個人が自分の都合だけを優先し
誰も本当のことを言わず
でも、とりあえずもっともらしい物語は必要だから
いけにえの羊と一緒にそれを差し出す

多分
歴史と言うのは
これの繰り返しであって
世の中は
悪という存在が別にいる
それが悪いことをしているのではなく
一人一人の頭の中でおきている混乱が
そのまま世の中になっているだけなんだと思う
みんな人のせいにしているけど
自分が悪いんです
ほんとは

「世の中が悪いのは
俺のせいです
すいません」
という人が増えればちょっとはいい感じになるかもしれないな

僕はそんなことは言いませんけどね

みんな意地っ張りなんだと思うので


自分の中である枠をきめ
その中であがき続け
ある時
ふと
その枠の中から
少しはみ出してしまう瞬間があります

実はそれが実感というものであり
いちばんの快感であり
それを自由といい
生命力なんだと思う

設定した枠がゆるいと
その中で獲得した自由もゆるいものになってしまうし
だからといって
枠がきつすぎると
身動きがとれなくなってしまい
自由を獲得できなくなってしまう

枠の決め方が
その人のデザインセンスであり
枠からのはみ出し具合が
その人の生命力

そういう自由を探求しようとすることを
欲望といい
それゆえに人は生きていられるのでしょうね
枠があってこその自由


新芽の一生のようで、
自由を探して一直線とはかけ離れた
「線」を辿って一生を終えたほうが息を感じる

突然変異だ

自分の枠がささくれを作って、生命力をつくることが
意識の色をつみあげて、細やかな生き方の道を作ってくれるんじゃないかと、ふと思ったのだ

複雑さこそ、回路を組み込む美術的なものにとても近い

人のものさしは折って捨てたほうがいい








僕は、はじめ教育者としての道を志していた
工業の先生だ
何故だか教職をとらなかった
僕のうっかりなところがでて、履修し忘れた

いつのまにか、自分の夢が崩壊してるんじゃないかと思うくらいグラグラしていた

就職する、いや、外と結婚するときの話
「趣味」とするべきという理性
「食べていきたい」という感情

これは自分が好きなものをどう生かしていくかの問題
理性と感情の交差と平行の発生

「好きなことは趣味でいい」
これは大人の発想であって
頑張れないのは好きなことがない

好きなことに人生の一番大きなウェイトを置くことは
普通のことではないか

手放しで才能を称賛せず、好きなことを選べば幸せだなんて軽く言うものではない

好きでも、葛藤は必ずつきものであって
他人がつべこべいうものじゃない

夢の話というのは、とても辛い
なにか努力しても、馬鹿にされてしまうこともある

本気を表現するとそれだけで
「何本気出しているの?ムキになっているの?」
と言われる時代なんだから

ただ夢を追いたいだけなのに

自分を助けてくれるのは、きっと
否定の恐怖を超えた「好き」だ

だから、嫌でも生かされてる

そんな世界にいると死にたくても死ねない

嫌といっても、試したい自分が生きている
世界はとても身勝手だけど、自分も身勝手だよね

反抗の気持ちは大事だよ


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