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個人的に思う、日本のストリートボールにおける最も幸福な朝は、ALLDAY 2日目の朝。
そして、最も神聖な朝は、新木場スタジオコーストでの朝です。
 
遡れば2004年の「ALL STAR WEEKEND」に始まり、LEGEND、SOMECITY、MAN ON FIRE、Red Bull King of the Rock、FLY HIGHなど、これまで様々な大一番の舞台となった会場がスタジオコースト。
週末の日中に行うイベントの際は、スタッフは早朝に会場入りして準備に取り掛かります。大概は‪7:30‬集合、‪8:00‬設営開始ですね。
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例えばLEGENDでは、毎シーズンの「LEGEND GRAND CHAMPIONSHIP」や「LEGEND CLASSIC」で、確か過去9回あの"神聖な朝"を経験しています。
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特別な一日に胸躍らせ、朝の海風に吹かれながら会場に着くと、そこではその数時間前まで「ageHa」として行われていた深夜イベントの撤収が行われています。

一晩やり切ってテンション高めに帰路に就くDJやアーティストの人達。黙々と作業する清掃員の人達。まだそこには昨夜の熱気や幸福感が漂っています。
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ようやく静寂を迎えたスタジオコーストに一切眠る間を与えず、昨夜の撤収と今日の設営が交差。

昨夜の演出の名残りでまだ靄のかかったメインフロアは、椅子を並べる作業すら厳かに見えますね。その様子を見て、「そうだこれがコーストの朝だ」といつも感慨に浸るのでした。
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出場選手やトレーナーは‪10:00‬会場入り。MCやレフリーは‪10:30‬入り。今日のために"散髪したて"の面々が大集合です。
 
最高レベルの気合いと緊張で、文字通り浮足立った選手達は、控室に荷物を置いたらまずメインフロアをふらふらと眺めに来ます。まだこの時間は設営スタッフさんが主役なので、彼らは搬入経路をふさぐ邪魔者扱いですね。
"ボール使っていいっすか"を完全拒否されて順番に控室に戻っていきます。
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「選手を静かにさせておくには食べ物を与えておけばいい」
 
この大鉄則をもとに、いつも早々に弁当の配布を行いますが、2015年の復活LEGENDでは、ストリートボールのイベント史上最も豪華でお洒落なケータリングが用意されました。
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プロデューサー秋葉さんの敬意とこだわりの表れであり、"今日という日は、そしてこの舞台に立つあなた達は特別なのだよ"という無言のメッセージでしたね。
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案の定、黙りこくって一心不乱にがっつく選手達。
そしてこんなケータリングがあるとも知らず、食事持参のストイックな人物は、うらめしそうにタッパーを開けていました。
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出る側も裏方も、百戦錬磨のLEGENDクルーはリハーサルだって慣れたもの。選手のコンディショニングを一番に、要所だけ抑えてすぐに終わらせます。
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それでも集中力の続かないお子ちゃまに秋葉さんから雷が落とされて、場の空気が一気に引き締まるのも恒例行事。
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そして映像、照明、音響の最終調整が行われ、スタッフの皆さんは短い休憩へ。
一方フロアでは選手のアップがスタート。並行してコート裏や控室ではインタビューやスチールの撮影がテキパキと進んでいきます。
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"ラスト一本決めてから"、そういつまでも粘る選手をコートから叩き出し、いよいよ最後の開場準備。
その頃、控室では出演者全員でのミーティング、そして円陣です。
 
それが終わってダッシュでトイレを済ませた自分は、開場5分前にDJブースでスタンバイ。"間もなく開場します"のアナウンスで、その日の1曲目を神妙な面持ちで流すのでした。
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ここまでが、日本のストリートボールにおける最も神聖な朝。
 
そうしてあの、街の喧嘩みたいに乱暴で、白昼夢みたいに幻想的なイベントが、満を持して執り行われるのでした。
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2002年結成、2003年に本格始動した「FAR EAST BALLERS (FEB)」。
類は友を呼ぶ、ろくでもない運命の出会いを繰り返し、1年後の2004年春にはメンバーはAJ、COHEY、CHRIS、ATSUSHI、JUN、YOHEI、K-TA、KUNIO、MATSU、HIDE、TANAの11名に。

