本日は映画鑑賞日和。
昼は渋谷Uplinkにて「ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」を観て、夕方は銀座の丸の内TOEIにて「洗骨」を鑑賞。

まずは、ピアソラのドキュメンタリー映画の感想🎬


ピアソラの映画は彼の伝記に沿ったドキュメンタリーだったがYouTubeの宣伝を見て興味が湧きすぐ見に行こうと決めたものだった。
感想は、私はこの映画を見るより純粋にピアソラの音楽を聴いている方が遥かに彼の人生が滲み出ていていいと思った。
映画はゴチャゴチャとしていて分かりにくかったし、全体的に編集も荒かった。ドキュメンタリー映画にするならもう少し見やすいように出来上がっていないと、自分で新聞や雑誌や写真資料や、音を読み漁っているような感じで忙(せわ)しなくライブの映像出てきたと思ったら、聞かせずにまたストロボのように次から次へと情報を詰め込む。だから、結局、わからない。
勿体無いなと思った。もっと、じっくりと最後あたりでタイトルにもあるリベルタンゴを聴かせるようにしてあまり前半にライブ映像出し過ぎたり音を強調し過ぎないほうがいいな。締まりがなかった。

ピアソラの音楽が好きなだけにちょっと残念だった。

そして、ピアソラの名言的な言葉を聞けてよかったけど、それが、ど頭に出てきてしまったものだからそのあとのその言葉の力といったものが持続されず、強い言葉なのに後々触れられることもなく風化されていった印象を覚えた、それも残念な点だ。


ただ、映画云々ではなく、やはり印象的だったのは彼が言い放っていた言葉だ。

「過去を振り返るな。
昨日成したものはゴミ。」

ピアソラはそういって前日に書いた譜面を破ったり、過去に書いた楽譜を燃やしたりしていたそう。

これって彼の生き方やアーティストリーをよく感じられる言葉だなと思った。

大体自分が生み出したものって売りたくなかったり手元に置いておきたかったり、なぜか大事にしたいと思う人は多いと思うのだけど、それを、"昨日成したものはゴミ"といってどんどん手放す彼に物凄くメラメラとしたクリエイティビティを感じる。生み出す時って、持っているものに執着なんかしないんだなと思った。創造のエネルギーが優っているから。昨日まであったものなんてどうでもいい、今生まれてくるものがすべてだという感覚だと思った。

そんな彼でも「一夏ピアノの前にいたが一曲も書けなかった」と息子との会話で言っていたように、そんな時期もある。いつでも生まれてくるものではないからこそ、創るエネルギーがある時にはそこに命掛けていかなければいけないんだなと、よく感じた。


いろんな意味で勉強になったし、やはりピアソラは天才だなと思った。また彼の音楽を聴くときにはもっと深く聞き入る気がする。彼が死んでも彼の音楽は生き続けている。芸術は魅力でしかない。


_var_mobile_Media_DCIM_109APPLE_IMG_9607.JPG