月別アーカイブ / 2017年06月

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岡崎城  東照公胞衣塚
愛知県岡崎市康生町岡崎公園

胞衣(えな)は、母親が子を出産した際に排出されるもので、母体の中で胎児を被っていた膜や胎盤のことです。
日本には、古くから胞衣を埋める風習があり、家康が誕生した際には、岡崎城の本丸近くに埋められ、さらに移設された場所にえな塚として建立されました。


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岡崎城  東照公産湯井戸(徳川家康産湯井戸)
愛知県岡崎市康生町 岡崎公園

1542年天文11年 12月26日、後の征夷大将軍 徳川家康は、松平宗家8代目 松平広忠の嫡男として岡崎城内で生まれました。幼名 竹千代。
この城内の井戸で水を汲み上げ、産湯に使いました。



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岡崎城
愛知県岡崎市康生町 岡崎公園

岡崎城は室町時代に現在の地より南東の明大寺に西郷氏が築いた岡崎城がありましたが、松平宗家の七代、松平清康(徳川家康の祖父)が三河平定に乗り出し、武力では清康に勝てない西郷氏か退去し、清康が現在の地に築いたのが1531年、亨緑四年のことでした。

徳川家康は、1542年 天文11年 12月26日、岡崎城で誕生しました。
英傑と謳われた祖父、清康は不幸にも家臣により斬殺され、家康の父、広忠の代には、かろうじて三河を支配するも、弱体化の最中での松平宗家の嫡男として生まれた家康は三歳で実母と生き別れ、6歳で尾張 織田家(織田信長の父、信秀が当主)の人質、8歳には駿河今川氏の人質となる等、艱難辛苦の人生を歩みます。



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