そして2005年11月の「bj league」と「Streetball League LEGEND」の開幕にて、それまでの活動、言うなれば"FEB第一章"が終わるわけですが、その第一章、最後の加入選手が2005年春のKENJI(比留木謙司)です。
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2005年初頭、当時まだ19歳のKENJIくん。
チーム練習の場でありながら、開かれた道場でもあった当時の"FEB練"に足を踏み入れます。

まだ純粋無垢だった彼は、その余りに殺伐とした空気、仲間同士でも睨み合うピックアップゲームにとても動揺しているようでした。しかも運悪く、練習後には、電話越しの相手に本気でキレている自分の姿も目の当たりにしてしまい、こう思ったそうです。

"まずい所に来てしまった"
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それでも臆することなく足繁く参加。そのメンタル、実力が認められていきました。しかも6月のNY遠征に向け、ビッグマンを求めていたチームにとって必要不可欠な存在に。

楽しいNY体験、カッコいいNIKEプロダクトでたぶらかし、見事チーム加入となったのでした。
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2005年6月。すでに15年が経ちますが、以降誰も成し得ていない"NY STREETBALLへのチームでの出場"。しかも場所は、当時も現在も最高レベルの「DYCKMAN PARK」です。

そこで日本代表チームを支えるビッグマンとして、NYの化物達とゴール下で身体をぶつけ合ったのが、まだ10代だったKENJIです。

チーム登録の際、本名でリストを提出したら、"a.k.a.で出せ"と突っ返され、その場でKENJIに付けたa.k.a.は「Mt. Fuji」でした。MCは間違って"Mr. Fuji!"と試合中叫んでいましたが。
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FEB最年少ながら、ゴール下の頼れる富士山、KENJI。
コート上では感情むき出しの荒々しいプレーをしますが、コート外では末っ子らしくとてもスマートな男です。

2005年当時も、2011年と2012年に再集合して行った沖縄でも、チームで行動する際は常に全体に気を使ってくれます。絶望的に無神経な年長のメンバーには全くない部分で、引率するこちらは大変助かります。
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それでいて、FEBの伝統、悪習である"減らず口を叩く"と"クラブで騒ぐ"は、他のメンバーと変わらず生れつき備わっており、危なっかしくも頼もしいのでした。
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そんな比留木謙司も、長いプロキャリアを経験し、今やB.LEAGUEのチームのGM。選手としてはFEBイチの出世頭と言えます。

SNS巧者でもあり、タイムライン上での硬軟織り交ぜた"減らず口"は、持ち前のバランス感覚あってのものですね。
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数年前、青木康平が主催する「WATCH&C PRO CAMP」に選手として参加したKENJI。その中で、FEB仕込みの立ち振る舞いで場を乱すシーンがありました。

後日その件を康平と話している時に、彼が"あいつはああいうとこが直らないんだよな"とダメ出しした後に言ったこと。

"でも可愛いんだよね"

なので、康平の結婚式で寝ていたことはまだ秘密にしています。
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これは新宿コマ劇場がまだあって、TOHOシネマズができる遥か前、2007年の新宿・歌舞伎町での物語。
現在に比べると、危なっかしい空気が漂っていた東京最大の歓楽街です。
 
でも当時から自治会の方々は"夜の街"、"危険な匂いのする街"といったイメージを払拭しようと尽力されており、様々な試みを実施。その中で白羽の矢が立ったのが、シーズン4へと突入する「LEGEND」だったのです。
 
開催地を常に求めていたLEGENDはそのオファーを即快諾。
場所はあの「コマ劇場前広場」でした。
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前回のブログに書いたように、最初の絶頂期となるシーズン4。
 
