(English version is after Japanese)
『そう遠くない日』と言っていた日がとうとう訪れました。
伊達公子、再チャレンジにピリオドを打つ決断をいたしました。
いつになったら心の声が響いていくるのか…
そう気付くまでコートに立ち続ける気持ちでいっぱいでした。
2008年4月に再チャレンジを始めてから約9年半。
10シーズン目を迎えた2017年は膝の軟骨移植手術を経て5月に復帰。
岐阜のカンガルーカップで復帰を果たし、これからという気持ちが膨らむ中で、肩の古傷の痛みがひどくなってきました。
膝関節も痛みはないものの100%気にしないで動けるとはなかなか言えない中で、思うように大会に出場すらできていません。
大好きなテニスと向き合い、ずっと勝負に拘ってきましたが、今は勝負をすることよりも毎日の体調を気にしながら練習の量、質を考えていなければならない日が多くなってきています。
それでも日本にいながら調整しているときは、比較的自分の時間軸で動くことができます。
膝や肩の調子が悪ければ練習を急遽休んだり、トレーニングの内容を変更してもらったりすることもできます。
しかしツアーの中にいると、自分の時間軸だけでは動けないのが現実です。
当然、時には体調が悪い日があったり、疲労や怪我をすることもあり、練習をキャンセルすることがゼロではありませんが、それはほんの稀に起きること。
しかし今の私にはそんなことがしばしば起きるのです。
ツアーの中にいてそのような状況が自分でも納得できないし、ツアー仲間にも迷惑をかけることになり歯がゆい気持ちの連続です。
7月のアメリカ遠征に3週間行った時にそんなことを痛感させられました。
膝の手術を経て痛みを乗り越え、リハビリを乗り越え、トレーニングに取り組み、コートに立てるレベルにまで来れたことは、大きな大きな成果でした。
しかし怪我前のレベルと比べると…やはりギャップを埋めることはなかなか簡単なことではないことを感じています。
なかなか埋まらないそのギャップと向き合い続けることに一喜一憂する日々。
ツアーの中にいるとやはり勝負とも向き合わなければなりません。にもかかわらず勝負よりも自分の体と向き合うことで精一杯。それでなくても若い20代のプレイヤーたちと向きあうだけのフィジカルを持ち合わせなければならないのに、体を追い込みたくても追い込めないことが多くなっている。
プロである以上、ツアーで戦う、とは1年を通して世界を飛び回り、WTAで戦うことを目指し、グランドスラムで戦うということ。しかし今の私では大会数を減らしてもフルスケジュールで戦い続けることはかなり厳しい現実だと受け入れざるを得ません。
もう痛みと向き合わなくてもいいんじゃないか……
痛みを我慢する必要もないんじゃないか……
そんなことを思うようにもなってきました。
もう一度、思い切りコートを駆け巡り、自分らしい速い展開のテニスをしたい!という想いを断ち切ることは簡単なことではありませんでした。
私ならきっとできる!とずっと信じていました。
今でもその想いがないと言ったら嘘になります。
でもどこかでテニスに区切りをつけなければならない時があるのならばそれが今ではないかと思ったのです。
今は今しかできない、プロテニスプレイヤーとしての残り限られた時間をしっかりと受け止めながら過ごしたいと思っています。
怪我があったとは言え、楽しかったツアー、トップ50でプレーできたこと、多くのサポートへの想いなど充実した9年半のいろいろな想いは、有明が終わってからまたblogを通して、ゆっくりと振り返る機会を持ちたいと思います。
今は肩と膝に向き合いながら、Japan Women’s Openでの大会出場へ向けリハビリ、トレーニング、練習の日々にエネルギーを全て注いでいます。
この有明での大会が私にとっての再チャレンジ最後の大会となります。
引退をする決断をした今、これまでサポートをしてくださったたくさんの方々に、最後の戦う姿を記憶に留めていただきたいので、大会前に決断をお伝えした上でコートに向かいたいと思いました。
9月11日から始まるJapan Women‘s Openは有明コロシアムこそ使用しませんが、有明のコートはたくさんのメモリーが詰まっている場所です。
どんなプレーがどこまでできるか未知数ではありますが、ひとまずは私自身の決断のご報告と同時に再チャレンジのピリオドを打つ瞬間を多くの方と共有できればと思います。
伊達 公子
***
<My
Decision>
"The not too distant day" finally arrived.
Kimiko Date has decided to put an end to her second challenge.
I was determined to continue my challenge until the day I could no
longer ignore my inner voice.
9 and a half years have passed since the start of my second
challenge in April of 2008. In the beginning of the 10th season in 2017, I had
a knee cartridge transplant and returned to the tour in May.
As I was relieved to complete The Kangaroo Cup in Gifu, the first
tournament after returning to the tour and feeling optimistic about playing, my
old shoulder injury began to act up. Although there's no pain in my knee, I'm
not 100% confident to move freely and unable to play as I wish I could in
tournaments. I have always loved playing tennis and faced every competition
seriously but now, I find myself adjusting the amount and the quality of
training while worrying about my physical condition more so than the
competition itself.
