願いを叶えるのに
努力は要らない。
ただ、
工夫が要る。

いつだったか、友達のくぅちゃんに
「願いを叶える人と叶えられない人って
どう違うの?」と聞かれて返した言葉。
私自身が常日頃から思っていて
ずっと変わらない信念です。
工夫って大事ですよね。
****
おとといもまた
くぅちゃんと電話してた時、
くぅちゃんの彼氏のりうくんの話になり
りうくんはこんなことを言ってたそうです。
努力は要らない。
ただ、
工夫が要る。
いつだったか、友達のくぅちゃんに
「願いを叶える人と叶えられない人って
どう違うの?」と聞かれて返した言葉。
私自身が常日頃から思っていて
ずっと変わらない信念です。
工夫って大事ですよね。
****
おとといもまた
くぅちゃんと電話してた時、
くぅちゃんの彼氏のりうくんの話になり
りうくんはこんなことを言ってたそうです。
「俺だって仕事で
気が乗らない時もあるよ。
ただ、気が乗らないから
やらないんじゃなくて
どうしたら楽しくなるか?
そこに自分が関わった意味があるし、
そこにいる人全員が満足する形に持ってく」
自分が関わる意味を
「楽しみを生み出す役割」
と考えてるりうくんは
根元にある信念が
一致しているような気がして、
だから私はりうくんが好きで
信頼が出来るんだなぁと思いました。

私は、つまらないものや
好きじゃないものを見つけた時は
宝だと思っていて
つまらないから捨てるんじゃなくて、
どうしたらこれを面白く出来るか
めちゃくちゃ考えます。
時間をかけて考えて
「これは嫌だ」って手放すならいいけど
時間をかけずに
「これは嫌だ」で判断するのは
もったいないと思ってて。
"もっと自分が楽しめるように"
そう思って手を加えることで
自分がやる意味というのが
やっと分かるわけで
その、自分を楽しませるよう考えることを
私は「工夫」と呼んでます。
"おもしろきこともなき世をおもしろく
すみなしものは心なりけり"
高杉晋作イズムですね。
一つのものを見る時に
「面白くないもの」から
「面白くできるもの」に
視点を変える。
同じものだけど、
どうとらえるか。
望まないものに遭遇した時、
人は望むものを想像(創造)出来る。
気が乗らないものに遭遇した時は、
自分が面白くするアイデアマンになれるし
ピンチな現場に遭遇した時は
自分が逆転に導くヒーローになれるし
好きじゃないものを
好きなものに変えた時、
その人はセンスの人になれる。
その都度その都度、
人は役目を
天から授かってるんです。
変えられない、と嘆く被害者になるか
自分が変えるんだ、と思う主人公になるか
見方を変えることは
自分自身が創造主だと思い出すこと
に繋がると思います。
いつだってあなたは
奇跡の物語の主人公。
*****
しかし、
もうどうやったって
この状況変えられない!
自分が退くしか方法ない!
っていう時もありますよね。
「やりたくないからやらない」
を否定する訳ではありません。
ただ私は、この世から
「やめる」という言葉を
無くしたいと思ってるんです。
「変える」で良いんじゃないの?
と思うんです。
もしも今やっていることが
もう違うなぁと思った時、
「やめる」裏側で
「続いているもの」が
ただ、気が乗らないから
やらないんじゃなくて
どうしたら楽しくなるか?
そこに自分が関わった意味があるし、
そこにいる人全員が満足する形に持ってく」
自分が関わる意味を
「楽しみを生み出す役割」
と考えてるりうくんは
根元にある信念が
一致しているような気がして、
だから私はりうくんが好きで
信頼が出来るんだなぁと思いました。
私は、つまらないものや
好きじゃないものを見つけた時は
宝だと思っていて
つまらないから捨てるんじゃなくて、
どうしたらこれを面白く出来るか
めちゃくちゃ考えます。
時間をかけて考えて
「これは嫌だ」って手放すならいいけど
時間をかけずに
「これは嫌だ」で判断するのは
もったいないと思ってて。
"もっと自分が楽しめるように"
そう思って手を加えることで
自分がやる意味というのが
やっと分かるわけで
その、自分を楽しませるよう考えることを
私は「工夫」と呼んでます。
"おもしろきこともなき世をおもしろく
すみなしものは心なりけり"
高杉晋作イズムですね。
一つのものを見る時に
「面白くないもの」から
「面白くできるもの」に
視点を変える。
同じものだけど、
どうとらえるか。
望まないものに遭遇した時、
人は望むものを想像(創造)出来る。
気が乗らないものに遭遇した時は、
自分が面白くするアイデアマンになれるし
ピンチな現場に遭遇した時は
自分が逆転に導くヒーローになれるし
好きじゃないものを
好きなものに変えた時、
その人はセンスの人になれる。
その都度その都度、
人は役目を
天から授かってるんです。
変えられない、と嘆く被害者になるか
自分が変えるんだ、と思う主人公になるか
見方を変えることは
自分自身が創造主だと思い出すこと
に繋がると思います。
いつだってあなたは
奇跡の物語の主人公。
*****
しかし、
もうどうやったって
この状況変えられない!
自分が退くしか方法ない!
っていう時もありますよね。
「やりたくないからやらない」
を否定する訳ではありません。
ただ私は、この世から
「やめる」という言葉を
無くしたいと思ってるんです。
「変える」で良いんじゃないの?
と思うんです。
もしも今やっていることが
もう違うなぁと思った時、
「やめる」裏側で
「続いているもの」が
必ずありますよね。
たとえば
自分の好みじゃなくなって
何かをやめようと思った時、
「やめる」と言い出した裏で
自分の本音に従い生きることが
続いていますよね。
何か自分がやめたり、断る時に
その裏にある
「続けているもの」を
その都度ちゃんと自覚していれば
いちいち気に病むことが少なくなります。
「やめる」裏でもあなたは
ちゃんと自分を続けているから大丈夫。
「変わる」だけで、
あなたらしさの道を
歩み続けていますよ。
見方を変えること、
それが未来を変えていくことです。
どうやったら自分が楽しめるか、
どう考えたら自分がラクになるか、
「工夫」のレンズを持ってください。
あなたは変化する人で
世界を望みどおりのものに
変える人です。
たとえば
自分の好みじゃなくなって
何かをやめようと思った時、
「やめる」と言い出した裏で
自分の本音に従い生きることが
続いていますよね。
何か自分がやめたり、断る時に
その裏にある
「続けているもの」を
その都度ちゃんと自覚していれば
いちいち気に病むことが少なくなります。
「やめる」裏でもあなたは
ちゃんと自分を続けているから大丈夫。
「変わる」だけで、
あなたらしさの道を
歩み続けていますよ。
見方を変えること、
それが未来を変えていくことです。
どうやったら自分が楽しめるか、
どう考えたら自分がラクになるか、
「工夫」のレンズを持ってください。
あなたは変化する人で
世界を望みどおりのものに
変える人です。
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