音楽は聞いてもらえるだけで奇跡。

そう何度も語る彼の背中を、追いかけてきた。


忘れられなくて、忘れたくなくて、たくさんのことを世界一のロックスターに教えてもらったこの4年間のことを、残しておきたくて。
いつぞやのキャンペーンでお世話になったLINEブログに書き残しておこうって思った。


思えば、いろんな初めてをもらってきた気がする。

たくさんいろんなところに連れていってくれて、いろんな景色を見せてくれた彼が、いつだって私の中の世界の中心で。

何十年後、よぼよぼのおばあちゃんになって、人生で一番キラキラしてて楽しかった時間は?って尋ねられたら、きっと間髪入れずこの4年間って答えると思う。

16分の4、約分して4分の1。
たった4分の1。
って数字だけ見たら自分もそう思っちゃうと思う。でもこの4年間、人生の喜怒哀楽詰め込んじゃったんじゃないかってくらい、笑って泣いて、怒って喜んで。


ランドセル姿もようやく様になって、まだ数学が算数だった年、初めて彼の音楽に出会った。
真っ直ぐで、よく通る声だった。
こんな風に歌えたら、すごく気持ちいいんだろうなって。
歌が本当に大好きなんだなぁって。


初めての制服に身を包んで、運動会が体育祭っていう少し大人の響きに変わった年、初めて彼に会いに行った。
会いに行ったとは言っても、地元のお祭りに歌詞太郎さんがゲストとして来てくれた形になっちゃうんだけども。

40分弱のステージが、今でも頭の中に残ってる。

強くて優しくて、真面目で誠実で、誰よりも音楽が好きな人の歌だった。

お兄ちゃんが見てた音楽番組も全く面白くなかったし、CDプレーヤーも家になかった。
今思えば、好きな音楽も、自分と言えばこれ、みたいなものも何もなかった私が、あの時大きく変わったんだと思う。


進級して2年生になった年、初めて県外のライブに足を運んだ。
広島発横浜着の夜行バス。
往復12400円。
部活帰りにセブンで発券した乗車券。
両親と祖母からの誕生日プレゼント。
2015年7月24日 KUJI ROCK FESTIVAL。
1人で広島を出るのも、夜行バスに乗るのも、自分で切符を買って電車に乗るのも、財布に1万円以上入れて外出するのも、何もかも初めてで。
不思議と不安はあんまりなくて、夜行は快眠だったし足腰も全く痛くならなかった。
窓から見えた景色だって人混みだって、川を背に演奏する3人だって急に迫ってきた黒雲だって、ぜーんぶ輝いて見えた。
雷が鳴る中で聴いた Hello,My story は最高にエモかった。

「中止になったんでしょ?(笑)じゃけえ反対したんよ行った意味ないじゃん」 

って当然夜行だから朝帰りした私にお父さんが言ってきて。
あの日から多分私お父さんとうまく話せなくなって、まともに話したの数えるくらい。

そんな深い意味とかはなかったんだと思う。
14歳の娘が関東に1人で、しかも夜行バスって心配だよね。当たり前。
1年に1度の誕生日プレゼントがものに残らないものでもいいのかって何度も確認してきたし。
お父さんなりに私のこと考えてくれてたんだと思う。

でも私、全く後悔しなかったよ。
あの日私は世界一幸せだったって胸張って言える。
自分で働いたお金ではないけれど、初めて自分から広島を出て、会いに行けて。
レフティさんとたるちゃんにも初めて会えた。
関東の会いたかった友達にも会えた。
ライブはもちろん最高だった。
後悔なんて微塵もなかった。