I'm generally able to control my activities and schedule while in
Japan. I can rest from training if my knee or shoulder condition is bad or
alter my training if needed. However, while on a tour, my schedule is not as
flexible since there are others on the tour with me. Of course, there are times
when my physical condition is not up to par and I must cancel training due to
fatigue or injury, but this rarely used to happen. Yet, this has been occurring
more frequently these days. It is very difficult to accept and I feel
frustrated that I'm inconveniencing others on tour with me. I realized this in July, while I was on tour
in America for 3 weeks.
I had survived the painful knee surgery, overcame harsh
rehabilitation and hard training to get in shape to play in a tournament which
I feel is a great accomplishment.
However, when I compare my level of play to before my injuries, I
realize that there's a gap and it's not easy to fill.
By trying to fill the gap, I spend days fluctuating between hope
and despair. I know that I should be thinking only about winning while on tour,
but I can't help thinking about my physical condition. I know that I need to
push my physical potential to the maximum so that I can compete with young
players in their twenties, but I find myself unable to do so even if I wanted
to.
As a professional tennis player, I must commit myself to play on
the tour, which means traveling around the world throughout the year and
qualify to play in the WTA tournaments and ultimately in the Grand Slams. But
now, even if I decrease the number of tournaments, I have to admit that it will
still be very difficult to continue playing on the tour.
Maybe you don't have to deal with the pain anymore...
Maybe you don't need to endure the pain...
These thoughts have been circling my mind.
It wasn't easy to shake off the desire to run around the court
freely and play quick games like before. I have always believed that I can do
it.
It'll be a lie if I said that I no longer believe that, but if
there is a good time to put an end to my tennis career, I thought the time is
now.
For now, I want to spend the remaining days doing what needs to be
done as a professional tennis player. Even though I had suffered injury, I would like to take the
opportunity to reflect through my blog after the tournament in Ariake on the
great times I had on the tour, the fact I was ranked in the top 50’s, appreciation for my supporting fans,
and all the fruitful events during the 9 and a half years.
I
am now concentrating all my energy in rehabilitation, training, and practice
towards The Japan Women’s Open while taking daily consideration of my knee and
shoulder condition. This tournament in Ariake will be my last tournament of my
second challenge.
Now that I have made the difficult decision to retire, I would
like all of you who have supported me over the years to come and see my final
play and it would make me very happy if you could keep that image in your
memory.
Although the Coliseum will not be used, the courts of Ariake
Tennis Park which will be hosting The Japan Women's Open starting on September
11th, are filled with lots of memories for me. I don't know what kind of play I
can display, but I wanted you to know my decision in advance so that I can
share with you the moment of putting an end to my second challenge.
Kimiko Date
※ メディアの方々へ
このブログを受けた会見を予定しております。
詳細は追ってお知らせ致します。
コメント一覧
コメント一覧
たくさんの励ましをもらいましたよ🎵
ゆっくりお休みくださいね(^^)
とうりいっぺんとうの事は、言いません
お疲れ様でした
伊達さん!今が本当にテニスに恩返し出来る
チャンスでは、有りませんか?
貴女を夢見て、負けても負けても真剣に頑張ってテニスに向きあって頑張っているベテランテニスの選手
一杯いらっしゃいます‼️
ツアーレベルのプレー出来なくても、ベテランテニス選手なら、まだまだ優勝出来るでしょう🏆
彼女たちに、伊達さんと試合出来た‼️
喜びを、与えられる最高の選手ですよ‼️
テニスを最高の生涯スポーツとして文化として
世の中に1人の選手にアピール出来る!
最高のチャンスと思います
是非是非‼️ベテランテニス界盛り上げて下さい
神和住さんは、良く出ていらっしゃいました
素晴らしいと思います
日本にテニスが、文化として根付くように
ご活躍楽しみにしております。
同じ年の女性が
こんなにも現役で頑張ってきてくれたことは
やっぱりすごく嬉しいことで…
もうテニスの出来ないカラダになってしまった
私にとっては、希望の星でした。
今でも、伊達さんの笑顔が大好きです。
どうしたらあんなにも
キラキラした笑顔ができるのかを
いつかお会い出来たら聞いてみたいと
思うほど素敵で…
これからも、その笑顔が続いいてほしいなと
そう思っております。
今まで本当に
ありがとうございました。
お疲れ様でした!素晴らしいの一言です
私の娘も今高校生で小学校からテニスをしています。公子さんのような力強いプレーができればと思い、応援していますが、今スランプで、苦しんで、いるようです。
きっと公子もたくさん辛いこと怪我や悩まれたと思います。
いっぱいいっぱい勇気と元気をくださってありがとうございました😊
最後の試合╰(*´︶`*)╯♡
応援しています📣
本当に苦しかったと思います、俺なんかまだまだだな…。
本当にお疲れ様です!あと少し全力でがんばってください!
