市に対する人類史上初の核攻撃です。

この核爆弾により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万〜16万6千人が、被爆から2〜4か月以内に死亡。
原爆投下後の入所被爆者も含め56万人が被爆したとされます。

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わからないことなので、なかなか実感持てないと思いますが、こんなことがほんの74年前まで日本で起こっていたのです。

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自分は、国のために死んでいった人たちのことを思うと胸が張り裂けそうで涙が止まりません。

そんな戦争の記録が靖国神社に残っています。
亡くなった戦没者も祀られています。
個人的には靖国神社参拝は日本人なら必ず行くべきだと思っています。
特に靖国神社境内にある『遊就館』には必ず寄ってほしいです。
あくまでも個人の意見ですが…。

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特攻隊員の遺書
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母を慕いて

母上お元気ですか 
永い間本当に有難うございました 
「我六歳の時より育て下されし母 
継母とは言え世の此の種の母にある如き」
不祥事は一度たりとてなく 
慈しみ育て下されし母 
有難い母 尊い母 

俺は幸福であった 
ついに最後迄「お母さん」と
呼ばざりし俺、幾度か思い切って呼ばんとしたが 
何と意志薄弱な俺だったろう 
母上お許し下さい 
さぞ淋しかったでしょう 
今こそ大声で呼ばして頂きます 
お母さん お母さん お母さんと


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今日本は普通の生活を取り戻し、人々はすっかり平和ボケしていますが、過去にこんなことがあったということを改めて考えてほしいです。

今のこの平和をしみじみ感じ考え、感謝の日々を過ごしてほしいと思います。

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世界中が愛に包まれ平和でありますように…。





Love & Peace