‪本当の意味で頭の良い人は
表舞台に出ていない人だと思う。

表舞台に出ている
少数の頭の良い人たちは、

裏にいる頭の良い人に
知らず知らず使われて
矢面に立たされているか、

周りの人たちを
放っておけなかった良い人か、

頭がいいように
見せているだけの人なんだと思う。‬

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俺は漫画の『目』を描くのが苦手。
実物の人間よりも大きな『目』。
顔のどこに配置すればいいのか、大きさはどれぐらいが適度なのか、その加減が分からない。
試しに描いてみると、ちょっと位置がズレただけで、もう参考としている漫画キャラに似つかない顔になる。

あるプロが言っていたが、漫画キャラを描くことに抵抗がある人と、そうで無い人の『差』は、『慣れ』だという。
若者たちは、生まれた時からこの『目』のキャラを見慣れているが、漫画の文化が発展する前に生まれた方々にとっては、人生の途中から認識し始めたわけだから、見慣れてないのだという。

そんなこんなで、イラストレーターとしては漫画に見慣れる必要はないかもだが、今や漫画も立派な『アート』だと俺は思っているので、まずは見慣れなきゃならないと思い、ここ数年、めっちゃアニメを見まくっている。

近所のレンタル屋にない作品を見るために、『amazonプライム』で、いろいろ見ていたのだが、最近、何気なく見ていたアニメが、今、ものすごい勢いで人気になっているらしい。

それが『鬼滅の刃』。

この世に『鬼退治』の物語は、数多くあれど、ここまで爆発的な人気を得た作品は少ないんだろう。俺自身は、「ものすごく面白い」…と感じたわけじゃ無いが、続きは気になるところだ。
それにしても、最近の人気になる漫画やアニメは『進撃の巨人』とか…血が飛び散るとか、人が死ぬとか気持ち悪い残酷なシーンが多い漫画が、なぜか大人気になるんだなーと感じている。
やっぱり『刺激』がないとダメなのか。爆発的な人気をとるには、非日常的なシーンが多い方がいいのか…。うーん…。

そんなこんなで!
練習として描いた『鬼滅の刃』の「鬼舞辻無惨(きぶつじむざん」。
原作の漫画を読まずに、アニメだけを見てるから、たぶんどこか違って見えるかもしれないが。
アニメの26話で出てくる女体化した無惨。
その姿は、『12鬼月(じゅうにきづき)』の『下弦(かげん)』であっても声を聞くまで気づけないほどの『擬態』らしい。
テレビアニメでは、この26話までしか出てなくて、続きは映画版になるらしいけど、たぶん、『擬態』が完璧だから、今まで『鬼殺隊(きさつたい』に見つからなかったんだろうと予想する。
と、なれば…必然的に、異常に鼻が効く主人公だけが『擬態』に惑わされることなく、無惨を見つけることができるんだろうなーと予想している。

どんな決闘が見られるか、今から楽しみだ。





ぜんぜん、こっちのブログを放置し過ぎてて
存在を忘れかけてた、だいごろうです。



現在、自分はイラストレーターという本業の傍ら、YouTubeチャンネルを活性化させようと、動いてます。

『北陸ユーチュー部(仮)』です。

この記事はスマホで書いているので、リンク貼るのがメンドイので、動画に興味がある人は検索して見てください(汗)

そのチャンネルを立ち上げた経緯は、インターネットに疎い人でも、アイディアを持ち寄って、勇気とヤル気さえあれば、動画を楽しめることを体現できる『場所』にしたかったからです。
知識がないからって、アイディアがないからって、せっかく今の時代に生まれているのに、同じく楽しいことを共有できないのは、もったいない!
そういう想いから始めました。

やってみて、始めて分かったのですが…残念なことに、「動画を楽しめない(作れない、出演しない)」人たちは、そう望んでいるから、そうしているのであって。
「一緒に作りましょう!」と誘っても、誰も手をあげないんです。
そして、「動画をみてください」と促しても、もともと動画を見ない人たちは、元々、そういう人たちなんです。動画に対して「見る価値ない」と思っている人たちなのです。
そして、そこに価値があると見出している人たちなら、俺が誘うまでもなく、自分から動いてます。自分でチャンネルを立ち上げて、活動しているものです。

