昼間は渋谷Uplinkでピアソラの映画、夕方は銀座の丸の内TOEIにて「洗骨」を鑑賞。今度は「洗骨」の感想を綴る。

"洗骨"というタイトルで一体どんな作品なのだろうかと興味を持つのもそうだが、私の場合沖縄が舞台の作品だしテーマソングに古謝美佐子さんの"童歌"が使われていたのが決め手だった。
内容はどうあれ古謝美佐子さんの歌がテーマに使われていて悪い映画なんてある訳が無い。
沖縄と古謝美佐子さんがキーワードの映画を私が観に行かないチョイスはどこにも無い。(しかも劇中にも古謝さん登場してた!)


そして、
案の定よかった!!!
もう、感想も言いたくないくらい🥺
とても楽しんだし、今日見られて本当によかった。

そして奥田瑛二さんの表情の豊かさに驚いた。表現が深い表現力のある役者さんだなとそこにも感動した。

"洗骨"の意味を説明分より引用。
     ↓

〈 洗骨とは 〉

今は殆ど見なくなった風習で、
沖縄の離島、奄美群島などには残っているとされる。
沖縄の粟国島(あぐにじま)では島の西側に位置する
「あの世」に風葬された死者は、
肉がなくなり、骨だけになった頃に、
縁深き者たちの手により骨をきれいに洗ってもらい、
ようやく「この世」と別れを告げることになる。 



沖縄で風葬の習慣があることは色々な本を読んで知ってはいたが、洗骨というものがあることは知らなかった。こうして風習というものが土地土地に根付き、今でも行われているものもあれば時間と共になくなっていくものもある。

人間の世界、生きているものは変わり続けるものだから、物事も習慣も変わっていくものだけど、人の心の中やその感性にはいつの時代も変わらないものがあるなと感じた。

親しい人や尊い人を失う悲しみや、子が生まる時に母が感じる痛みや喜び、命のリレー。

そういったものはどんなに文明が発達してもいつの時代も女が命を繋いでいるということと、痛みや悲しみや喜びの本質は変わらない。


とても感動的だったし、シリアスな筈なのに笑いもあった。

いきなり妊婦姿で実家に帰って来た訳ありそうなユウコの結婚相手がまさかの鈴木Q太郎とは!!それに出てくるタイミングも映像の撮り方も流石、どこで笑いを取れるかわかってるような上手い撮り方するなぁ…と思って見入った。


最後に、映画監督の名前、照屋年之。

ふぅん、そうなんだ。 ステキな映画だったなぁ👏👏👏


と思って、帰りの電車で今一度"洗骨"のウェブサイト見ていたら驚いた!!監督って、この照屋さんて、まさかのガレッジセールのゴリさんだった😳😳💨💨💨💨 


えええええええそうだったのか?!!!

芸人てだけでも凄いけど、こういう作品作っちゃうんだから。ふつうに天才かよ!!と思った。


でも良かった〜〜〜〜


本当に面白かった!!!!!!

もう一度見たいな!!!!!!

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映画『洗骨』公式サイト
映画『洗骨』公式サイト。全国大ヒット公開中!照屋年之監督長編第二作、奥田瑛二主演。家族の絆と祖先とのつながりをユーモアたっぷりに描き、世界中の映画祭で絶賛された感動作。
senkotsu-movie.com


ぜひ予告編も見てみて✨

ユーモアと人の心を豊かに感じさせるいい映画をどんどん作って欲しい。そして沖縄の音色ってやっぱり物凄く響く。自分にとって、一番惹かれる音色なのは何故なのかわからないけれど、間違いないな、と確信した。

本日は映画鑑賞日和。
昼は渋谷Uplinkにて「ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」を観て、夕方は銀座の丸の内TOEIにて「洗骨」を鑑賞。

まずは、ピアソラのドキュメンタリー映画の感想🎬


ピアソラの映画は彼の伝記に沿ったドキュメンタリーだったがYouTubeの宣伝を見て興味が湧きすぐ見に行こうと決めたものだった。
感想は、私はこの映画を見るより純粋にピアソラの音楽を聴いている方が遥かに彼の人生が滲み出ていていいと思った。
映画はゴチャゴチャとしていて分かりにくかったし、全体的に編集も荒かった。ドキュメンタリー映画にするならもう少し見やすいように出来上がっていないと、自分で新聞や雑誌や写真資料や、音を読み漁っているような感じで忙(せわ)しなくライブの映像出てきたと思ったら、聞かせずにまたストロボのように次から次へと情報を詰め込む。だから、結局、わからない。
勿体無いなと思った。もっと、じっくりと最後あたりでタイトルにもあるリベルタンゴを聴かせるようにしてあまり前半にライブ映像出し過ぎたり音を強調し過ぎないほうがいいな。締まりがなかった。

