びっくりする様な暑さの中
先週の土曜日に子供の運動会が無事に終わりました。

息子は痛めた腰痛が
急激な寒さと雨降りのせいか
又、ぶり返し休ませて寝かせており
私もノンビリ過ごそうと
テレビを観ていると…

最初の速報では状況が分かりにくいものの
ドキドキしながら続報を待っていました
が…
テレビでも情報が錯綜しつつも
段々と大まかな状況が報道され始め
何て言ったら良いのか
どうして…こんな事が…
上下が黒づくめで坊主頭で両手に刺身包丁を持ったおじさんが向かって来たら…
子供たちは勿論
周りの大人の方達も
どんなに怖かったか…

時間が経って
残念なニュースも入って来て…

なんて言うか…
悲しすぎる

まさか
自分に危害を加える大人が居るなんて
思った事もないような
純真な心の小学生の心が…

悲しみと怒りと言い表せられない気持ちが入り交じって…

何事に対しても
感情移入し過ぎてしまうので
他の人は
どうやって一線を引いてるのか知りたい…

私の近くの事件でも
知り合いが居た訳でもないのですが…

少しでも色々な立場で関わった方達や
当事者の方達の心情を想像してしまうと
心が痛すぎて…

私が落ちこんでも泣いても仕方ない事なのだろうけど…

なんてことなんだろう…

刺した人も自ら命を断ってしまったので
本当の真相は分からないのだろうけど…
分かっても
命は戻らないのだろうけど

誰の命であろうと
何処の国であろうと
どんな人のでも
尊い命が奪われる事件は起きないで欲しい

理想論であって叶わぬ願いなのも分かってはいるけど
願わずにはいられない

何も知らずに
あどけなく寝ている我が子の寝顔を見てるだけで涙が止まらない

事件の被害に遭った方達に
1日でも早く
少しでも良いので
心に平安が訪れます様に…
遠くからですが願っております。

8年も経つ

まだ8年しか経ってない

感じ方は
人それぞれなのでしょう

あの日は
私は札幌に居ましたが
昼過ぎノンビリしていた時の突然の大きな揺れ
生後半年の下の子供を抱き締めて
上の息子と物の少ない和室に移動しました。

小さい頃から地震が多い中育った私でしたが
赤ちゃんを抱えて
外は、雪がまだ積もっている中で
長い揺れと
繰り返し来る
余震か本震か分からない揺れ

当時は東京に住んで居た
気の弱い母が1人で家に居た為に
半分パニック状態で電話が来て
(本当は良くないんでしょうが…)
パニックになってる母を放っておけず
落ち着く様に話をして
仕事中の義父に連絡しました。
(帰宅した主人には緊急時に電話で、話なんて!と叱られてしまい十二分に反省しました)

和室から二人の息子とテレビを観て
阪神大震災以来の衝撃を受ける様な画像を観て
(全然違うタイプの震災でしたが…)

ただ
ただ…
東北の方や近辺の方達にこれ以上
酷く恐ろしい事が起こらない様にと
1人でも多くの方が助かる様にと祈り続けるだけ…

二人の息子を抱えて
泣かずに冷静に居る事しか出来ませんでした。

今だにショックと恐怖は薄れません

被災地の人間でもないのに
と、思う方もいらっしゃると思います。

遠く離れた北海道でさえ
あの恐怖…

現地の方は
本当に計り知れない状態だった事と思います。
私の想像なんか遥かに越える位に…

今は
主人の仕事の都合で名古屋に住んでいますが
つい先日
3月9日の夜中1時半頃に不気味な地鳴りと共に一瞬揺れました。
岐阜県美濃市が震源地で名古屋は震度3でしたが
怖くて朝まで眠れませんでした。

今日は朝から各社報道番組で取り上げていました。
まだまだ
被災し苦しんでいる方が沢山いました。

今月一杯で仮設住宅から出なくてはいけない…
在宅被災者と言う新しい形の被災者の方も居る事も知りました。

各方面の方々も一生懸命に尽力されてるとは思います…

ボランティアの方も
現地には行けなくても
心を寄せて自分なりの方法で応援している方も居て
私も出来る事を自分なりにしていきたいと思います。

ただ個人個人では限界もあります。

どうぞ
政府機関に携わっている方達にも少しでも心に留めて動いて頂ける事を願って止みません。

皆さんが笑顔で過ごせる日が1日でも多くなります様に祈っています。






晴れの日も雨の日もあるよね

故郷の北海道はまだ雪解けないかなぁ〜
雪の下でも
猛暑でも
枯れない様な強い雑草になりたい

普通の何気ない日常を送れる日々に感謝

普通が1番難しいよね

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