月別アーカイブ / 2018年12月

「fix me」
振付:Emzabro

8年前の舞台で未熟な自分がこの作品を踊らせてもらったことが自分が歩む路を示唆していたかのように、今の私はダンサーとしての転機にある。エムザ先生の振付でこの曲を踊り継ぐのは自分だけだしそれをする為にも成長をし続けたい。
この一年間をかけてまた段々とフロアで動ける身体に戻りつつある。まだ完全ではない、20代に入ってから靴を履きフラメンコを集中してやったお陰で良い軸が形成されたし地面に立つ事に対する感覚が強くもなった、そこからいざフロアのテクニックをやろうとすると体がかなり硬くなっているし、怪我しそうな怖さがありまだ自由には動ききれない。習慣化した動きの癖はいざ抜いていくのには時間が掛かる。動き方によって体の形も段々と変わって順応していくものなので、身体的な自由を目指すのはじっくりとやっていこう。
ここからもう一度元の舞踊へ戻りそこから新しい表現をめざすための冒険をしていきたい。
30歳は自分の身体がフロアに戻れるギリギリ限界の年齢と感じている。これ以降だと確実に身体感覚を戻すのに時間がかかり過ぎてくるだろう。

三十歳をきっかけに"フラメンコダンサー"ではなく
ジャンル無き"宝"というダンサーになる。
元々そのつもりで踊ってきているけれど、自分が変わり続け成長するためのきっかけがこの一年間たくさんあったので今はハッキリと言える。
ジャンルを超え、自分の踊りを踊り続けることが私の生きる道だと思う。


「植物はゆっくり成長する
生きる上で大切なのは
開花しきった後一度手放すこと
そうすればまた花開く
僕が植物から学ぶのは
一度捨てて始めて成長できるということ
全部捨ててしまうのは
とても怖い
でも捨てるからこそ
再び力を得て生まれ変われるんだ」
(振付家 シディ・ラルビ・シェルカウイ)

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大阪にいたことが夢だったかのように
楽しかった時間は早く過ぎていった。

言葉では言い尽くせない想い
言う必要もないのかも知れないけれど
言葉にしたいって思う

踊りにするには時間がかかっていく
踊りの先に言葉があるとわかっていても
踊るよりも先にそこに触れたいと思う気持ち
だからやっぱり心を言葉にしてみたい

でもなんといったらいいかもわからない
正直になればなるほど取り繕うような言葉さえ出てこない、
それで自分が如何に
言葉にならない感情を抱いているかに気がつく…………


考え方をシフトして表現したとすれば、
今回は踊ることに対する希望を見出したという表現で間違いはないと思う

それは人があってこそのもので、
こうして繋がったり出逢っていく奇跡を感じられる今だからこそ前に進めると思った

わたしの中には20代で蠢く感情とその起伏とに流されてとても苦しい思いがずっとあったけど、こうして30代に突入し最初に出逢えたテルさんやミットさんのお陰でかなり前向きな気持ちを抱けてここから踊っていかなきゃと思えたことがとても大きな出来事でした


もう、いいや、、踊っていてもつらいのは変わらないとか
体は歳とっていくし、痛いところは増えていく、、それが死ぬまで続くのかと思うと先を思いやられ溜息つくようなことも既にあった、

でもこうして、踊りが大好きな人々と出逢うことが自分を思いっきり元気にしてくれた。
すごく嬉しいことだ

これまで自分の師匠達は自分の人生の中でとても大きい存在だが、それ以降に本気で踊りを愛する人々とはなんだかんだ私が過ごした20代ではあまり出逢ってきていない気がする…… みんな踊りというより、踊り手で踊りにコンプレックス持っていたり、ただ有名になりたいとか、売れたいとか、どうでもよい小さな世界で踊り手はただの業界のカモになり、それを形成するだけの政治的な大人が多い。プライドと金で、踊る人の何がわかるだろうか?身体的に修練も無いような人々が本当の意味で、踊り手を潰すのだと思った。


