すっかりニコ生も習慣になり、ハピバ等のコメントもスムーズに入れられるように(笑)
意外と高頻度でニコ生やYouTubeLIVEなどの生放送やってることが分かってまらしぃさんが自分の趣味になりつつあった初夏のある日。

ニコ生で、無責任お悩み相談室なるものを開催すると告知された。
まらしぃさんへ自分の(ウィットに富んだ)悩みをメールし、まらしぃさんが独断と偏見で視聴者のお悩みを解決していくという趣旨のものだった。

なるほど、オールナイトニッポンのハガキ職人的な技量が試されるのだな、とやる気がみなぎる。
高校時代、ファンクラブに所属するほど大好きだったポルノグラフィティのオールナイトニッポンで、ハガキ職人とまでは言わずとも、毎週勉強もせずに徹夜でネタを考え、ネタバトルに電話出演した過去を持つ私にとって、これは絶対に外したくない企画だった(笑)

ところがずっと専業主婦で家にいて、家事と育児の繰り返しで大して刺激のない毎日を送っている私にそんな面白い悩み(ネタ)などあるはずもなく。
何日か考えてみたがどれも在り来りで全くいいネタが浮かばなかったので、もうここは諦めようとメールを送ることを一度断念した。

ところがお悩み相談枠の前日になり、ベタにエサをやっていて突然閃いたのである。

「このベタだけ名前がないね…」

ベタの平均寿命が2歳であることに対し、既に1歳半にもなる残りの寿命もさほど残されてない名無しのベタ。
他の魚は皆名前がついているのにベタちゃん(オスなのに)としか呼んだことがなかった可哀想なベタ。

もうはなからメールを読まれるということは諦め、ベタの画像を添付するという暴挙に出た。
Yahooメールだから、まぁ画像付けても大丈夫だろう。
ただ、リスナーには画像を見せられないだろうから、採用はまずないな。と完全に自己満足でメールを送信。

「悩みと言えるか分かりませんが、この熱帯魚にだけずっと名前がないのが可哀想なので、何かいい名前を付けてあげたいです。」

そして迎えた無責任お悩み相談枠。
開始時間がいつもより早かったため、ニコ生をすぐ開きつつも序盤は家事やらなんやらでバタバタしてしまい集中して聴けず、放送開始から40分経過した辺りでやっと落ち着いて布団の中で視聴を始める。
メールが読まれるかもしれない…!などという期待もなかったので緊張感もなく、視聴者から寄せられた面白いお悩みの数々、テンション高くとっても楽しそうなまらしぃさん、流れてくる秀逸なコメントに肩を震わせながら大いにその時間を楽しんだ。

しばらくして突如まらしぃさんが「お悩みと全然違うけどこれいいよ!」的な事を言いながら画面を切り替える展開に。

そしてそこに映し出された映像に度肝を抜かれた。

私が送ったベタの画像ではないか…っ!!!!!((( ´ºωº `)))ガタガタ

噴き出す手汗、震える指先。
心拍数が爆上がりである。
なんという事だ、まらしぃさんの私物であるはずのiPhoneに私の魚が映し出されている!!!!
というか、何千人という視聴者にこんな個人的なものをさらけ出す事態になるなんて、てめーの魚の名前なんてどうでもいいわ!とみんな思うに違いない…と恐れ戦いて怯えながら成り行きを見守り、ただひたすら息を止めて画面を見つめる。
メールが読まれて嬉しいという気持ちより、やっちまった感が後悔とも言える感情で押し寄せた。

しかし流れてきたコメントはどれも温かいものばかりだった。
綺麗、可愛いという言葉や、こんな他人の訳の分からん魚の名前を真剣に考えて素敵な案を挙げてくださる視聴者の優しさ。
楽しそうなまらしぃさん。
有り得ない展開に硬直したまま流れに身を任せていると、
パンジーやクローバーちゃん、よつばちゃんなど、ベタのヒレから連想して素敵な名前が挙がり始めた。
素敵な名付けの嵐に感激でうるうるし始め、改めてまらしぃさんのニコ生の凄さと楽しさを噛み締めていると、まらしぃさんの一声。


「木村で(笑)」wwwww

予想の斜め上を行く面白さに、さすがに緊張もぶっ飛んだ(笑)
何より自分で木村でって言ったあとのまらしぃさんのツボってる笑いがおかしすぎて一人布団の中で吹き出す始末wwww

決定に至るまで「オスかな?メスかな?」や、木村に決まった直後にも「この人木村だったらどうする?」とコメントが流れてきたのだが一切対処出来ず(笑)
何しろ手が震えてコメントなんぞ投下できない。
布団も汗でびっしょびしょだよ。

無事に木村に決定して一旦収束したものの、視聴者の計らいで改めて「パンジー木村」と決まり、ツボって笑うまらしぃさん。
この瞬間、もうこの世に思い残すことは無いと感じた。

その後も放送中何かとパンジー木村のワードがコメントに流れ、嬉しいやら恐縮するやら。

最後の最後、放送の締めでまらしぃさんの口から再び「パンジー木村」という言葉が出た時には、
あー私がパンジー木村に改名したいよ…と痛烈に思った。

結局緊張で一切コメント出来なかったので、恐れ多くも放送後にTwitterでしっかりと命名させて頂いた報告とお礼を投稿。
それにより、Twitterをまともに使ったこともないのにファボ&フォロワーさんが100超えしてしまいあたふた。
温かいリプに感激しながらも、まらしぃさんの凄まじい影響力に面食らう。
ああ、大変なことをしてしまったぞ私は…と思いながら、この日の生放送、このベタのことは一生忘れられないな、と眠れぬ夜を過ごしたのでした。

昨年12月29日に、パンジー木村は天寿を全うし、魚らしかぬ爪痕を残して旅立たれましたが、今もまらクラの皆さんの記憶の中にいるのだと感じることが多々あり、本当に感謝です。
あの時まらしぃさんに画像を送り付けて本当に良かった。そうでなければ今もきっとTwitterをやってなかったし、こんなにたくさんのまらクラさんと出会えてなかったでしょう。

私の人生を変えてくれた魚と言っても過言ではないです。
パンジー木村を可愛がって下さり、本当にありがとうございました。

(まらしぃさん妄想イラスト篇へ続くw)