2016年11月19日(土)
電波少女ヒッチハイク9日目
長野〜群馬の日。

長野ではタワレコに挨拶をしたりもあったので
路上ライブを終え、出発をする頃にはもう空は真っ暗でした。

ヒッチハイクしやすそうなところを探しつつ歩いていると
3000円くらいで食べ放題の焼肉屋を見つけてしまい、たまには贅沢をしようと言う事で入りました。

不思議なものでお腹いっぱいになった後のヒッチハイクはいつもなぜかとても辛かった。

そうは言ってもここまで来ると我々ももはやヒッチハイクのプロ。

電気建設の仕事をしていると言うお父さん、
化学の勉強をしていると言う大学生二人組、
仕事の研修でたまたまこっちに来ていたと言う同世代くらいの男性、
3台の車を乗り継ぎ群馬県は高崎市へ無事に辿り着く事が出来た。


2016年11月20日(日)
電波少女ヒッチハイク10日目
群馬〜埼玉の日。

この日は、一日に2箇所でライブをする事ができた。

昼過ぎに高崎でライブを終え
高崎からは、ちょうど熊谷まで帰るところだと言う40〜50代の女性が乗せてくれて

音楽が大好きだと言う事で
好きな曲の話から、娘様の事など色んな話で車内は盛り上がり
元々目指していた大宮まで送って頂ける事になり
大宮までは一発で行く事が出来ました。

おかげで前もった告知ができ、
大宮での路上ライブにはJinmenusagiが駆けつけてくれた。


2016年11月21日(月)
電波少女ヒッチハイク11日目
埼玉〜栃木〜茨城の日。

朝ヒッチハイクをスタートする前に
謎のマネージャーMから届いた別ミッションとやらが読み上げられた。

僕らが勝手に競い合っていたヒッチハイクで車を止めた台数。
これが茨城県に着くまでで少なかった方は茨城県にある日本一の高さを誇る100mのバンジージャンプを飛んで貰うと言う内容だった。

このミッションを言い渡された時はちょうど10対10。

確かに平等なタイミングではあったが、俺らの勝負に勝手に便乗してんじゃねぇ〜〜〜!!!


しかもこの日はこの一日で栃木県は宇都宮市へ行き、路上ライブを終え
間髪入れずヒッチハイクを再開し、茨城県は水戸市までの移動を終える事ができたので、
このバンジージャンプをかけた勝負は一気に決着がついた。


まず宇都宮までの道のりは、
僕が30代くらいの女性、
次にハシシが40〜50代の音楽大好きなお父さん、
最後が物凄く短距離だったんですけど僕が、
地域のイベントとかを主催している50〜60代のお父さん、
以上3台の車を止め、結果は、ナイス2対ハシシ1

夕方に宇都宮での路上ライブを終え、

そして夜に、水戸までの道のりで
チャイルドシートに座っている子供を、
ハシシがLINE LIVEでの放送中、一生あやし続けた回の可愛い赤ちゃんを乗せたお母さんを止めたのがハシシ。

次に止まってくれたのが
二十歳前後の土方系の仕事をしていると言うとてもヤンチャそうな3人組の男の子らでした。

その時、立っていたのは、、、

なんと、、、

俺!!!

でしたが、、、

実際に乗せて貰って話を聞いたところ
元々はハシシが立っていたところを一度見かけて
用を済ませて戻ったところいたので乗せてくれたとの事、、、

ってな具合で、最後の一台が引き分けとなり、

結果、くじ引きで負けて僕がバンジージャンプを飛ぶ事になりましたとさ。


nicecream

2016年11月17日(木)
電波少女ヒッチハイク7日目
福島〜新潟の日

この日は郡山から新潟まで一発のヒッチハイクで行く事ができた。

新潟の大学を受験する為に前乗りするご家族だった。

一度通り過ぎた後に気になったらしく
ツイッターでヒッチハイクと検索したら出てきたので
怪しい人じゃなかったから乗せようと戻ってきてくれたらしい。

受験で大変な時になんて優しいご家族なんや、、、

これで東北からも脱出になる訳だが、本当に東北は寒かった、寒いだけになのか心が暖かい人が多かった。


新潟での路上ライブは
特別人が多かったと言う訳ではないが、とても盛り上がっていたと言うか、
この企画初めての"韻をかぶせてくる"リアクションがたくさん見られてとても印象的だった。