人の価値観というのは、他人が安易に変えられるものではありません。その人の生き方そのものが価値観となっているため、それを覆そうとすれば、本人からしたら「今までの生き方を全否定される感覚」ぐらいの錯覚を覚えるんだと思います。
それに価値観というのは、人それぞれ違っていて当たり前なので、その他人の価値観を自分の都合の良い方向に変えさせるのは、もはや宗教のやり方、考え方に近いものがあります。
「この壺を信じて買わなきゃ地獄行き」みたいな(笑)

インターネットもそうですが、動画というのは、まだまだ歴史が浅いです。2006年に「YouTube」が、動画プラットフォームを始めました。つまり、まだ10年をちょっと過ぎたくらいしか歴史がありません。最近になって、ようやく「ユーチューバー」という言葉が浸透し始めたぐらいです。現在でも興味がない人たちには、その言葉を聞いてもピンとこないでしょう。

そして、こういう新しいジャンルに即対応、順応できるのは、いつだって、その時代の若者たちです。だから、動画の視聴者で一番多い年齢層は、小学生から高校生ぐらいの若者たちです。だから将来のなりたい職業に「ユーチューバー」というキーワードが出てくるわけです。
その若者たちと、今の中高年たちとの差は、「もうすでにインターネットが普及している時代に生まれたこと」です。1996年ごろに、やっとインターネットという言葉が流行りだしたので、中高年にとっては、人生の途中から「新しい価値観」が生まれたことになります。若者たちは生まれた時からインターネットが当たり前にある価値観なので、大人たちの行動、教育も手伝って、スムーズに順応していけるわけです。
一方、中高年の人生の途中に生まれた価値観は、自己責任で取捨選択できます。新しい価値観を人生に取り入れるためには、ゼロから知る必要があります。新しい知識を学ばなければなりません。そこにかかる費用と時間と労力を考えると、仕事や趣味にインターネットが絡んでなければ、まず選びません。

動画も然り、です。
じつは俺自身も、「北陸ユーチュー部(仮)」チャンネルを立ち上げるまでは、インターネットに多少詳しくても、動画には興味がなかったので、そんなに見る方じゃなかったんです。まして動画を自分で作ることにも、ほとんど興味ゼロでした。
冒頭で説明した通りの経緯があり、それから自分で動画を貪るように見始めたのです。動画のお勉強ですね。

だから、今となっては、もともと動画を見てない人たちに「見てください」と言い続けることは、とてもとても効率が悪い方法だなと感じています。
そういう人たちが見てくれる可能性はゼロではないけれど、限りなくゼロに近いですよね。興味ないのに無理やり価値観を押し付けるようなものです。
今まで運動せず生きている人に、いきなり「フルマラソンに出走しようぜ」とか「相撲ブームだから相撲やろうぜ」とか「バスケの試合やろうぜ」と誘うようなものです。

俺の友達にも『北陸ユーチュー部』へ誘ってみたのですが、「ネット環境すら自宅に無い」と言われました。携帯はスマホだけど、料金は一番低いプランであると。
価値観とは生き方そのもの。人は生きていく上で自分に必要なものに価値を見出し、自分が価値あるものだと認めたものにしか『お金』を使いません。
ネット環境を整えるには、回線工事費、プロバイダ契約など、お金を費やす必要があります。友達の人生にとって、ネット環境はお金をかけるに値しなかったのでしょう。それ「も」いいのです。価値観は人それぞれ。それを無理やり変えさせるのは違うと思うので。



