『令和』。
令和って女性名詞な気がします。
完全に個人的な印象だけど。
明治は男性名詞、
大正は女性名詞、
昭和は男性名詞、
平成は男性名詞だけど、
ボーイッシュなイメージ。

令和という新元号。
令はレモンイエロー。
和は紫。
そんな組み合わせのカラーが
見えるような気がしました。
最近はあんまり見かけないけど、
ひと昔前、カラーセラピーが流行った頃、
色のついた液体の入った四角いガラスの
組み合わせがいくつも並んでいたでしょう。
あんな感じで、レモンイエローと紫。

平成はミントグリーンとスカイブルー。
少年のような単語だった。
昭和の和は、紫というより臙脂色のイメージだ。

令和は、妖艶でどこか冷たさのある
謎めいた女性。
ツンデレな感じもしますし、
古代的な感じもします。
めちゃくちゃ勝手な印象ですけど。

文字そのものや、その組み合わせから
カラーやイメージが立ちのぼるから、
僕は言葉が好きなんだな、
と改めて思った新元号発表でありました。


◆インスタ bajoka_tokyoで
詩を載せているので、
よかったら読んでくださーい。

エリッククラプトンのドキュメンタリーを観てきた。

堕落と退廃の果てに、奇跡的にできた息子コーナー。
当時のクラプトンにとってこれまでの運命とは
まったく異なる存在であるコーナー。
ここから新しい人生が始まるかに思えた時。
4歳の息子がホテルの53階から転落死する。

何千通と励ましの手紙が送られてくるが、
その中の一枚に、なんと生前のコーナーが
父親に送った手紙がまじっていた。

クラプトンはその出来事の後
ティアーズインヘブンを書く。
ぼろぼろ涙がこぼれた。

様々に宿命を背負い、
その時々で自分自身に翻弄され、
自暴自棄になりながらも、
どこかでほんのささいな運命が味方する。

クラプトンは大小いくつもの宿命に
とても脆弱に打ちのめされながらも
小さく微笑みかけてくれる運命を見逃さない。
それが人生を自分の手で回復できた理由だろう。

荒廃した自己。
それを再生できたのは、彼が幼少期に聴いた
子ども向けラジオ番組で流れてきたブルース。
柔らかい心で聴いたブルースが、
後の彼の人生をも救ったのだ。

少年も、ブルースも。
どんなささいな希望の種をも見逃さない。

クイーンの映画も面白いみたいだけど、
こっちも骨太ですよ。


先週末、日比谷野外音楽堂へ
ダライ・ラマ法王の講演を聴きに行った。

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ダライ・ラマ法王のお話には
一言目から引き込まれた。
抑制が効き、深みのある声で、
水面にひとつ小石を投げかけるような波紋の広がりがあり、
一瞬にして特別な空間が生まれた。
静かで、どこかしら沈痛な迫力があるのだ。

そこから滔々と言葉の泉は枯れることなく、
時に軽快に、時に皮肉や警鐘を交えながら、
誰もがそうであるべき、あたりまえ、
と思っていることを、
厳しいまなざしと冗談まじりの茶目っ気で語る。
それは言い訳を許さない父親の緊張と
後でこっそり慰めてくれる母親の緩和である。

日比谷野外音楽堂は、
小鳥がほうぼうでさえずり、
木々が風に葉を揺らし、
トンボが人々の頭のまわりを飛びまわっていた。
それは説法の場として最高の舞台だった。

その昔、悟りを開いたブッダが、
サルナート(鹿野苑)の森で説法をした時も、
こんな感じだったんだろう。
チラチラっと自分が1000年前、2000年前の
どこか野原で話を聞いているような錯覚を覚えた。

法王は最後に、
「祈ってばかりいてはダメです。勉強しなさい」
と言葉を結ばれた。
受け取るのみであります。

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