父と母は、結婚当初から子供は3人と決めていたそうだ。

順調に、長女、長男、次男と産まれて計画通りだった。

しかし、僕が産まれる2年ほど前に、母のお母さん、つまり僕にとってのおばあちゃんが亡くなってしまう。

母はおばあちゃんが大好きで、ずっと精神的な支えだったらしく、ショックで全く立ち直れなかったそうだ。

ずっと塞ぎ込んでいて、あまりにも体調が悪いため、色んな病院に診てもらうが、体はどこも悪くないという診断の繰り返し。

そんな病院通いが一年くらい経った頃、僕を身篭っていたことが分かったそうだ。

悲しみに暮れ、原因不明の体調の悪さに苦しんでいたなかでの思わぬ授かり物に、母は喜び、立ち直れたそうだ。

素直に嬉しかった。

「計画外の子」としか聞いてなかったので、今までは正直「なんだよそれ」と、どこか拗ねていたところもあったが、僕の誕生が、祖母の死から立ち直るキッカケとなれたのだ。

ちなみに母は、僕がおばあちゃんの生まれ変わりだと思っていたらしく、女の子を期待していたが、男の子だったので拍子抜けしたというオチもしっかりつけていた(笑)

さすがお笑い好きなだけはあるな。

感動秘話もただでは終わらせない母(笑)

よく魂の話で、親が自分の子供として生まれ変わるというのは聞いたことがあるので、もしかして、本当に僕はおばあちゃんの生まれ変わりなのかもしれない。

娘があまりにも悲しんでるので、しょうがない、子どもとして生まれ変わってやろうかと。

もちろん、自覚は全くないのだが(笑)

その後も、僕が小学1年生まで、寝るときに必ず母と手を繋いで寝ていたことなどを教えてもらった。

自分では、かなり早い段階で親離れしていたと思っていたので、意外だったし、少し照れ臭かった。

記憶とは、都合の良いように書き換えられているのかもしれない。

3日目、空港でのお別れの時間を迎えた。

事前に、財布と携帯の入ったカバンをすぐ置き忘れるので気をつけろと、兄から聞かされてたので、検査場を通過する直前まで付き添った。

これも老いかと思ったが、太志とOKPもしょっちゅう携帯をいろんなところに忘れていたので、いや、老いは関係ないのだと、思い直した(笑)

カバンをカゴに入れゲートを通過するが、探知機に引っかかり戻されてしまう。

動揺する母。

え、なんで?

よく見ると、カバンにしまってたはずの携帯を、いつのまにかシャツの胸ポケットに入れてたようだ(笑)

携帯を係の人に渡し、無事ゲートを通過出来たが、今度は渡した携帯を受け取らずに立ち去ろうとして、係の人に呼び止められる(笑)

不安で仕方がない。

見てるこっちが、ドキドキする。

ゲートの向こう側で、無事に携帯とカバンを受け取った母だが、不安げに僕を見ている。

完全に親子逆転だ(笑)

事前に乗り場を教えていたが、たぶん忘れてるし、僕はゲートを通過出来ない。

困ったら係の人に聞きまくれと伝えていたので、そのジェスチャーをして、母に手を振る。

母はしばらく僕を見ていたが、やがて決心したように歩き出して、見えなくなった。

その後、無事に高知に着いたとメールが来て、安堵した。

あっという間の3日間。

母の老いを感じ、少し寂しい気持ちもあるが、いろんな話が聞けた。

自分の誕生の秘密、ずっと母の手を握って寝ていた幼少期。

自分は愛されているのだなと実感した。

母には、長生きしてもらって、もっとたくさん話を聞きたいと思った。

TASSHI

この三連休、母を東京に招いた。

僕は4人兄弟の末っ子で、上の3人とは歳が離れていて、母からは「あんたは計画外の子」と言われていた(笑)

なので、両親とも歳が離れていて、母は今年で傘寿を迎える。

他のメンバーの親御さんは、頻繁にライブを見に来てくれていたが、僕の両親は、地元高知でホールライブをやっていた時に、2度招待しただけだ。

東京に招待したのは、紅白に初めて出演した2006年の年末、一度きりだ。

それ以来、僕は毎年高知に帰っていたが、親を東京に呼んだことはない。

今思うと、そうした心の余裕がなかった。

父はすっかり認知症が進んでしまって、呼ぶのは難しく、母も年々足腰が弱ってきていたので、せめて元気なうちに母だけでもと、今回思い立った。

3日間の真ん中1日はたっぷり観光してもらおう。

スカイツリーか、はとバスか。

色々と候補を出すが、どれにも興味を示さない母。

そういえば、母は昔からお笑いが大好きだ。

たまたま、横浜でのよしもとのライブチケットが取れたので、東京観光ではなく、中華街観光に予定を変更(笑)

小籠包とワンタン麺を堪能してもらったが、ずいぶんと食が細くなり、ワンタン麺をほとんど残した。

僕は炒飯を頼んでいたが、母のワンタン麺も代わりに食べる。

僕の食が細くなる気配は一向にない(笑)

昔は家族の食べ残しを勿体ないと言って、全て平らげていた母。

少し寂しくなった。

その後のお笑いライブは、楽しんでくれたみたいで良かった。

行き帰りの車の中では、母とたくさんの話をした。

昔から同じ話を何度もする癖があり、それがさらに強烈になっていたが(笑)、毎回初めて聞くようなリアクションをした。

普段、両親の世話をしてくれている高知に住む兄からは、同じ話を何回もするから邪険にさせるけど、あんたはよく聞いてくれると喜ばれた。

どうやら、自分でも自覚はあるようだ(笑)

僕も、一緒に住んでた頃は邪険にしてたので、兄の気持ちはよく分かるが、たまにしか会えないので、その時ぐらいは優しくしたいと思っているだけだ。

いつも身近で世話をしてくれている兄のほうがよっぽど偉い。

あと何より、うちのメンバーは、デビュー当時から、お互いに同じ話を何度も繰り返し、話したほうも聞いたほうもお互い忘れてるから、毎回初めてのリアクションをし合っているのを見てきたので、この状況に慣れているのだ(笑)

大半は同じ話の繰り返しで、父の最近の様子、自分の物忘れが酷くなってきたこと、お笑いライブの中川家が特に面白かったこと、近くにいたカップルの彼氏はずっと爆笑していたが、隣の彼女は、終始ムスッとしていたことなどを話してした。

それでもときおり、突然一度も聞いたことのない話で、しかも、かなり重要じゃんって内容をさらっと差し込んでくるので、全く油断が出来ないのだ(笑)

父と結婚する前のおもしろエピソードなど、いくつかビックリする話を初めて聞いたけど、その中で、僕が産まれた時のことを話してくれた。

全く知らないことだらけだった。

〜後編に続く〜

TASSHI

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