あの時ちゃんとお父さんに伝えられていたら、きっと今の関係も違ったんだろうけれど。


クジロックから少し時は遡るけれど、2015年のワンマンツアーの話。

『薬をやってる奴がロックスター?女と遊んでる奴がロックスター?違うだろ、ひたすら真面目にやってる奴がロックスターなんだ』

多分この時、自分は一生この人についていくんだと思った。

14歳だった私はさ、真面目だねって言われるのすごい嫌だった。 
思春期真っ只中の10代が真面目から浮かぶ一番のイメージって、 『ダサい』 じゃん。
多分あの時周りからなんて思われてるか常に気にしてた。

そんな時に、真面目を全肯定してくれた人は、私が大好きで尊敬してやまないアーティストで。

『真面目なことってよくバカにされる。おかしくないか?真面目にやってる奴がさ、世界一かっこいいんだよ』

人に誇れる生き方は、この人みたいな生き方なんだって思った。

ひたすら真面目にひたむきに、音楽を愛し続けて、報われなくても腐らずまた一歩一歩進んできて。
そんな人から発せられたそんな言葉、心に響かないわけなくて。信じられないわけなくて。

あの日から私、真面目に生きたいって思った。
真面目を誇れるようになったよ。
14歳で。


初めての受験っていう壁が目の前に立ちはだかった年、イトヲカシが受験生応援アーティストになって、町単位で地元なところに来てくれた。

こんな嬉しいことってあるのかな。

イトヲカシが無期限活動開始を発表して、実際に活動が本格化した年に受験生になってしまった自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。
自分を呪うしかなくて。

そんな中でも頑張れたのって、間違いなくこの人の音楽があったからで。
高校に合格して、絶対胸はって自分から会いに行くんだって思った。

中3の春、京都の路上ライブでこれからはあんまりライブ行けなくなっちゃうんですけどって泣きそうになりながら辿々しい言葉で言った私に、

『あなたなら大丈夫、僕の歌が寄り添えますように』

中3の秋、岡山の路上ライブにこれが最後って言い聞かせながら来た私に、来ちゃった?って優しく笑いながら

『合格して、笑顔で会いに来てくれたらうれしい。来てよ、待ってるから』

って言ってくれた人、一番の力になってくれた人、全部全部同じ人。



やっと今年高校生になれてさ、いっぱいいっぱい会いに行けた。
中学生の時の中々会いに行けない自分が嫌いで悔しくて泣いてた私に、今言ってあげたい。
私がいますっごくすっごく幸せなのは、中学生の時の地方住みも年も言い訳にせずがんばってきた私がいたからで。


死ぬまで歌い続ける

ついてきてほしい

絶対後悔させない

今日のライブを死ぬまで覚えていてほしい

絶対戻ってくるから待っててほしい


応援の言葉を信じられないって、自分の歌には価値がないってあれだけ言っていたあの人が、こんなこと言ってくれるようになったんだ。


『僕の住む世界と、僕に似合う世界がひとつになれればいいな』
『やっと僕は僕の世界を手に入れた』
初めて生でよだかの星を聴けた時のこと、一生忘れられない。


4年間で私自身が、すごい成長したと思う。
成長期だったのも除いて。
ひねくれ者の自分が、こんなにまっすぐに人を思って応援して、気持ちを伝えられるようになったのってすごいことじゃない?
頑張れる理由の一つに常にあの人がいた。

その中で、歌詞太郎さんの変わっていく姿が見られて、間違いなく幸せだった。

変わらないこと。
変わったこと。


歌を聞いてくれるだけで嬉しい、ライブに来るために無理をしないでほしい、ずっと歌い続けるから大丈夫って口癖のように言っていた彼が、
 『お願いだからワンマンライブに来てください』 って言った。
『伊東歌詞太郎を忘れないでほしい』
という言葉に、不安が胸に募っていった。
ライブ終わりに楽しかったっていう感情がいちばんに出てこなかったのは初めてだった。
歌詞太郎さんの笑顔が見られて、あんなにも安堵したのは初めてだった。
違和感を、ずっと抱えてた。
すごいめんどくさい子供だからさ、歌詞太郎さんは歌ってて楽しかった?って、思わず聞きそうになってた。
駅までの道、広島までの新幹線の中でも、気づいたら涙が溢れてたあの日も、多分一生忘れない。
誰よりも音楽を愛したいと常日頃語っている彼が歌えなくなる日々を、想像していた。