最初の現役の頃は、とても可愛いくて、強くて、いつも注目してました。でも、強い時に引退、残念でした。
だから、復帰した時は、嬉しかったなぁ。また、強かったし。そして、綺麗だったし。
伊達さんに、勝手に恋する、とても歳上の男は沢山いるとおもいます。私も、その一人。
お疲れ様、そして、ありがと。試合で観ることができなくなるのは、残念ですが。
イチロー、白鵬、伊達公子。私の好きなベテラン選手です。
これから人生長いから、また、復帰したくなったら、応援しますよ、、
決断に至った心中、、、ご察知します。
私の座右の銘は、『己の暴れたいように暴れよ』です。
伊達公子さんも、最終戦そして次のステージとも、ありたい自分で常にいられるよう、存分に暴れまくってください。
いつまでも応援しています❗️
自分に厳しい公子さん、素晴らしい。
ジャパン女子オープンで、できる限りのプレーを❗️
でも、次のステージに立つための体力、ハートは燃焼しきらないで欲しいです。公子さんだからこそ、公子さんにしかできない事があるはずですから。
最後の大会の前に、お疲れ様でした!とは言いません。どうか、無理をせず、でも、精一杯の公子魂と、素敵な笑顔を見せてください。
ファンのひとりとして、応援しています。
今までの貴女の生きざまに感銘してます。
これからの、あらたな伊達公子としての御活躍祈念します。
元気、やる気、負けん気をありがとう。
たくさんの勇気と感動、ありがとうございます❣️
最後の試合、笑顔で終われますように…✨✨✨
伊達さんの努力を目の当たりにして、いつまでもチャレンジし続けることの大切さ、大変さを背中で教えていただきました。
今はすごく悔しいお気持ちかと思われます。私も悔しい、悲しい。でも、感謝、感謝です。
伊達さんに出会えて、本当によかった。まだ少し早いですが、ありがとう、お疲れ様でした!
“8月”生まれのママより
引退という大きな決断をされて、本当にたくさん考え、悩んだことだと思います。
伊達公子さんの生き方が多くの人達に感動や自分自身を振り替えるきっかけになった事は確かです。ありがとうございました❗
でも、これが終わりではなく、新しい出発と思うので、これからもテニス界で何かもちろん他の世界でも公子さんらしく、何かを発信していただきたいです❗これからも、応援、期待しています🍀
自分は49歳。 自分にはできない世界のプロツアー参戦を伊達さんを通して夢を見させてもらいました。セカンドチャレンジの時は本当に最高の笑顔が印象的でした。ありがとう!
伊達選手とは同じ歳のテニス愛好家です。
やはり、歳を重ねると回復力が落ちて来て、若い人達に負けないつもりでテニスを頑張っていますが、なかなかベストコンディションで試合に出る事が難しくなってきました。
そんななか、伊達選手のストイックな頑張りは同世代として、誇らしく目標というか憧れにして、自分もテニスを頑張っています。
最近では無理をせず、長くテニスが出来るように、また、いろいろな人達とテニスが出来ればと思いながら週末をテニスで過ごしています。
伊達選手も最後まで自分らしく選手としてプレーをして、今後は後進の指導にあたってもらって第二の伊達選手、錦織圭選手が出て来てくれることを期待しています。
お疲れ様でした。
そして今後の若い世代の人たちは、そりを見ることが何よりも伊達さんからの指針になる、と思いました。
最初に伊達さんを見たのは95年なので20年も夢を見る事が出来て幸せでした。
そして沢山の感動を有難うございました
日本人らしからぬ負けず嫌い。
大好きでした。
あっ~ばっかり。そうです。その通り。
どんな状況になっても、がんばれーと、
言いたかった。
でも、貴女が決めたのなら、そうなのでしょう。悔しいですが、まずは心身ともに休息を。そして次の伊達公子を。
ライバルだったグラフとの激闘未だに覚えてます。
同年代の誇りでした。
第二の人生も幸多かれ。
ありがとうございました。
多くの人たちがそうでしょう。
決断の今日。
勝手に自分なりに感じています。
伊達さんの行動に敬意を表します。
今後は、後進の指導で!
日本のテニス界を盛り上げて欲しいです。
次の世代に!!(*^o^*)
ブログを読ませていただき色々な気持ちが伺えました。
ご本人にしかわからない心の葛藤…
私に勇気をそして生きがいを教えていただき感謝しています✨
最後の試合応援しています📣(^∇^)
自分らしく!出来たら(๑˃̵ᴗ˂̵)👍
感謝感謝です♡去年の東レで拝見した伊達さんもとっても綺麗で素敵でした!テニスコート以外の伊達さんもずっと応援してます😆⤴️
沢山の感動をありがとうございました♡
自分は最近、NHK-BSでやっていたウィンヴルドン名勝負が何試合か放送されてましたが、伊達さんとグラフの1996年準決勝を録画して見ました。(観客がグラフに結婚してくれ!と言った試合)
あの頃と変わらず、伊達さんは自分にとってはいつまでも大好きな憧れの人です。笑顔がたまりません。
最後の大会が笑顔で終われるように応援してます。
頑張ってください。
同世代の自慢の星です✨
ゆっくり休んで下さいね。
ゆっくり休んでください。
有明まで、悔いなくゴールできますように✨