3人しか紹介できなかった豊臣家臣団。
この他にも、ホント優秀な家臣がわんさかいるんです。

秀吉が絶対の信頼を置き、豊臣家の調整役として欠かせぬ存在だった、秀吉の弟
豊臣秀長

家臣団の中では最古参と言えるメンバーで、戦いでも外交でも秀吉を支え続けた
蜂須賀正勝

秀吉の晩年は、これまでの陽気なキャラとは人が変わったように、残虐で横暴なことを繰り返します。
甥の秀次を死に追いやり、関係する者数十人を処刑した
『豊臣秀次切腹事件』。
ほぼ秀吉の一存で、朝鮮へ出兵した
『文禄・慶長の役』。

これらは、秀吉に意見することができた弟・秀長や、常に秀吉を見てきた正勝が亡くなったあとに起こった出来事です。
彼らが生きていれば、これらの暴走も、豊臣家の内部分裂も、違った形を迎えていたかもしれません。

秀吉は、低い身分から出世した武将です。

スタートには家臣といえる者が1人もいません。
秀吉がのし上がっていくにあたっての最大の課題は、
「自分を支えてくれ、共に戦う家臣を探すこと」
でした。

最初は親類から家来を探し、出会った中に優秀な人材がいれば、すかさずスカウト。
小さな体で、仲間になってくれと全力でアピールするその男に、相手はある種の微笑ましさを感じたのかもしれません。
その口説きに経験が重なれば重なるほど、周りの人間は簡単にほだされていく。
家臣を欲する緊急性が産み落とし、仲間が増えるたび増大していった才能。
それこそが、人たらしの正体。そして、豊臣家をまとめていた力だった(ような気が)。

天下を取った秀吉には、仲間を探し求める必要がなくなります。
なにもなかった自分に、仲間が増える喜びを感じていた若い頃。
そのときの感情を持ち続けることができていたならば、晩年の悲劇が生まれなかった可能性はあると思います。

秀吉が一代で築きあげた、歴史の浅い豊臣家臣団。
しかし、彼らの根底には、どのチームにも負けない絆がありました。
陽気だった秀吉のもとに結束した、温かい"家族"のような絆が。


おわり。

あるとき秀吉は、戯れにこんな発言をしたことがあると言います。

秀吉「もし、オレ以外に天下を狙えるとしたら、それは一体誰だと思う?」

周りのみんなは口々に大大名の名前を挙げます。

徳川でしょう。いや、毛利だ。違う、上杉だ。

しかし、秀吉が口にしたのは、その場の誰もが予想していなかった名前。

秀吉「官兵衛だ」
その場の人「黒…田……さん?ハッハッハッ!またご冗談を!黒田殿は10万石程度の大名。天下を取れるなどとは到底思えません」
秀吉「お前たちは官兵衛の実力を知らないからだ。あいつがその気になれば、オレが生きてる間にも天下を取る。官兵衛に大きな領地を与えれば、とたんに天下を狙ってくるだろう」
その場の人たち「…………」

みんな黙っちゃった。

これはまぁ、創作の話だと思うんですが、昔から
「官兵衛野望強めなんじゃねーか」
説ってのがあるんですね。

「秀吉への貢献度の高さからいって、官兵衛の与えられた領地が小さ過ぎる。それは、官兵衛が野心メラメラなのを秀吉が気付いていたからだ」

とか、

「秀吉は官兵衛の才能に恐怖を抱いていた。信長が亡くなったのを知ったら、狼狽するのが普通。それを『天下を取れ』だなんて……。怖すぎるだろ」

とかってことなんですが、創作が創作を呼んだような説なんで、信用できるもんじゃありません。

ただ、今回ご紹介した官兵衛の活躍は、マジで氷山の一角。
もっともっとたくさんスゴいことやってるのが、この黒田官兵衛という男。

『関ヶ原の戦い』のときなんかは、関ヶ原には行ってませんが、九州で暴れまくってるんですね(これも「野望強め説」を後押しする理由の1つ)。

そう考えると、「官兵衛の才能を秀吉が恐れた」ってのも、なくはないかな……と思ったりもします。

しかし、「秀吉が恐れた」という説は、言い換えれば、
「そのくらい自分の才能をつぎ込んで、秀吉のために働いた」
ということです。

官兵衛に野心があったかどうかはわかりませんが、彼が秀吉を天下人へと押し上げた最大の功労者だった。

歴史が証明しているのは、この事実だけです。


つづく。

こっからの秀吉の活躍はご存知の通り(知らないって人は、まぁなんとなくで読んで下さい)。

毛利に信長が死んだことがバレる前に、秒で和睦。
そこから『中国大返し』という強行軍で、京都までスーパーリターンです。

光秀の予想を大きく上回るスピードで明智軍の前に現れた秀吉。
その勢いのまま、『山崎の戦い』で光秀を討ち破ったのでした。

秀吉は、京都に向かいながら、旧・織田家臣の大名をたくさん味方に引き込んだんですが、ここにも官兵衛のちょっとした工夫が。

毛利と仲直りするとき、

官兵衛「すみませんが、旗を何本かお借りすることはできませんか?」
毛利の人「旗?あー、まぁ別に構いませんが」

あちらの旗を借りるんですね。

秀吉軍は、それを掲げながら猛スピードで行軍します。
すると……

旗を見た人「おい!あれ見てみろ!!」
旗を見た人2「あ!!毛利の旗だ!秀吉のやつ毛利家を味方につけたのか!」
旗を見た人3「毛利がついたとなると、秀吉の勝ちは確定だ。よし!オレも秀吉につくぞ!」

毛利家が秀吉についたと勘違いした武将たちは、こぞって秀吉軍に加勢することを決めたといいます。
抜け目なさすぎですね。

このあとも秀吉の横で、その頭脳をいかんなく発揮する官兵衛。
秀吉にとって、なくてはならない軍師だった理由が、少しだけわかっていただけたでしょうか(このタイミングで言うのもあれですが、当時、"軍師"と呼ばれる職業はありません。これは後世つけられたネーミング。もちろん官兵衛みたいに軍師的ポジションの参謀がいたことは確かだけどね)。

あるとき秀吉は、戯れにこんな発言をしたことがあると言います。

秀吉「もし、オレ以外に天下を狙えるとしたら、それは一体誰だと思う?」


つづく。

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