「13年前に訪れた試練を振り返る」
 
初の全国Zepp Tourもシーズン後半に控えつつ、前代未聞、"歌舞伎町でストリートボール"はシーズン前半のハイライトです。
 
2007年4月21日・22日の2DAYS開催。現場の下見に搬入経路、入念な打ち合わせも完了。自治会の方々の熱意に負けじと、LEGEND側も気合十分でした。
_var_mobile_Media_DCIM_113APPLE_IMG_3641.JPG迎えた初日の‪朝8:00‬。朝日が照らす歌舞伎町はとても穏やかで、夜の喧噪が静まりひと時の眠りについているようでした。

広場には段差があって、コート側面はその段差目一杯に配置。縦長のコートになったものの、順調に設営は完了しました。あとは本番を待つばかりです。
 
歌舞伎町の外れ、大久保公園近くの建物の2階、少し窮屈な控室に詰め込まれた選手達。
ミーティングも終わり、アップの時間が到来、いざ会場へ。歌舞伎町をユニフォーム姿の男達が行進する可笑しな光景です。
 
コートの周りはすでに観客で埋め尽くされていて、早いお客さんは朝の設営が終わったと同時に観客席をキープしていましたね。
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未成熟でやんちゃ、情熱と魅力溢れる選手が次々と登場。タフでハードで時折コミカルなゲームに歓声が上がります。

負けじとMAMUSHIも自分も音量気にせずガンガンやって、LEGENDが放つ音はこの街全体へ届く勢いでした。
 
どんどん盛り上がる会場。スタッフ含めみんな楽しくなっちゃって、うっかり「サンストリート亀戸」や「小田原ダイナシティ」でやってるような感覚に。
 
でもそこはまぎれもなく、あの新宿・歌舞伎町だったのです。
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「何やってんだ責任者出せ」
 
LEGEND BALLER達によるゲームの真っ最中に、リアル歌舞伎町BALLERの方がお越しになりました。
DJブースにいる自分も、何やら不穏な空気をテントの向こうに感じ取っていましたね。それでもゲームの真っただ中。集中集中です。
 
そうこうしていると、自分の背後には警察官が2名。もちろんゲームの真っただ中。集中集中です。

いつ"音止めて"と言われるかヒヤヒヤしていましたが、特に指導も職質もされることなく、イベントは終了。まさに胸をなで下ろしたのでした。
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ただ気掛かりなのは、さっき聞こえた「責任者出せ」。LEGENDの現場責任者はいつだってプロデューサーの秋葉さんです。

テントの向こうで起きていたことを、秋葉さんの証言をそのまま載せると以下です。
 
『街がら、本職の方がやってきて、「責任者出せ」となったのだけど、Tシャツ短パンの僕(まさに責任者ではあった)が出て行ったら「…もっと、他に、誰かいるだろ!」となり、とは言え僕が代表者なコトに揺るぎはなかったため、最終的には「まぁ、がんばれよ」となった』
 
こうして事なきを得たものの、秋葉さんは警察に免許証を持って行かれてしまいました。
責任者って大変ですね。
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なんとか終わった1日目。でも歌舞伎町での心温まる美談はまだあります。 

翌日の開催に向け、コートもリングも設置したままなので、誰かが侵入、いたずらしないように一晩中警備する必要がありました。この重責を担ってくれたのは、LEGENDが誇る現場スタッフ"ぐっさん & あらいちゃん"です。 

春先のまだ肌寒い中、彼らは夜通し会場を守ってくれていましたが、明け方、酔っ払った接客業の男性が登場。「シュート打たせろ」を懸命になだめ、コート外へ誘導してくれた2人。

朝、"ほんと参りましたよ"と引きつる表情は忘れられません。  
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ぐっさん & あらいちゃんの裏での大活躍もあり、翌日はトラブルなく大盛況のまま終了。自治会の方々の信頼も勝ち取り、翌年のシーズン6でも開催。
ただその時は頑なに1DAYのみ。暗くなる前に速やかに撤収を済ませたのでした。 

LEGENDだから成し得た歌舞伎町ストリートボール。
またいつの日か、同じ場所、同じスタッフ、同じ責任者でやりたいですね。
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