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年の瀬のこんな時間に失礼いたします。

2018年は私個人にとってとても大きな、そして激動の1年でした。

と言っても、激しく動いたのは環境ではなく、私の内面です。

ずっと、25年近く蓋をしていたものをついに解放し、丸ごと自分のことを認めてやろうか、という気になったのが最近のことです。何の話やら、という感じですね。

 

正直怖いです。この発表を決めてから何日かはご飯も喉を通らなくなり考えるだけで動悸が激しくなり手は冷たく震えました。仕事や対人関係においてはアグレッシブなのに、こと自分の事となったらなんて臆病なんだろうかとうんざりしています。でも、そんな自分を乗り越えたいという気持ちが勝ったので告白させていただきます。

結論から言いますと、私は同性愛者です。

 

なんと言って表現しようか悩みました。LGBTと一口に言っても、いろいろな種類があって、私はレズビアンというくくりに入るのかもしれないけど、その響きはとても私の胸をこわばらせるものでした。そして同性愛者という言葉も果たしてしっくりくるかと言われたら微妙なところではあります。私は自分のことを女だとはわかっていますが、じゃあ本当に女性かと言われるとそれもやっぱりしっくりこない部分もあり、じゃあ男かと言われるとそれも違う。性別を決めたくないというXジェンダーという人々もいますが、私は決めたくないんです!と主張したいわけでも、詳しくない人にちゃんと「私はこういう人間で~」と説明したいととは思っていない。身体的な性別は女性なので、そういう意味で女性として扱われることには抵抗はありません。そんな曖昧な感じで、一応性別は女性で、恋愛の対象が女性なので同性愛者かなあという感じです。

うーん、改めて自分の恋愛の対象が〇〇です。と宣言することってなんだかとっても不思議な感覚がしますね。だって、あんまり言わないでしょ、そういう恋愛みたいなプライベートなことを私ってこうなの!って言うことって。にも拘らず宣言しようという気になったのは、ちょっとややこしく、長い話になってしまうのですがお話させていただきます。

 

私を縛り付けている問題は大きく分けて2つあります。それは自尊心と罪悪感です。

自尊心という言葉がありますが、皆さんはこの言葉どんな風に捉えていますか?

私はこいつが同性愛者である自分に著しく欠けていました。

それはなぜかというと、LGBTである自分というものに他の誰でもなく自分が一番偏見を持っていたからです。

私は子供の頃から同性が好きであると感じることが多く、その度にそれはいけない感情だと蓋をしてきました。蓋をしていればいつかこういうものは無くなるはずだと、大人になったら普通に結婚しなきゃいけないんだからと、思っていました。また、幼少から女子サッカーをやっていたのですが、そこでは女性が恋愛対象の人もたくさんいました。当時はそんな言葉が浸透していなかったのですが、今思えばトランスジェンダーと思われる人が結構いたんですね。そんな中私はこんな見た目ですがどちらかというと女子っぽい、みたいな方に分類されていたと思っています。そういう女子っぽい分類の人たちの会話の中で「〇〇ってだれだれ(同性)が好きみたいよ」「えーありえない!」みたいな噂話が飛び交っており、私は内心自分もだ、と思いながらも同調していました。周りは悪気なんてないことは分かっています。だからそんな皆のことを責めるような気持ちはもちろんありませんし、なによりそういった言動に傷ついてるとも思っておりませんでした。が、自分がそうであるという罪悪感だけは積もっていきました。

ある時、恐らくトランスジェンダーであった同級生から「実は」とカミングアウトされましたが、私は「私もだよ」と言えませんでした。それどころかなんて言葉をかけたかすらも思い出せない。ただ、彼女の苦しみと勇気をもって私に告白してくれた気持ちだけが強く印象に残っています。もしかしたらとても薄情な返しをしてしまったかもしれません。とにかく臆病な私は周りにそんなこと気づかれたくなかったし、同じような仲間だとも思われたくなかった。私は自分が同性愛者であると確信してからも、自分のことを周りに認めてほしいなどとは思っていなかったし社会活動にも興味がなかった。ずっと墓場まで持っていくでいいと思っていた。私は変態だから仕方がないと自分も周りも騙していたのです。

でも自分を騙すのにも限界がありました。

30歳。世間的には結婚というものがメイントピックになります。どこにいっても結婚どうすんの、子供は?という話題で溢れかえります。周りも自分も騙したい私は恋愛の話をそもそもあまりしていませんでした。話題自体が嫌いなわけではないのですが、私が話すとどれもこれも嘘になってしまうので綻んでしまうことを恐れ興味がないふりをしていました。

ただ実際は私は常に恋愛をしている人間でした。

私は同性愛者であったからか、昔から誰の一番にもなれないという気持ちが強く、大人になってからも、結局はみんないつか結婚して普通の家庭を持つことが幸せなことだから私は身をひかなくてはいけないという考えにとらわれていました。どんなに私と一緒にいたいといわれても信じることはできませんでした。そのくせ私は私を一番にしてくれる人を探し続けていたのです。その悪循環から自己否定を強めていき、自分で身を引いたり手放したりしたくせに「どうせ私は」と自分で自分を傷つけるようになっていきました。

自分を傷つけるだけならまだいいのですが、自分を信じてくれる人すらも傷つけるようなことをするようになっていました。そうして自分で自分を不幸にしていったときに劇団で「疫病神」という作品をやりました。内容は作家が自分の問題を乗り越えるために苦しい自分の内面と対面し向き合い戦った結果の素晴らしい作品でした。そんな姿を見て、私は?と。人に向き合うことなんかを説いている癖に自分は?全然乗り越えても戦おうともしないじゃんかと恥ずかしくなりました。

そこで私は初めてLGBTである自分と向き合おうと、勉強してみようと、そして私自身のことも認められるようになろうと思ったのです。それでワークショップにいってみたり、同じ悩みを持つ人と話してみたりすると、いままで口にすることを恐れていたことを口にするだけで、人と共有するだけで驚くほどに凝り固まっていたものが解けていく感覚があったのです。衝撃でした。そこで、もしかしたらこんなまだまだ乗り越えきっていない自分だけど、どこかの誰かの助けになるのかもしれないと思いました。そしてなにより自分のために発表しようと考えました。

 

世の中は私が思っている以上に理解が進んでいてこんなことなんの事件にもならないかもしれない。そう思ってたよって人もまさかって人も興味ないって人も色々いると思います。

これからどんな声があがるのか、人と会うのがとても怖いです。でも今回この発表に踏み切れたのは私を支えてくれている仲間の存在がすごく大きい。

人間はひとりです。でも、ひとりじゃないって思えることは自分の足で立って決断をして歩いていくことに大きな勇気をくれるんだと、みんなの存在に教えてもらいました。

ありがとう。

長くなりましたがいまここで書けたことはほんの少しでまだまだどこかで同じように悩んでる人にかけたい言葉はあるのですが、今日はこんなところで。

これから順次更新していきますのでもしよかったら覗いてください。

自分を認める努力をしつつ、更に2019年パワーアップして大切な仲間たちと一緒に進んでいきます。何卒宜しくお願い致します!

 

 

2018年12月31日 コロ