そうして迎えた火鳥風月、嬉しいことに岡山、大阪、東京に参加できたのだけど。

発表を聞く前にすでに私の中で疑惑は確信に変わってて、当日になると楽しみって期待に胸を膨らませる気持ちと、聞きたくないな、って思いがせめぎ合ってた。

でもね、ちゃんと受け止めることできたなって思う。

『夜明けが見たいんだ』

『夜明けの先までよろしく頼むよ』

変わったこと。

手拍子も何もかも忘れて棒立ち状態だった私も、スクリーンに映し出された満開のさくらをぼやけた視界でしか見られなかった私も、確かにそこにいた。

憧れの舞台の上から見た景色はどうだっただろう。
舞台の上には、身を削りながら心で歌う最高のアーティストがいた。
歌を歌えなくなる時が来てしまうけれど、不思議と恐怖はなくて。以前の私だったら発表を聞いた時泣き崩れていたと思う。
けれど、舞台の上で、体が完治すれば心と体の二刀流になる、最強じゃん?と言う彼の姿に、不安なんてこれっぽっちも無くなってた。
ああ、何不安がってたんだろう、この人なら絶対大丈夫だって。
ワンマンとは違う、岡山の公開録音が終わって、なにかを感じ取って泣きながら友人に電話した私はもういなかった。


バンド時代毎日路上ライブ続けて、でも解散しちゃって。
伊東歌詞太郎としてたくさんの人に歌を聞いてもらえるようになった。
イトヲカシとして路上ライブに3000人集めても、音楽は聞いてもらえるだけで奇跡で、皆じゃなくて一人一人のあなたのおかげで、全員に握手サイン対応して。
物販に不備があったなら自分から届けに行く、会いに行くと言って。
会場の許可取りも自分で電話をかけて、キャンペーンに参加できない地域があるんならって自分でスクラッチも作って。
全国を飛び回った。
傷つくたびに強くなって。
この想いは変えられはしなくて。
ロックスターになって憧れのステージに立って。
やっと僕の世界を手に入れた。
まっすぐ世界を見ていたくて。
優しくなりたい気持ちだけはなくさず来て。
届けと叫んだ。




私が世界で一番尊敬する人、伊東歌詞太郎。
たった16年間しか生きてない、私の世間知らずでちっぽけな世界だけど。

こんなにも優しくてまっすぐな歌を歌う人を私は彼以外に知らない。
こんなにもファン想いでファンを信頼してくれているアーティストを彼以外に知らない。


私はね、青春を伊東歌詞太郎に捧げることができて幸せです。だって青春時代って一般的に人生の中で最も短くて濃くて大切にしろよって言われる時期じゃん。
この時期に聞いた音楽を、人はずっと忘れられないんだと思う。
中高時代を青春と呼ぶならば、まだあと2年はあるけれど。

これからも、私の青春をよろしくね。

もちろんその先も。


世界一幸せになってほしい。
誰よりも優しくて強くて真面目でまっすぐで綺麗なあの人に。

この感情はたしかに恋ではないけれど、私は歌詞太郎さんが言葉に表せないくらい大好きで、それと同じくらい尊敬してて。

一生歌詞太郎さんの歌の側にいられたらなと思うし、そんな予感がしている。


ずっと待ってるし、待たせてほしい。
そしてまた一緒に歩ませてほしい。
あなたが夢を叶えていく姿を見ていきたい、一緒に叶えさせてほしい。
笑顔を見せてほしい。

届いてほしい。




九段下、一体どんなところなんだろう。

そう遠くない未来を、今日も待ち望んでいる。






こころ-おぼえ
①心の中に覚えていること。
②忘れないための控えやしるし。