2016年11月18日(金)
電波少女ヒッチハイク8日目
新潟〜長野の日

この日は朝から晩までヒッチハイクをして6台もの車を乗り継いでなんとか長野県は松本市に辿り着いた。

本当は長野市で良かったのだが、あべのりがどうしても実家に泊まりに来て欲しいと言う事だったので、僕たちは仕方なく目的地を松本市にしてやった。(捏造有)


まず1台目がダンスをやってると言う同世代くらいの女性。

次が、営業の仕事帰りだった少し上くらいのお姉さん二人組み。

そこからは短距離だったがお子さんを迎えに行った帰りのお母さん、ここで長野県に突入したがここからも長い。

次は業種は教えてくれなかったがお仕事が大好きだと言う40〜50代男性。

その次は年下なんだけどお姉さんのオーラが凄い女性。

最後がジムのインストラクターをしていると言うカップル。


いつもみたくこういう人だったと振り返りたいがこうしてたくさん乗せて貰った日は、
皮肉な事にたくさん恩を貰った日にも関わらず一台一台に対する記憶がどうしても薄まってしまう。

だが2台目に乗せてくれたお姉さん達はとてもハイテンションで面白い二人組でインパクトは強くて
それだけではなく、そこから僕たちの事をフォローしてくれて、その後の生放送から最後のワンマン"サライ"の生放送にも応援に来てくれていた。


そしてこの日は予定通りあべのりの実家に泊まらせて頂き、ご両親にもご挨拶ができて
更には、お母さんと一緒に晩酌までさせて頂いた。


つづく nicecream

電波少女的ヒッチハイクの旅6日目
山形〜郡山の日。


山形では、この旅初めてホテルに泊まった。

二人で一部屋だったが、久々のプライベートスペースだった。

平日の昼間だったが路上ライブは決行し、お昼過ぎにはヒッチハイク再開。

この日は3台の車を乗り継いで福島県は郡山に到着した。


1台目は、お子さんもいらっしゃると言う30〜40代女性。

送り迎えか何かの帰りだったとこだったらしいがかなり興味を持ってくれている様子だった。

高速乗り口の前まで送ってくれた。


次に乗せてくれたのは、地元こよなく愛し土方系のお仕事をされている30代くらいの男性。

地元は何も良いところがなくて不便だと言うような事を言いながらも
地元からはこれまでもこれからも出るつもりがないと言う地元への愛がちょっぴりツンデレなお兄さんだった。

結局地元が良い訳ではなく、そこにいる人達が良いだけみたいな事を言っていて、とても共感した気がする。


そしてこの日最後に乗っけてくれた方には驚いた。

佐藤瞳さんと言う、プロのフリースタイルスキー選手でした。

この時は、珍しくハシシが助手席に乗ったので主に会話をしていたはハシシでしたが
アーティストとアスリートと言う違いがあるものの
自分の芸を職業にすると言う点で重なり共感する部分はとても多く、年齢も一つ下と言う事もあり、
刺激すら貰える車内だったなぁととても印象的でした。

あれ、てか今思うとあいつ久々に若い女性やったから珍しく助手席に乗ったっちゃねーとかぁ??

超美人だったし、てげ良い匂いがしたって言ってたし(やめろ)

ブログとかもあって、現在も変わらず頑張ってらっしゃるみたいなので、みんなで応援しましょう!!!
SlopeStyle ski 佐藤瞳のBLOG
SLOPE STYLE SKI 佐藤瞳さんのブログ「SlopeStyle ski 佐藤瞳のBLOG」です。最新記事は「2017/11/23」です。
ameblo.jp


そんなこんなで山形からは高速道路の関係上、一度宮城に戻ってからの郡山で結構な距離だったが
夕方頃には無事郡山へ着き、路上ライブを終える事ができたのだが、

無事に郡山に着き、ベンチに座って一息ついているところ
僕の身の回りでボトボトッと言う音がでしたので見てみると、僕の着ていたジャケットや横に置いていたスケッチブックに、鳥の糞着いていた。

ハシシが嬉しそうな顔をして"お前きったねぇ〜"と言って僕を避けるので、僕も面白くなってハシシを追いかけたりしていたが
一旦落ち着いたところでよくよく見てみると、実はハシシのジャケットにも鳥の糞は着いていて、

思い出される回想シーンは、鳥の糞を着けた奴が、鳥の糞を着けた奴から逃げ回るシュールな絵なのであった。


つづく nicecream

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