自分の価値観が全てではないけれども、他の価値観を取り入れるときに今の価値観にプラスされるんだと思っている。それは価値観のアップデートできないと言っているのではない。人間一人一人、譲れない部分があってそこを侵食されるのを恐れているんだと思う。その点において、価値観は既存のものに「たす」という方法で上書き保存を重ねていくべきものなんだと思う。「価値観の違いで」という言葉をいろんな問題(issue)において適応する人間を見るとぼくは正直なところしょうもない人間だなあと思う。「価値観の違い」などをあらゆる問題の理由に使うようになるとこの世界は破綻の一途を辿るんだと思う。極論。どうして、「価値観の違い」という言葉で人間は問題提起に対する攻撃から身を防ごうとするのかは甚だ不明だけども、ぼくの経験上、問題の理由が見つかっていない状態や問題解決の糸口が一切見えない状態に陥っている人間がこの言葉を使いがちだと感じている。価値観は人間と人間が離れていく最大要因だとは思うのだが、その「価値観の相違」の根本的なところを根拠に問題の解決に結びつけるべきだし、どうしようもない時に「価値観が違うから」などという理由を並べるような薄っぺらい人間には"ぼくは"なりたくない。"ぼくは"だけどね。