月別アーカイブ / 2019年04月

平成最後に見た夢は
すごく幸せで愚かな夢だった

もしかしたら昨日と一昨日に参加した
レインボープライドがあまりにも非現実的で
幸せに満ちていたから
愛なんて曖昧で不確かなものを信じたい気分になったからかもしれない

私は当事者であるわりにレインボー的な活動をそもそも支持していなかった
社会なんて変わらなくてもなんの不都合もないと思っていたし変態であると割りきって生きればいいじゃないか、だって実際おかしいことだから、と生産性がないと言い放つ議員のように偏見に満ちた目線で自分自身を捉えていた。

しかし、深い諦めを口にする一方で愛し愛されるという人並みの幸せみたいなもの(それすらも実態のないものだからそれがどういうものかもわからずに)を渇望している自分もいた。
信じられないから実態をつかめず憧れだけが膨らみ、愛とは小説や映画の世界のような激情の昂まりであり、時に暴力的な、最終的に心中に至るようなそういうものだと幻想を抱いていたと思う。

しかし愛は一方的な理想の押し付けには成り立たず、育むものであった。
育みはお互いを尊重しなければ成立せず、また、自分を認められなければ他者も認めることに繋がらないというとても複雑なものであった。
相手の言い分をすべて受け入れることでも成り立たず、かといって自分はこうだと主張するだけでも、またそれぞれの問題だと割りきりすぎても理解の放棄となる可能性があり成り立たない。
きっと死ぬまで尊重の元、理解と主張を繰り返しお互いを発見し続けながら育てるものなんだろう。

と、頭では理解しつつもそんな難しいことが実現できる気もしなかったし、私の心はいつも誰かに譲ってきた不満が残っていた。
みんな勝手なことを言いやがる。
愛なんて誰も叫ぶんじゃねえ、嘘くせえって。

そういう渦の中で出口が見つからずにいた自分に光を見せてくれたのはちょうど1年前のレインボープライドウィークに開催されたワークショップだった。
だから期待ももちろんあって。
愛を信じたい自分と
愛なんて幻に期待をするな
という両者が葛藤するなかでなんとか、信じたい自分に気持ちを寄せて参加してみると、



ああ…




理屈じゃないんだ。




という、ため息が漏れた。





そこにあるのは
としか言い様のない光景だった。
私はひとりでいるときに口角があがることはほとんどない。
私に明るいイメージを持ってくれてる人はあなたが私を明るくしてくれてるのです、ありがとう。
ひとりでいれば私はひたすらに暗い人間であるにもかかわらず、その場では口角が自然とあがった。
私は圧倒的にひとりだったが、ひとりではないような気がした。

ただ、目の前の人たちを慈しみ受け入れ続けるような空間。
すごかった。

レインボープライド
という名称。

プライドというと日本では少しマイナスなイメージが走ることがある。
しかし、本来はとても大切な価値観であると思った。
あるアーティストの言葉が胸に響いた。

好きな人を好きって堂々と言える
それがプライドじゃん

認めてもらえなかったら堂々とできない私は臆病だった
認めてもらえないなら自分も認めないという私は卑怯だった

あまりに嘘をつくことに慣れてしまった私は嘘に対して鈍感になっていた。
隠して当たり前。
しかし嘘というのは誰かを共犯者に仕立てる行動でもある。
そんな罪を理解し、進んで被ってくれた人がたくさんいる。
でも罪は少しずつ積み重なって自分を苦しめていくものだ。
気がつくと私は罪悪感でいっぱいの人間になっていた。
だから正直に生きれることが大切なんだ。
社会を変える手助けをしたいと心から思った。
私が何かしたからといって何も変わる保証はないし、また、それが必ずしもいい方向に転ぶわけではない。
私はたくさんの人を傷つけてきたしきっとこれからも傷つけてしまうだろう。
でも少なくとも偽りの人生は自分にとっても誰かにとってもやめようと思う。

正直に生きれない罪悪感は平成に置いていこう。
最後にたくさんのごめんなさいと数えきれぬほどのありがとう。



【GWイベント情報】
『コロさんと喋る場』
●5/1「SHOOTING PAINについて」
●5/2「LGBTについて」レインボーウィークだからね!
●5/3「47都道府県一人芝居作戦会議」
↓各日↓
参加費:1,500円
時間:18時~20時くらい
場所:live space anima
予約:corobuchika@gmail.com(名前・来場日) 

嫌な人がいる時は
可哀想な人だと思いなさい
みたいなことを言う人いますが、
誰かを可哀想な人
って思うのって上から感否めないし、
お前何様という気持ちになるため、
好きではない。

だったらまだ
憎しんでる方が対等じゃん
って思うんだけど、
可哀想だと思われたい人もいるんですよね。

私って可哀想、
だから許して、
だからあわれみを持ってください、と。

その可哀想がられたいと思う気持ちって、私には全然理解ができないと思っていたのだけど、最近無意識に自分は可哀想だからということを理由にしていることがあるということに気がついてしまった。
客観的にみたら繋がらないようなことも、だって可哀想だからというパワーワードにより立派な理由みたいにして言い訳することがある。
本当はそれはそれ、これはこれで責任をとりけじめをつけていかないと全部ごっちゃにして不都合に対してどんどん言い訳をするようになってしまう。不幸はなかなかそれが言い訳であることに気がつけないこと。

あわれみ
には、
憐れみと哀れみってふたつ漢字があって、
憐という字には、
愛すべく、いじらしく思う
という意味。
哀という字には、
悲しい、心を痛める
という意味。

だから可哀想を言い訳にしたい人は憐れみの方が欲しいのだと思うけど、実際は哀れみしか持てないのだから、みじめだということに気がつかねばならない。
自分で自分をみじめにはしたくないよね。


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ついに、終わった。稽古。
こんなにも時間が過ぎるのが早く感じる稽古はなかったかもしれない。


私はつい、どうしたら伝わるだろうかを考えてしまうから、今回はあなたはどうしたい?ということを強く意識した稽古だった。

演出はやればやるほどに難しくて当初描いていたものから遠退いていくような気がする。


そしてどうしてもっと早く気づけなかったんだろうと今になって思うこともたくさんある。
でも、それが現状でありそれが私の力そのものでしかないんだよね。
まだまだ稽古はしたいけど、あとは劇場で育っていくばかり。


今回は右手やよしぽんのお陰で本当に作品作りに集中させてもらった。これはすごくありがたいことなのだと、改めて感謝です。


ピヨピヨレボリューション
SHOOTING PAIN
間もなく開幕。


ピヨピヨレボリューション
2019年年4月5日(金)~4月16日(火)、花まる学習会王子小劇場にて上演!
www.piyopiyorevolution.com


王子小劇場で
待ってるよ。


写真は、全体写真を私のカメラで撮ろうとしたらうまく写らなかったけど私が押したら撮れた、けどぶれた、という写真。

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