今でもずっと動画を見て勉強中ですが、動画のコンテンツは多種多様であり、小学生から祖父母の年代までもが自分のチャンネルを持っているので、テレビのチャンネル数より圧倒的に多いです。つまり、有名になるまで(見つけてもらえるまで)が大変な時代になってます。
それは動画に限らず、インターネットの世界が全てそうですね。有名な西野亮宏さんの本やブログにも何度も書かれてます。
「全国民、総クリエイター時代」
動画を含めたSNSというツールは、すでに数億単位の人たちが、気軽に自己発信しています。それが出来る時代になったのです。
一度でも有名になった人たちは、ずっと注目されて、有名で有り続けれて、無名な人たちは、数億というクリエイターの中に埋もれてしまっていて、なかなか見つけてもらえないの現状です。そういう時代になったんです。

ここ数年、テレビをぜんぜん見てなかったんだけど、最近、時間があったので何気なくテレビをつけて見たんですが…日曜日だったからか、どこも面白くなくて(汗) 田舎だからチャンネル数が少ないし、どのチャンネルも1週間のニュースをまとめてるワイドショーだらけで退屈で。数分と経たないうちに、テレビを消して、動画のチャンネルを探し始めてました。

今、俺みたいな人は多いんじゃないかなと感じます。
それは単に「テレビ離れ」という話じゃなく、『情報過多』であると同時に『エンタメ過多』なんじゃないかなと。
「総クリエイター時代」なのだから、当たり前ですよね。テレビやラジオ、新聞や雑誌、それらだけが『エンタメ』じゃなくなった。
全国民が『エンタメ』を量産してるわけじゃないにしても、全世界規模で『エンタメ』を量産できる人口が増え続けるようになっているわけなので、視聴者側は選びたい放題なのです。むしろ、どんなに時間があっても足りないくらいだから、選びきれないんです。
そして、『エンタメ』クリエイターたちは、視聴者でもある。こうなると、他人の『エンタメ』を視聴してる時間が惜しくなってるクリエイターたちもいるでしょう。純粋な視聴だけの人口は減っていく一方です。



テレビやラジオ、雑誌のメディアは…たぶん、この先そんなに進化はないと思います。このままなんじゃないかな。もう昔から『エンタメ』として世の中に確立できたから。そして、それらだけで『エンタメ』を楽しむ人たちは、たぶん、この先も価値観を変えずにそのままでいるでしょう。

SNSは、良くも悪くも進化と衰退を繰り返していってますね。新しいSNSのツールが開発されリリースされると、従来のSNSのツールが衰退していく。その辺は、ある程度、人口が割れそうですね。従来のツールが好きな人は、そのサービスが終了しない限り、今のまま利用していくんでしょう。次々に新しいツールに順応していける人は、次々リリースされるものに対応していくんでしょう。

ますます、格差は開いていく。

テレビを見てる人と見てない人は、共通の話題が乏しい。会話が合わない。価値観が合わない。
SNSをしてる人としてない人も、共通の話題、会話、価値観が合わない。

動画は…どうかな。
進化することはあっても衰退はしないと思う。

では、その時に…順応出来る人たちと出来ない人たちの価値観の差は…どれだけ開いてしまうんだろうか。
たぶん、俺は、今ですら動画を全く見ない人たちとは、会話がスムーズに出来なくなっていく気がしている。少なくとも、インターネットに疎い人たちとは、「この先の『エンタメ』」について語り合っても価値観が違うから理解されないと思う。



さて…以上を踏まえて、
うちの『北陸ユーチュー部(仮)』。(汗)

いっしょに撮影できる人を随時募集しているが、おそらくしばらくは賛同してくれる人たちが現れないと思われる。今の部員たちも、自分から望んで入部した感じじゃないので、動画製作にあたって自主性はない。辞めていく者も現れるだろう。
おそらく、チャンネル登録者数が多くなり、知名度が上がり、『エンタメ』として周りが認め始めたら、ようやく「利用価値あり」として、人が集まるんだと思う。しかし、俺としては初志貫徹で「いっしょに楽しむ」ことが目的なので、利用価値(主にお金や売名行為)を求めて来られると、絶対『エンタメ』として面白くなくなるのは目に見えているので。そういう人はお断りしたい。

…はぁーぁ。
伝わらないものなんだな。
こういう活動は富山県としてはあまり見ない活動だと思うから、すぐに人が集まるかなと思っていたのに。

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