ピアソラの音楽が好きなだけにちょっと残念だった。

そして、ピアソラの名言的な言葉を聞けてよかったけど、それが、ど頭に出てきてしまったものだからそのあとのその言葉の力といったものが持続されず、強い言葉なのに後々触れられることもなく風化されていった印象を覚えた、それも残念な点だ。


ただ、映画云々ではなく、やはり印象的だったのは彼が言い放っていた言葉だ。

「過去を振り返るな。
昨日成したものはゴミ。」

ピアソラはそういって前日に書いた譜面を破ったり、過去に書いた楽譜を燃やしたりしていたそう。

これって彼の生き方やアーティストリーをよく感じられる言葉だなと思った。

大体自分が生み出したものって売りたくなかったり手元に置いておきたかったり、なぜか大事にしたいと思う人は多いと思うのだけど、それを、"昨日成したものはゴミ"といってどんどん手放す彼に物凄くメラメラとしたクリエイティビティを感じる。生み出す時って、持っているものに執着なんかしないんだなと思った。創造のエネルギーが優っているから。昨日まであったものなんてどうでもいい、今生まれてくるものがすべてだという感覚だと思った。

そんな彼でも「一夏ピアノの前にいたが一曲も書けなかった」と息子との会話で言っていたように、そんな時期もある。いつでも生まれてくるものではないからこそ、創るエネルギーがある時にはそこに命掛けていかなければいけないんだなと、よく感じた。


いろんな意味で勉強になったし、やはりピアソラは天才だなと思った。また彼の音楽を聴くときにはもっと深く聞き入る気がする。彼が死んでも彼の音楽は生き続けている。芸術は魅力でしかない。


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勝つ、という言葉が好きだ。
でも人と競う事は嫌いだ。

でも、勝つ、という強い言葉を使うとき、
そこにチームがある。 

一緒に戦い抜く人々の姿があるから闘おうという気持ちが湧き起こる。
もし、自分一人だったら闘おうとは思わないし、思えない。。。


皆んなで分かち合いたいものがある
それは勝利であり惨敗であり、それが希望であるからなのかもしれない


自分が踊ることに今まで独りよがりでいたし今も変わらない部分もあるのだけれど
誰かと力を合わせると相乗効果も然りもっとおいしい酒が呑めると思うと、人といずにはいられないんだよな。

人と協力するからといって妥協はしたくない。
ここは自己責任かな
自分の居場所じゃないとかフィールドが違うからと自分で割り切ってしまうのは悲しいことだ…!
やっぱりやれる事をやれるだけやるのが舞台だと思うから。人といても、妥協してしまいたくない

そして今は楽しんで楽しみまくっていると思える。


だから毎朝起きて、
ちょっと疲れていて(笑    ……また今日も演るのか…嘘みたいだな……….と一瞬信じられない気持ちを抱くが、それを自分の中で掛け替えのない一回一回にしていきたいと思える時間でもある


踊りたいから踊っている

踊れる場があるのに自分を追い込めなければ私は悲しいなと思う😢

やっぱり踊りたい


それがお客さんにも伝わる


しっかり踊って見せたい
世界観もだけど、非日常も、美や奇も真も、
感情を一滴一滴垂らしながら見ている方に見せていくのが私の使命であるから

だから、絶えることはない


踊ったら、お酒飲んで、猫を抱いて、眠る
を繰り返せればずっとしあわせだなと思う


あと先考えず踊りたいように踊る
あー、しあわせだ毎日踊れて
まだまだ自分を追い込める気がする
去年も今年の為にあったと思える
心の余裕がある
だから今もっと踊りたい

心に余裕が無い時は、
私は踊ると同時に苦を味わうから

苦を味わうのも乙なものなのかもしれないけれど
やはり歓びに勝るものはないかな
歓びには苦さえも含まれているからかな………


そして明日からもしっかりと場をこなすと共に
自分と闘い
踊り抜く
その意地を貫いて
楽しみます!笑笑

結果、訳わからない。。。

ただ踊りたいだけ!


本日はhayateさん楽日でした!
若さといえさすが!!ブレイクダンスの安定感……
不安感のない表現や技術は素晴らしい。ここが、プロですね。
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hayateさんお疲れ様でした!!!
またどこかで会えますように


雷神門はあと8公演あります!
一回一回丁寧に楽しく自分を追い込みながら皆んなと協力し合いながら、良い舞台を繰り広げていきたい。



















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