踊ることは、自分の中にあるものだ。
だれかの天秤に掛けるようなものではないしどこかに属して売れれば一流なわけではない。

自分が誰でどう生きていてこういう感情や感覚を得て、こうしてこの地に立っている、それを踊ることで表現する、それだけのシンプルなこと

小さな世界の狭い偏った常識は危うく、その中にいれば壁がじりじりと近づいてきてそこで潰されていく感覚さえも麻痺して同じ色と形にされてしまう。


わたしは意味も無いところで八方美人になり、他人の目を気にし、それでも正直でいたい自分の中にある蟠りが時折爆発し、敵を作り、そんな時期を過ごしてようやく今がある

過去は変えられないけれど今は変わっていくのをよく感じられる
これからもきっと踊っていくしかなくて
踊っていけると思った

迷いもない

数々の師が自分の中に生きている
わたしはすでに私一人のダンサーではない


私が単に強くなったわけではなくて
ただただ踊りが大好きな人たちの愛に触れただけのことなのだけど、それはやはり踊っていくという運命にあるからこそこうした尊い出逢いが存在するのかもしれない

それにしても有り難いです。
感謝してもしきれないです。
もの凄く心が喜んでいます。


TeruさんとMITTOさん。
いいなぁ………好きだなぁ……素敵だなぁ……
あったかくて
本当にやさしくて
真心って大事なんだと感じた、感じる心って大切なんだと感じた、踊り手以前に人でいなくてはいけないのだと感じた、そこがアートなんだと感じた。そして合わない人と離れることも然り、波長の違う者との距離感はきっちりと保っていかなくてはならない


2018年、はじめて創作活動を繰り広げた年でした。
その中でも色々とあって悲しいなと思うことも12月まであった。もうすぐ終わっていくけれど、この年の終わりにこんなに心が一転し元気になるとは思わなかった

来年の抱負といった仰々しいものもないけれど強いて言うならば、身体の中を更に見つめながら、
ただただ踊り続けたいと思う。

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2月に出演予定のとある舞台のリハ。
11月に一回だけリハあってその日に出られず、昨日が2回目のリハだったようなのだがそんな事を露とも知らず昨夜、
「無断欠席と報告が入っています!至急ご返信ください!」
といきなり連絡来てめっっっっちゃ焦った…………………




ええええええええ?!!!
寧ろ稽古いきたいのになんで教えてくれないんだよーーと思って事務局の方に、どうしてリハ日教えてくれないんですか⁉️いつがリハだってわかるんですか⁉️と色々質問攻めにしたのだが、、、

昔のメールに記載したという話で、昔のメール読み漁ったら確かに文章で書かれている。。。

私は書いてある文面の中で日にちと時間が記載された数字を追うタイプなので、文章はあまり読まない… でも今回はまさかの文章で記されていた。
→ リハ予定表をご覧ください。踊りの方は何曜日、基本的なリハ時間は今後も共通ですので………←←的な!!!!…… 

ウォォおおおおおおおお………………


これはほんと参った………

リハ予定というと例えば今日なら、12/3(月)18:00〜みたいに文中に数字で記すものと勝手に思い込んでいるから…しかも初回のリハはリハ予定表に記されていない日だったので、数字付きで綿密にメールに通達が来ていたので、てっきりリハはその都度メールで通告してくるのだと思い込んでいた。そして予定表の時間も全日13:00〜22:00となってるから、配られた紙はおおよそであって、確定されたものではないのだと思い込んでいた。なのでこれは完全に、一人で初回のリハ行けなかっただけに落とし穴に落ちた感じ

マジつらみ〜〜〜。。。

そのあと振り付け家の方から直接メールが来て、
「かなり振り付け進んでしまってますが大丈夫ですか?!」

と言われ、、、

「はい… 取り戻します…。。」
としか言えず、

「というのも宝さんだけなんですよね、全く稽古来れていない人」

泣泣泣… 
悔しい。また来週も稽古行けないから、更に一人でキャッチアップしないといけない量が…………増えていくな〜〜

でも振り付け家の方はこう言いつつも逆に心配したみたいで、

「ソリストだし他のシーンでも踊る量が多いから最初からこれだけ振り付け進んでしまって大丈夫かなと思ったけど、引き続き頑張ってもらえるのであれば安心しました」

と言ってた


もしかして、わたしが心折れて出演辞めてしまうと思ったのかな…?流石にそんなことしないけど、する人も中にはいるのかも知れない。制作側としてはキャスト決まってるのに、そこで勝手に辞めるとか言われたら困っちゃうもんね。しかも昨日たまたま無駄欠席となってて尚更そこを心配したんだろうな


わたしは、稽古日を単に知らなくてやらかしたパターンだっただけだから超悔しい


制作に怒られると思って一瞬かなりびくびくしたけど、とりあえず少し安心。

キャッチアップしてがんばろう

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