月別アーカイブ / 2017年08月

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大久保氏発祥の地跡
愛知県岡崎市上和田町

徳川家康の苦難に常に寄り添うごとく生き抜いた股昿の家臣は数々居ますが、大久保氏一族も例外ではありません。
大久保氏は古くは関白、粟田道兼から始まり、子孫の泰藤の代に南北朝の争乱が起こり、後醍醐天皇の官軍に従軍しますが敗れ、落ち延びて三河国に流れました。
その後、泰藤の孫、泰道が宇津氏と改称、三河を治める松平氏に仕える身となりました。
忠俊の代に大久保氏を名乗り、孫にあたる忠世、忠佐は長篠の戦いで奮戦し、織田信長に賞賛されます。

後に天下のご意見番と呼ばれる大久保彦左衛門 忠教(ただたか)は、家康に重用されました。

炎天下で熱唱されています。
観客が閑散としている様子に見えるかも知れませんが、日射しを避けるために日陰にいるためです。

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